第二章 ニンジャ、ショッピングモールで大乱闘

密着!? 映画鑑賞デート!

 デート当日、駅の入り口でオレは太一と、相手二人を待っている。


 待ち合わせ場所は、駅前に最近できたショッピングモールだ。


 ファッションフロアや映画館、フードコートなどのスペースが、一つの建物の中に敷き詰められている。

 入り口の段階から、もう人で溢れ返っていた。


 オレは何度も、服を引っ張りながら似合ってるかどうか確認する。

 埜場家の若い女代表である亜也子が一肌脱いでくれたおかげか、違和感はないはずだ。

 

 思えば、亜也子のコーディネートにも熱が入っていた気がする。

 おそらく、オレより張り切っていた。あいつも、あいつなりに役に立とうと思っていたのかもな。


 お礼に土産も買ってやらないと。


 元々センスがいいのか、太一は地味ながらも適度に男らしく決めてきている。


「よく似合っているよ、虎徹。亜也子ちゃんに見てもらったのかい?」


 うわ、速攻でバレた。


「そうなんだよ。あいつ張り切ってたな。眼なんか血走ってたし」


 そういえば亜也子のヤツ、妙に怒り口調だったが、何かあったんだろうか。鼻息も荒かったし。一応兄貴であるオレに、男女交際で先を越されたのが嫌だったんだろう。


「お待たせしました」と、二人組がオレたちの元に来る。


 ふくらはぎが出た短めのチノパンで、Tシャツの上に初夏らしい上着を着ていた。


 対する相棒の方は、赤いスカートの下に黒いストッキング、茶色いベルト、キャラクター柄のトレーナーだ。


 普通にさえしていれば、優月は可愛らしいと思う。

 思うだけだけどな!


