【1-1b】抜剣の儀

「そうだ……! 先輩は……!?」


 辺りを見回すと、エルフ耳と迅以外誰もいない。ベッドは迅が横たわっていたこれだけ。


 迅はすがるようにエルフ耳の肩を掴んだ。


「もう一人……、もう一人いるはずなんだ! 伊吹ひかるっていう人が……!」


「おぉ、落ち着いて君!」


 エルフ耳が迅の両手をはがし、顎に指を据えて思考する。


「テルキ ジンくんだったね。えっと……、ファーストネームはどっちだい?」


 日本人名で言う姓名の名の方だと理解すると「迅です」と答えた。


「では、ジンくん。君は一人でここに『現れた』。他には誰もいなかったよ……」


「は? そんなはずは……。だって先輩は俺と一緒に……!」


 再度エルフ耳の肩を掴むが、無言で引き離される。


「私も後で探す。順を追って話すから聞いてくれ」


 迅は冷静でないことを悟り、そっぽを向いて沈黙した。


「まず、君は……、いや……、君たちは、この世界へ招かれたんだ」


「この世界……? ここってどこなんですか……?」


「『アバロン』と呼ばれる世界だ。君の世界とは違う星なのか、別の時空なのか、私にも分からない。とにかく、聞いたことがないなら君にとっては別世界だ」


「つまり……、地球じゃない世界……? はは……。なんだそれ……」


 意識せずに乾いた笑いが口から漏れる。エルフ耳は哀れむ目で迅を見るなり続ける。


「無理もない。私も他の世界から取り込まれて来たからね。もっとも、君とは違う時空からだが……。君や私のように別の世界からの来訪者を『トリックスター』という。『次元の大樹 セフィロト』がこの世界の変革者として我々をここへ呼び寄せるんだ」


「え? あの……、すみません。えっと……」


 迅は頭を抱えてエルフ耳の話をかみ砕こうとするが、いかんせん話と現実が飲み込めなかった。


「ああ、すまない。喋りすぎたね。大きい木を覚えているかい?」


 迅はごちゃまぜになった記憶から大きな木を掘り起こした。自分の前に立ちはだかるような存在が頭の中でビジョンとして蘇った。


「あれが『次元の大樹 セフィロト』。あれの意思がトリックスターをこの世界に招き入れる、とされている。真偽は分からないがね……」


 大樹と聞くと、地面に飲み込まれたときを思い出した。迅とひかるに絡まったあれは根のようであったと。


 ゴンゴン!と急に扉が叩かれる音で迅の肩が跳ね上がった。


「オルフェ教官。よろしいかね?」


 扉の向こうからそう聞こえると、エルフ耳は「どうぞ」と招き入れる。


 入ってきたのは赤い燕尾服を着た鼻下にチョビ髭をはやしたたくましい中年のようだった。


「失礼する。彼が新しいトリックスターかね?」


「ええ、ジンと言うそうです。先ほど目を覚ましましたので、この世界の説明などを……」


 そうか、と男が言うと、迅を見すえて側に寄ってきたと思うと、手をとって両手で握りしめた。


「ようこそ、アバロンへ……! 君は大樹に選ばれた類まれなる新しい勇者だ……! 胸を張りたまえ」


 迅は「はぁ……」としか言えなかった。


「もうすぐ、『抜剣の儀』を行う。身支度を整えたら、オルフェ教官について行きたまえ。君の『剣』を選ぶ儀式だ。よろしいですね、教官?」


 エルフ耳が頷くと、男は部屋を出た。エルフ耳は思い出したように、


「すまない、私はオルフェと言う。君が入る学院で教官をしている。用意ができたら、すぐに出るよ」













 オルフェに導かれて、廊下から下へ、さらに地下へと降り、緑色の火が灯るロウソクが照らす石造りの階段を下る。迅が「あの……」とオルフェに語りかけると声が反響する。


「これから何をするんですか? 剣を選ぶとかなんとか……」


 先を行くオルフェが振り返らずに答える。


「君はこの世界を救う『勇者候補』として『魔族』と呼ばれる怪物、終いには彼らを束ねる最強の存在『魔王』と戦うことになるかもしれない」


「俺が、怪物と…?」


「魔族と互角以上に戦うには魔法、まぁ不思議な力だね。その魔法がないと厳しい。しかし、トリックスターの殆どは魔法の素養がない。君も不思議な力は使えないだろう?」


 迅は「はい」と答える。魔法とはおそらく、指輪物語とかで使われる力と解釈して。


「そこでトリックスターは『魔法を使えるようになる剣』を使って戦うことになる。その剣は逆にトリックスターにしか使える素養がない。今から君に合う剣は何かを調べるのさ」


