第33話 部屋でごろごろ。お饅頭と緑茶

 昼を食べ終えた俺達は部屋へ戻る。

 四月一日へ質問。


「午後はどうする?」

「よていどーり。ごろごろ、ごろごろ、する~。夕方、温泉♪」

「夕陽が綺麗らしいしな」

「うん~。よっとっ」


 四月一日は室内履きを脱ぎ、和室へ。

 TVをつけ、急須を手に持った。聞いてくる。


「雪継~緑茶飲むでしょ?」

「お~」

「ふっふっふっ……私、四月一日幸さんは、若いのにきちんとお茶を淹れられる女の子なのですっ!」

「知ってる。昔、図書準備室でも同じ台詞を言ってたろうが?」

「そうだっけ?」

「で、先輩に『……アピール、あざとい。死んで?』って言われて、喧嘩してた」

「…………魔女はね、雪継。狩られていいんだよ★?」

「こわっ」


 四月一日が微笑。なれど、瞳の奥はマジである。

 何でか知らないが、こいつ、先輩とは相性が極めてよろしくなかったからなぁ。

 座椅子に座り、手を伸ばしてお茶受けの饅頭を手に取る。何処の観光地にでもありそうな白い饅頭だ。

 半分かき、むしゃむしゃ。やたらと甘い。お茶が欲しい。 


「あ、早いよっ! 今から、淹れるのに……」

「だから、残り半分は残して待ってる」

「美味しいお茶は少しだけ手間がかかるんだよー」


 四月一日は湯飲みにお湯をまず入れる。

 次いで急須に茶葉。小首を傾げ、「ちょっと、濃いめ?」「かなー」「りょーかい」。

 そして、急須へ湯飲みのお湯をゆっくりと入れる。


「一分、待機! その間に――篠原雪継君が、後輩さんにちょっかいをかけたいた件についての審議を」

「異議ありっ! あれは八月一日さんと、偶々遭遇した為、挨拶をしていただけであり、何ら他意はなく」

「異議を却下します」

「最後まで言わせない、だ、と……? い、何時から、ここは恐怖裁判に!?」

「え? 高校時代からだけど?? すぐ吊るされちゃうよ???」

「思ったよりも昔からだな、おい。一分」

「あ、はーい」


 四月一日が正座したまま急須のお茶を、湯飲みに注いでいく。

 最初は濃くでるので、交互。何か、ちょっとこの姿は……良いな、と思う。

 湯飲みが差し出された。


「はい、どうぞ」

「ありがとさん」

「よいしょっと」


 お茶を淹れ終えた四月一日は、俺の隣の座椅子へ着席。

 饅頭と共に、お茶を味わう。

 自然と声が出る。


「あ~……お茶って、良いよな」

「だね~。珈琲とか紅茶も良いんだけど、時々、緑茶が飲みたくなる」

「饅頭は少し甘過ぎるが」

「私は、雪継のお父さんのお饅頭が好きだな~。餡子が絶妙なんだよね~」

「うち、基本的に砂糖を減らしてるからな。レシピよりも砂糖半分とかあるし。ほら、前に食べさせたチーズケーキもそうだ」

「図書準備室に持ち込んでいたやつ??」

「それ」


 高校時代の俺は時折、菓子を作っては図書準備室へ持ち込んでいたのだ。

 今から、考えると随分マメだったと思うが、楽しくはあった。

 お茶を飲み、饅頭を食べ終える。

 座布団と共にTVの前へ。適当にチャンネルを回すと、やってるのはGWの様子を映しているワイドショーやらB級映画やら。

 ワイドショーをつけっぱなしにし、そのまま、だらっとする。

 四月一日は携帯を弄っくている。その間、お互い無言。けれど、居心地良し。

 温泉に入り、腹はいっぱい。朝から酒も結構飲んだ。そこに畳の良い匂い。

 うつらうつら、としてくる。


「雪継、眠いの?」

「ん……ちょっと、寝るわ。夕方になったら起こしてくれ……。あと、いい加減、携帯を」