 優月は終始ムスッとしている。オレの視線に気付いてか、「何見てんのよ」と不機嫌になる。


「別にお前なんか見てねえし」


「ホントに?」

 優月はオレから視線を逸らし、またむくれた。


「えっと、どこへ行こうか?」


「待ってよ、あんたノープランだったの?」と、優月が太一を責める。


「申し訳ない」


 引率役を引き受けた太一だったが、特にプランをまとめているわけでもなかった。まとめようとしてもテンパってしまい、何も決められなかったという。


「あれなんてどうだ?」

 オレは、すぐそこに見える高いビルを指差す。


 ビルには、上映されている映画の広告パネルが掛けられている。


「ベタだけどベストかもね。鏡華、映画でいい?」

「はい。楽しみです」



 申し訳なさそうに、太一が困り顔になった。

「ごめんね、二人に決めさせちゃって」


「そ、そんなのいいから行こうぜ」

 オレは早足で歩を進める。


「なに照れてるのよ」

 優月が後からついてきた。


「違えーし」

「そうやって強情張るところが子どもだっての。背も低いし」


 痛いところを突かれる。


 確かに、オレは優月より頭ひとつ小さい。


「お前の背が高いんだよ」

「やめてくれる? 結構気にしてるんだから!」


 オレが優月と罵り合っている様を、鏡華はニコニコと見守っていた。


「二人とも、仲がいいですね。会話の息もピッタリで」


 鏡華の言葉に、優月が首を振る。


「あり得ないわ。こんな単細胞ヘンタイと同レベルなんて」

「オレもだぜ」


 こんなツンケンした感じ悪い女と仲がいいとか。



「でも、仲が悪いとこんな風にケンカもしないよ。黙ってフェードアウトするはずだ」


 それは任務だから仕方なく、という発言を、オレは飲み込んだ。


「色々事情があるのよ、こっちにも。あたしらなんて、ついでで行動しているだけだから、二人は心配しないでデートを楽しんでちょうだい」


「こいつの言うとおりだ。ついでだ、ついで」


 依頼じゃなきゃ、こんな仕事は引き受けない。


「お互いの用事に付き合っている、と?」

 鏡華が、的確なパスを出してくれた。


「まあ、そんな所だな?」

「そうね」


 オレは、優月と視線をそらす。


「その割には、楽しそうですね。私も、こんな優月は初めて見ました。普段はもっと口数が少なくて、誰かとケンカする様子もないんですよ」


「虎徹もさ。虎徹がこんなに砕けて話す女子って、十文字さん以外見たことない」


 鏡華達に指摘されて、オレと優月は向かい合う。


「ふん!」と、優月はオレから顔をそらす。


「どれにしようか」と太一が顎に手を当てながら、上映作品が表示されたモニターとにらめっこする。


「無難に恋愛物だろうけど、気まずくならないか?」

「かといって、女の子とアクション映画ってのも、ちょっとね」


 優月の言葉はもっともだ。


 ただ映画を見るだけなら、アクションが一番見たい気がする。


 だが、今日は複数で見るわけだから、一人のワガママは通りにくい。


「じゃあ、間を取ってこれなんかどうだ?」

 と、太一が一本の映画に指を差す。


「げっ」「うわぁ」

 太一が指を差した映画のポスターを見て、オレと優月は絶句した。


『全世界号泣! 宇宙忍者と宇宙海賊、対立関係に属する二人が織りなす、宇宙版ロミオとジュリエット』


 オレたちからすれば鬼門のようなタイトルだ。

 これで全米が泣き、世界興業三位らしい。


 それはまだいい。

 しかし、登場人物のルックスが、微妙にオレと優月に似ているのは、気のせいだろうか。


「いや、これはちょっと」

「そ、そうね。一二歳以上推奨ってのが気になるわ。エッチなシーンでもあるのかしら」


 言葉から察するに、優月もオレと同意見らしい。


「そうかな? 面白そうなんだけど?」

「楽しみです」と、鏡華は何も考えてなさそうだ。


 しかし、心情的に一番見るのに抵抗がある。

 ところが、選択肢は途絶えてしまった。

 鏡華と太一が推す映画だけ、席が丁度四つ分空いているのだという。


 太一から、チケットを差し出される。


 どこの運命の歯車が動き出したのか、今の時間で空いている席がそこしかないという。


 仕方ない。オレは渋々チケットを手にした。


 映画の内容は、比較的アクション多めで楽しめる内容だ。元々アクションドラマがウリの監督らしく、飽きの来ない構成となっている。


 一人で見に行けば、おそらく気に入っていただろう。すぐ隣に座っているのが、海賊でなければの話だが。


 席順は太一、鏡華、優月と続き、オレは出口のある階段側に座っている。


「もうっ、集中できないから離れてよ。むしろ出て行ってくれない?」


 小声で優月が文句を言ってくる。ていうか、優月はオレより夢中になって見ていた。といっても、ドラマパートが目当てのようだが。


「しょうがないだろ。席が固定されているんだから」


 ドラマ自体は、ロミオとジュリエットをスペースオペラでやってるだけなのだが、優月にとってはツボらしい。


『ねえ、どうして私たちはこんなにも愛し合っているのに、私たちの星は、こんなにもお互い争っているの?』


 苦境に立たされたヒロインが、主人公と見つめ合って、心境を吐露する。


 隣に座る優月の顔を見ていると、画面に集中していた。何か、思うところがあるのだろうか?


「悪い、ちょっくら手洗い行ってくる」


 オレはいたたまれなくなって、席を立つ。邪魔にならないように、こっそりと表へ出る。


 もちろん、催したわけではない。手を洗っただけで出る。



「トイレにしては随分と早いじゃない」

 入り口で立っていたのは、優月だ。



「オレとツレションしたいのか?」

「そんなわけないでしょ。アンタの様子が変だからついて来たのよ」

「別に変じゃねえよ」




「嘘つかないで」と、確信を得た口調で優月は言い張る。




「なんでそこまで言い切れるんだ? エスパーか?」


「何となくわかるのよ。アンタ、さっき映画に出てきたセリフを気にしてる」


 オレは言葉を詰まらせた。

 嫌な汗が、ジットリと背中を濡らす。

 なんでわかりやがるんだよ、こいつは。


「お前には、関係ない」


「話せないなら、それでもいいわよ。そんなことよりも」

 優月が、手刀でオレの首を掻き切る素振りを見せた。


 オレは身体を硬直させ、身構える。

「おいおい、許可のないドンパチは、ここじゃ御法度だぜ」


「わかってる。けど、監視が常にあるわけじゃない」

 優月の放つ殺気が膨れ上がった。


「欠片はどこへやった? 言わないとタダじゃ済まないぜ」


「教えるわけないでしょ。仮に教えたとしても、アンタらなんかに欠片は渡さない」


 やる気か?


 オレも覚悟を決めるべきかと、臨戦態勢に入ろうとした瞬間、優月にまとわりついていた殺気が一気にかき消える。




「冗談よ。戻りましょう」



 優月も、友達のいる前で騒ぎを起こしたくないらしい。



「でも覚えておきなさい。いずれ決着を付けてやるから」

 それはこっちのセリフだ。


 上映ホールに戻ると、鏡華と太一が揃って放心した状態になっていた。


「何があった?」


 二人に歩み寄ろうしたが、先に進んでいた優月が棒立ちになって行く手を阻む。


「ちょっと、何なのよ、あれ……」


 スクリーンを指差しながら、優月が唖然とした声を発する。






 なんと、主人公とヒロインが、一糸まとわぬ姿となって、「いたして」らっしゃった。






 横顔のシルエットがドアップになって、熱烈なキス。


 そのあとは、全裸だと分かる影が、お互いを慈しむように絡み合う。


 声は音楽で消されており、姿もバッチリ写ってなくてシルエットのみだが、明らかに「いたして」る状態だというのがわかる。



 くそ、一二歳以上推奨って意味がこれかよ!



「ななっ!? なんなのよあれ!?」

 状況をわきまえず、優月が絶叫した。



 観客の視線が、一斉にオレ達を射貫く。




「跨がってる! あたしのそっくりさんがアンタのそっくりさんに跨がってるわ! いやあーっ!」


 甲高い声を上げて、優月は映画を実況し始めた。


 やむを得ん。これでは映画どころではない。


「お前ら出るぞ。デートは中止だ」



 放心しきった太一を引っ張り、鏡華は優月に任せた。

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