第24話 妹強襲の金曜日。懐かしのコーンスープ 上

「それじゃ、お先、失礼します」


 本日は金曜日。

 仕事をさっさと片付けた俺は、ほぼ定時にパソコンを落とした。

 目の前の席から石岡さんが顔を出す。


「し~の~は~ら~ぁぁぁ……」

「仕事の追加は受け付けます。ただし、GW明けになりますが」

「ぐぬぬぬ……配属当初は右往左往していたのに……八月一日さんは、こんな男になっちゃ駄目だからね?」

「え?」


 隣の席の八月一日さんも机の上を綺麗に整理し終え、帰ろうとしている。未決の箱内は空。この子、大変に優秀である。

 それを見た石岡さんが机に突っ伏す。


「なんだよー。二人共、仕事出来るマン&ウーマンかよー」

「単に石岡さんが、お客さんと話し込み過ぎなんですよ。その分の差ですって。では、お疲れ様でした」

「ぐぅっ! ……お疲れ。八月一日さんもお疲れ!」

「お疲れ様でした! 失礼します」


 俺は立ち上がり、鞄を持ち手を軽く振って挨拶。

 八月一日さんは頭を下げ俺に着いて来る。最近、駅まで一緒なことが多いのだ。

 エレベーターに乗り、携帯を確認。四月一日よりメッセージあり。


『今日、遅くなるかもー。かもぉ…………し~ご~と~がぁぁぁ……』

『そうか。夕飯はいらんな。自宅へ帰れ』

『いーりーまーすーぅぅぅ! 雪継、最近、意地悪だよっ! よっ!!』

『明日から旅行だし、準備あるだろうが?』

『ぐぬぬぬぬ…………』


 四月一日が『怒り』やら『口籠る』やら『駄々をこねる』猫のスタンプを連打してくる。うぜぇ。

 地上に到着。エレベーターを降りると、八月朔日さんが話かけてきた。


「し、篠原さんは、連休中、どうされるんですか?」

「ん? 俺??」

「は、はい」

「とりあえず、明日からは小旅行する予定。温泉行って、美味しい物食べる予定」

「温泉ですか。いいですね! 箱根、とかですか?」


 八月一日さんが、ニコニコと聞いて来る。

 俺はニヤリ。


「それは、連休明けのお楽しみかな。まー何処に行ってもお土産は饅頭かもしれないけどね」

「お饅頭好きです!」

「八月一日さんは? 何処か行くの??」

「私も前半、家族旅行を。温泉? らしいです」

「らしいって……詳しく聞いてないの??」


 普通は旅行先くらい把握していると思うのだが。

 すると、恥ずかしそうに八月一日さんは俯いた。


「えっと……私に教えると大袈裟になるからって、弟が……」

「なるほど。それに熱中しちゃうんだね」

「…………はい」


 まだ短期間しか仕事をしてないものの、この子、集中力が凄まじい。

 無論、新人特有の小さなミスはするものの、確実に成長しているのが分かる。何れは、幹部候補だろう。総務よりも営業向きかもしれない。今度の面接で石岡さんと相談しなければ。

 改札が見えてきた。どうやら、丁度、八月一日さんが乗る電車も来るようだ。

 俺は手を振る。


「あ、電車来るね。それじゃ、また連休明けに。休日、楽しんで」

「……あの。し、篠原さん」

「ん?」


 八月一日さんは改札前で立ち止まり、俺の名前を呼んだ。

 けれど、そのまま沈黙。はて? 携帯が震えた。


「おっと、ごめん。電話だ」

「あ……はい! また、連休明けに。お疲れ様でした。電車来たみたいなので!」

「お疲れ様」


 新人さんは改札を通り、ホームへ降りて行った。何だったんだろうか?

 俺も改札を通り、四月一日からの携帯に出る。外らしい。


「はい。篠原雪継です。現在、電話に出ることは出来ますが、そろそろ、電車に乗る模様です」

『…………あざとい強い妖気を感じた。雪継、今、隣に誰かいない??』

「いないが? ああ、さっきまで八月一日さんと一緒だったな」

『はぁ!? 何で!?』

「帰り時間が一緒だったからな」

『………………今晩、全部聴取します。黙秘権、弁護人を呼ぶ権利はありません。暗黒裁判です』

「最初から暗黒って言うなっ! 明日のスタート遅らすか?」 

『りゅーどーてきでー。とりあえず、特急内でビールは飲む! なので、今は仕事を片付けるっ!!!』

「ほいよ。頑張れ」

『うん! あざとい女に引っかからないようにねっ! ねっ!!』


 通話が切れる。あざとい女って……そこまでモテないんだがなぁ。八月一日さん、別にあざとくないし。

 電車がやって来た。さて、今晩は何を作ろうかな。


※※※


 途中の商店街で買い物を済ませ、帰宅した時――異変に気付いた。


「……鍵が開いてる?」


 うちの鍵を持っているのは、俺と大エース様と管理会社だけ。

 四月一日の奴、仕事ってのは嘘だったのか?

 恐る恐る玄関を開けると、見慣れぬローファーがちょこん。……嫌な予感。

 キッチンからはバターで玉ねぎを炒める良い香り。ますます嫌な予感。

 音を立てぬよう静かに踵を返し、玄関から外へ脱出しようとし――背中から静かな声が聞こえてきた。


「――おかえり、お兄ぃ」

「! お、おぅ……」


 しまったっ! 見つかったっ!!

 意を決して振り返ると、そこにいたのは白のワイシャツに、俺のエプロンを身に着けた、肩までの黒髪で、均整がとれた身体付の女子校生。

 この子は俺の年の離れた妹である、篠原幸雪こゆき

 普段は明るい子なのだが……今は腕組みをし、ただただ微笑んでいる。怖い。


「……ちょっと、聞きたいことがあるんだけど?」

「……幸雪、玉ねぎ炒めてるんじゃないか? こ、焦げるぞ?」

「大丈夫。火は止めたし。もう飴色。上がれば?」

「…………はい」


 俺は逃げ道を塞がれ、革靴を脱ぎ、部屋の中へ。

 幸雪が手を伸ばしてきたので、スーツの上着を渡す。

 すると、慣れた手つきハンガーをかけ、次いで俺の胸元に手を伸ばし、ネクタイを取る。頬を膨らましジト目。


「…………お兄ぃ」

「あーあー。玉ねぎ炒めてるってことは、ハヤシライスか?」

「……コーンスープ」

「そっちか。お前が作るのは美味いからなぁ。俺じゃ不思議と一味欠けて」

「――……ねぇ、どうして、こんなにたくさん家電があるの? あと、洗面台に化粧品があった」

「………………」


 俺は妹の追求に目を逸らす。

 四月一日が入り浸っている話はしていない。何せ我が妹は昔から、お兄ちゃん子であるからして……あと、あいつとは犬猿の仲なのだ。おそらくは、同族嫌悪かもしれん。うちの妹も恐ろしく優秀だし。

 幸雪が頬を大きく膨らます。


「エプロンも二つあったっ! マグカップとかお皿とかお茶碗までっ! 全部、白猫と黒猫のっ!! ……お揃い? お揃いなのっ!? …………お兄ぃ、どういうこと? 私、聞いてないんだけど?? 分かり易く説明してっ! それまで、コーンスープはお預けだからねっ!!!」

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