第26話 竜虎(どっちも猫)相打つ! 食後の珈琲とフィナンシェ

「兄さん、さ、行きましょう」

「……おう」

「あ、ち、ちょっと、待ちなさいよっ! 私を見捨てて……雪継っ!!!」


 四月一日幸が俺の名前を呼ぶ。

 ……すまん。すまんな。どうしようもないんだ。

 俺は心中で謝りつつも、振り返らない。

 対して妹の幸雪は上機嫌そのもの。

 四月一日がいるので『兄さん』と呼んでくるのだが、慣れん。


「ふふふ……所詮、泥棒猫さんなんてそんなものです。私と兄さんの絆を育む糧になるなんて、貴女にしては上出来です。褒めてあげてもいいです。まぁ、死体は三味線にしますが。がっ!」

「こ~む~す~めぇぇぇ……あ! ち、ちょっと、待ってっ! 死ぬっ!! 死んじゃうっ!!! 雪継、助けてっ!!!!」


 怨嗟の呻きを発していた、四月一日が悲鳴を上げる。

 どうやら、敵に捕捉されたらしい。

 アーマーも一番雑魚な白のままだし、突出し過ぎだし……まぁ、助かるまい。南無南無。化けては出るな。

 ――夕飯後、俺達は三人でゲームに興じている。

 ここ数ヶ月やっている三人一組でチャンピオンを目指す、FPSゲームだ。

 幸雪もしているのは知らなかった。しかも、俺達よりもランク上だし……。

 基本的に食事中の喧嘩は御法度なので、つつがなく夕飯は済ませた。

 が、終わると再燃するのは目に見えていた為、俺が『三人でゲームでもするかー』と提案したのだ。

 結果――


「きゃんっ!」


 四月一日のキャラが敢え無く死亡。思ったよりも早かったな。

 仕方ない、機を見て復活させてやらないと――妹の指摘。


「兄さん、それは悪手です。勝手に突っ込んで死んだ泥棒猫さんなんか不要です。私と兄さんがいれば無問題。さっさと、自分の家に帰りやがれ、ですっ! 悪霊退散っ!!」

「うぐぐぐ……雪継」


 四月一日が『分かっているわよね? ねっ! ねっ!!』という表情で俺を見て来る。……行くと俺も死にそうなんだがなぁ。

 キャラを動かし、激戦場と化している死体が転がっている地点へ。


「あ! お兄ぃ!! 無理だよっ!!」

「だよなー」


 俺のキャラも集中砲火を喰らい、四月一日のキャラ傍で倒れる。

 けれども、何故か大エース様は御満悦。


「ふふふ~♪ ねぇ? 見た?? 見た見た?? 雪継、わ・た・し、の為に危険を顧みず、戻って来てくれたんだけどぉ? ブラコン妖怪さんの助言も無視してぇ」

「くっ! 気が散りますっ!! お兄――……兄さんは、優しいから、誰にでもそういうことをされるんですっ! 私がそうなったら、貴女の時よりも遥かに速く復活させようとしてくれるに決まってますっ! ますっ!!」


 ……この二人、もう少し仲良く出来んものか。

 俺は呆れつつ、立ち上がりキッチンへ。

 二人に尋ねる。


「珈琲」

「のーむー」「飲み、ますっ!」

「ほいよ」


 珈琲メーカーで珈琲を淹れつつ、戸棚を物色。

 すると、四月一日もやって来た。


「お菓子?」

「何かなかったっけか?」

「フィナンシェ、今日、買ってきた!」


 いそいそと四月一日が紙袋を差し出してきた。結構、有名処だ。

 俺は白猫、黒猫のマグカップと来客用の白のカップにお湯を注ぎつつ、尋ねる。


「どうしたんだ、これ?」

「明日、特急の中で食べようかな~って。旅行の楽しみだよね! 褒めて褒めて♪」

「……なるほど」

「む~。違うでしょぉぉぉ。はい、やり直し」

「…………お前は時々、注意力が散漫になるな」


 呆れ返りつつ、マグカップとカップのお湯を捨て、珈琲を淹れる。

 四月一日は不満気。


「なによぉ~。私の何処が注意力散漫だっていうわけぇぇ?」

「――……言わないと分からんか」

「? どういう――……あ」

  

 後方から視線。一人では無理だわなぁ。

 俺は、白のカップにミルクと砂糖を少し入れる。

 怨嗟の問いかけ。


「…………『旅行』? 『旅行』ってどういうこと? 誰と誰の?? お兄ぃ、私、聞いてないんだけど??? せ・つ・め・い!! 説明してっ!!!」

「幸雪、静かにしろ。ほれ」


 カップを手渡す。

 頬を大きく膨らましている妹は、俺を睨みつけながら渋々、珈琲を飲む。


「あ…………」

「合ってたか?」

「う、うん……私の好きな味……お兄ぃ、覚えててくれたんだ……」

「? 忘れる筈ないだろ? 可愛い妹の好みだ」

「! か、可愛いだなんて……お兄ぃ……」

「はーい! そ・こ・ま・でっ!」


 四月一日が強引に俺達の間に割り込む。

 微笑。……怖い。

 紙袋からフィナンシェを取り出し、大エース様に献上。


「…………」


 四月一日は口を開ける。食べさせろ、と。

 我が儘大エース様の口へフィナンシェを半分かき、食べさせる。御満悦である。

 残り半分は俺が味見。妹の悲鳴。


「あ!!!」 

「美味いな。上等なバター、使ってるわ。幸雪ー。口開けろー」

「え??? あ、は、はい……」


 もう一つ味違いであるチョコレート味を取り出し、半分に。近づき、妹の口へ。

 再び残り半分も味見。これまた美味い。

 頭をぽん。


「と、いうわけで、俺は明日、温泉旅行へ行ってきます」

「……何が、『と、いうわけ』なの? まっったく、説明になってないよっ、お兄ぃっ!!! し、しかも、よりにもよって、四月一日泥棒猫さんとっ!? そ、そんな……そんなの……」

「うふふ……『お義姉さん』って呼ぶ練習しておいてもいいのよ? 幸雪さん?」

「ひぃっ! と、鳥肌が、鳥肌がっ!! ――……付き合ってないくせにっ!」

「!? な、何故、それを」


 再び二人が争い始める。俺はソファーへ。

 さて、もう少しゲームを――幸雪が訴えてきた。


「お兄ぃ! こんな泥棒猫さんと温泉旅行なんて、危険過ぎるよっ!! 明日は私も着いて行くっ!!! 着いて行くっ!!!!」

「駄目よ。高校生は高校生らしく、お友達と遊びにでも行ってらっしゃい。ブラコン妖怪は卒業しないとね。ねっ!」

「「っ!!!」」


 二人が俺の左右に座り、両腕を取り睨み合う

 ……珈琲、冷めるわなぁ。

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