「かえさないー★ お茶請け、食べちゃっていい??」

「…………いい」


 こいつはまったく。座布団を枕にし、そのまま目を閉じる。

 ふわっとした心地よい睡魔が襲って来た。


※※※


 ――どれくらい、寝ただろうか。

 最初、耳に入ったのはワイドショーのコメンテーターが発している、何の意味もないコメント。まだ、夕方前だな。

 半覚醒状態で、目を開け


「!?」


 一瞬で覚醒する。

 俺の目の前には、四月一日幸の綺麗な寝顔。すーすー、と寝息を立てている。

 どうやら、俺が寝た後やって来てわざわざ隣で寝たらしい。しかも、裾を握りしめている。

 普段からパーソナルスペースがとにかく狭い奴ではある。肩やら腕やらにくっつかれるのにはもう慣れてしまった。

 ……が、これは、少しばかり攻撃力が高過ぎる。

 オーバーキルはよろしくない。大変よろしくない。

 普段は『胸無し』云々言ってても、ないわけではないからして。有り体に言って、白い紐が見えているのだ。

 もっと、具体的に言うと――……あー、こういうのを見ると、キスをしたくなるわけですよ。俺も男なので。

 かと言って、寝入った女の子にそんなことをするのはどうなのか。脳内倫理委員会が紛糾する。


『ここはいくべきだろう? 今、いかずして、何時いくんだっ!』

『駄目だ! そういうことをしたら、後々、禍根を残すっ!』


 ぎゃーぎゃー。どちらも五月蠅い。

 ……ああ、俺、案外と酔ってもいるんだな。

 四月一日の顔が笑顔になり、口元も少しだけ動く。

 寝たまま顔を近づけ、手を伸ばし


「……お前、起きてるだろ? てぃ」

「きゃん!」 


 四月一日の額をでこぴん。

 目を開けた大エース様は、額を押さえつつもニヤニヤ、ニヤニヤ。うぜぇ。


「ふふふ~♪ 雪継のえろー、えろー」

「…………嫁入り前の娘がはしたない。襲われても文句は言えんぞ?」

「だいじょーぶ! 今日のはちょっと自信があるからっ!! ベージュじゃないしっ!!!」

「けど、手を出したら」

「……高校時代の同級生を警察に突き出すのは悲しいけど、仕方ないよね★」

「…………」

「え? 雪継?? え、えーっと……ど、どうしたの??」


 無言で四月一日幸へ手を伸ばす。

 寝転がったまま、四月一日があわあわ。そして……ぎゅっと目を瞑る。

 こいつ、年齢の割に思ったよりも初心なんだよなぁ。


「ほい」

「ふぇ? ……はっ!」


 指で口元についていた、饅頭の破片を取ってやる。

 目を開けた四月一日は変な声を発し『は、嵌められた!?』と愕然。頬を赤らめる。逆襲。


「おやおや……四月一日幸さんはいったい、な・にを、想像したのかなぁ?」

「うぅぅぅぅ…………」


 大エース様が胸をぽかぽか殴って来る。

 携帯が鳴った。殴られつつ、手を伸ばし四月一日の鞄から俺の携帯を取る。

 案の定、妹の幸雪からメッセージ。


『……かふっ……。お、お兄ぃ………今時、高校生でもあんまりやらない、甘く、かつ恐ろしく不愉快な波動を感知したんだけどぉぉ…………。これは、妹裁判を開廷しないといけないよ? 即有罪。断罪。ぎろちんぶりかーだよ??』


 勝手に致命傷を受けかけたようだ。

 妹ながら、あいつの将来がお兄ちゃんはちょっと心配です。

 あと、四月一日さんはいい加減、殴るのを止めようなー。

 傍目から見たら、俺が抱きしめている風に見えるからなー。

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