「俺、戦ったことないですけど……」


「その訓練を行うために君は学院へ入ることになる。カリキュラムも君に合わせるから安心するといい」


 とりあえず「はぁ……。」とだけ返した。全て流されるままで、何を安心すればいいのか、何もかも分からなかった。


 何段降りただろう。下った階段を見上げると廊下の日差しまで見えなくなっていた。


「ここだよ」


 オルフェが立ち止まった先には木製の扉があった。


 迅の是非もなく扉を開帳すると、青い火のロウソクで妖しく照らされた石畳の部屋だった。


 部屋の中央には台座には西洋のもののような剣が突き刺さり、その後ろには同じく台座に刺さった十種ほどの多種多様な剣があった。


 全身甲冑やオルフェのようなローブを着た人々、剣の前で先程の燕尾服も待ち構えていた。


「新たなトリックスター、テルキ ジンを連れて参りました」


 オルフェがそう言うと、迅に道を譲る。迅はぎこちない足取りで、燕尾服の男の前まで歩いた。男は朗らかに笑いかける。


「はは。緊張することはない。言っただろう? 君はこれから勇者となる。誉れ高き新しい人生の幕開けだ」


 どうやら迅が勇者とやらになる前提で話している。周りの人間もそれを見守っているようで、その空気に逆らえず、「とりあえず」という意思で剣の正面に立つ。


「これは魂の剣『霊晶剣』。君たちトリックスターの武器であり、唯一無二の勇者の証だ。この霊晶剣『カリバーン』が君の剣を選ぶ。さぁ、握りたまえ」


 青い明かりに照らされた、緑色の刃の剣。言われるがままにその柄を握ると、どこからかそよ風が吹き、髪が揺れる。


 刹那、強い風が室内に吹き荒れた。


「なんだこれは!?」


 燕尾服が驚嘆すると、あまりの強さに照明のロウソクが全て消え、周囲の叫喚がこだまする。壁に体が打ち付けられる音も聞こえる。


 迅は剣を手放そうとするがなぜか離れない。否、無意識に飛ばされまいと剣にすがっていた。


「ぐっ……! ううぅ……!!」


 呻いて剣を握るのが精一杯だった。やがて風は収まり、迅は柄を手放して尻もちをついて倒れようとしたが、誰かが背中を支えたらしく、倒れなかった。


「ジンくん! 平気か!?」


 オルフェの声だ。「はい」と答え、並行感覚が不安定ながら直立する。


「どうだ……!? 剣は……!?」


 燕尾服の声が聞くと、周りが騒然とする。


「なんだ今の?」「こんなこと今までなかったよな?」「剣が光らないぞ?」「明かり、誰か明かりを……!」


 迅は黒い闇の中キョロキョロ見回し、声を拾っても意味が分からなかった。


 すると、一瞬で全てのロウソクが灯る。


 迅はオルフェを探すと後ろにいた。オルフェは訝しげに剣を睨んでいる。


「あの……、俺何かやっちゃったんですか……?」


 そう聞いてもオルフェは唸って答えない。


「何にしても……」


 燕尾服が立ち上がって口を開いた。


「カリバーンが剣を選ぶとき、光の方向で剣を指し示す。今回はそれがなかった。つまり……」


 迅はその答えを待つ。燕尾服は咳払いをして、言い放つ


「テルキ ジン。君に勇者となる資格はない……!」













オルフェによると、『霊晶剣』と呼ばれる剣を所有できない者は、学院への入学が許されない。しかし、しばらくは安全な生活を保証されるという。


 迅は実感が沸かなかった。そもそも選ばれないことがどういうことなのか。もともと勇者とやらになるつもりもなかったから、全然悔しくもない。


 ただ不安だった。突然知らない異世界へ呼ばれて、なのに「お前はハズレ」と宣告され、いつ帰れるかも分からない生活を送ることになること。


 そして、ひかるが見つけられないこと。


 『抜剣の儀』の後、先程の部屋に戻され処遇はしばらく保留とのことで、今日はこの部屋で寝泊まりすることになった。


 部屋にメイドのような女性が入って、セレブが食べるような食事を運んできたが、口に何かを入れる気分にもなれなかった。コップ一杯の水だけは喉に流し込んだ。


 外は夜になったらしく、部屋の照明のキャンドルも消して、明かりは窓から差す月明かりのみとなった。


 月は日本で見る月より真っ白で、クレーターも小さいものが点々とあるだけで、兎や蟹の形には見えない。月であって月ではなかった。


 迅は毛布に包まり、スマホを取り出してみるが、案の定圏外。バッテリーは10%を切っていた。時計を見ると、下校の18時から半日経っていたらしい。


 不思議なことに、この世界にも時計の概念はあり、更に1日が24時間と地球と同じというミラクルだった。


 消灯され、今は21時と生活リズムがこれまた地球と同じところに少しの安心感が残った。


 しかし、寝ながらYouTubeを聞くという習慣が今はできず、落ち着かずに何度も寝返りを打ち、知っている歌を口ずさみながら、自分を寝かせた。

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