11 イレギュラー

「なぞなぞ楽しかったー」


 驚きの学力テストから二日後。

 澪は再試を受けていた。

 理由は言うまでもない。

 カンニングを疑われたのだ。

 

 六歳児が高等数学を一問当たり七秒で解けば誰だって疑う。

 その事は仁にも痛いほど分かったので文句はない。

 

 算数だけを時間一杯。

 前回とは違い、開始時の設問が18歳相当から開始した。

 

 結果は大学卒業レベルの問題でもやすやすと解くという底知れなさが分かっただけだ。

 更に言うと、どうも解答自体は見た瞬間に分かっている様だが、答えを書くのに時間がかかるという事も分かった。

 

 飛び級を熱心に進められたが、一先ずそれらを仁は保留にした。

 

「なあ、澪。昔にもこういうなぞなぞ、解いたことあるか?」

「んー」


 唇を尖らせて何やら考え込むような表情を作っていたが、しばらくして顔を元に戻した。


「わかんない」


 相変わらず、仁と出会う前の記憶は無いらしい。

 だがしかし、この計算能力は尋常ではない。

 何かしらの訓練を……いや、訓練を受けていたとしても果たして可能なのかどうか。


「調べてみるか」


 少しに気になる。

 ただの天才と手放しでは喜べない。

 

「じん、じん。じぇいくの所でご飯食べよ」

「そうだな。せっかく出かけたんだし、冷やかしに行くか」


 ハイパーループに乗り込んで、仁はジェイクの店へと足を運ぶ。

 相変わらず客はいない。

 

「いらっしゃいませ! って何だ、東郷かよ。くそっ、挨拶して損した」

「客に対して何て態度の店員だよ。店長の顔が見てみたいぜ」


 そんな軽口を叩きながら仁は席に着く。

 

「日替わり二つ」

「今日の日替わりは……」


 言いながら冷蔵庫を覗く。

 

「親子丼だ」

「お前それ絶対昨日の余り物寄越してるだろ?」


 その分安いので不満は無い。

 無いがそんな雑で良いのかと仁は突っ込みたい。

 

「どうせ昼間はお前らしか来ないから良いんだよ」

「いや、ほんとさ……夜営業だけにしとけよ」


 昼間店が開いていないと仁は困るのだが、それ以上に経営が気になる。

 

「万が一の可能性を捨てられないんだよ……!」


 卵を溶きながらジェイクは涙を拭う仕草をする。

 真に受けた澪が、


「可哀そう……」


 と心配そうにする。

 

「幼子に心配されてんぞお前」

「ありがとよ澪ちゃん。サービスでアイスを付けておこう」

「やったー」


 甘い物好きな澪は両手を挙げて喜ぶ。

 対照的に仁は眉根を寄せた。


「おい、甘い物をあんまり与えんな。虫歯になったらどうする」

「洗浄ナノが虫歯菌も吹き飛ばしてくれるから大丈夫だっての」


 第三船団の人間が身の回りの清潔さを保つのに多用する洗浄用ナノマシン。

 身体の老廃物を分解し、汚れを分解し、殺菌もしてくれる優れものだ。

 仁の家にも洗浄用のボックスが一つある。

 入って三十秒で洗浄が完了するので時間の無い時にも重宝する。

 

「はいよ、親子丼」

「いただきまーす」


 澪は器用に箸を使って親子丼を食べる。

 自分の限界以上に口を開けて頬張ろうとするので口の周りを汚しているが、その使いっぷりは慣れた物だ。

 むしろ仁の方が上手く使えず、フォークを使用していた。

 

「そうだ……ジェイク。腕のいい脳外科医を知らないか?」


 食事を終え、満腹になった澪が眠りに落ちた。

 そのタイミングで仁は問いを発する。


「医者だあ? 何だ、藪から棒に。俺はただの飯屋だぞ」

「いや、お前軍時代に妙に変な人脈があったから知らないかなって」


 何の因果か、パイロットなどをやっていたがその人脈だけで食っていけそうな気配があった。

 それが今も健在ならばと思い仁は問いかけたのだがジェイクは妙に渋い顔をしている。

 

「嬢ちゃんの事で何かあったのか」

「何で澪の事だって分かるんだよ」

「そりゃ顔に心配って書いてあればな」


 鏡が無くて良かったと仁は思う。

 有ったら本当かと覗き込んでいた事だろう。

 

「入学に備えて学力試験を受けさせたんだが」

「ああ。あれな。いや、ほんと。試験とか二度と聞きたくない単語だぜ……」

「数学が大学卒業レベルの数値を出した」

「マジかよ」


 学生時代の思い出を苦い表情で振り返っていたジェイクが驚きで固まる。

 自分の禿頭を撫でながら言葉を選ぶ。

 

「そりゃ凄まじいが、何で医者なんだ?」

「ちょっと調べたいことがあるんだ。澪みたいに計算強い子供って何か脳が違うのかなって」


 翻って、人為的な手が加えられていないかどうか。

 仁が言葉にしなかった部分もジェイクは了解していたらしい。

 

「なるほどな。まあここまで聞いておいて悪いんだが、心当たりはねえよ。セントラルホスピタルにいなけりゃ後は他の船団だろ」

「やっぱそうだよなあ」

「それ以外ってなると闇医者か。まあ腕がいいかは知らんが」


 ジェイクの答えに仁は肩を竦めて応じる。

 どの道、経過観察の為にまた受診する必要がある。

 以前に澪の主治医だった医師に相談してみようと仁は考える。

 あの医師ならば澪の事情も知っている。

 話も早く進むだろう。

 

「そろそろ帰るよ。勘定頼む」

「あいよ、二人で2000クレジットだ」


 告げられた金額に仁は眉根を寄せた。

 キューブフードならばその十分の一で食事が出来る。


「高くないか?」

「最近の襲撃続きで食料品が値上がりしてんだよ。これでも原価ギリギリだ」

「そんなになのか」


 人型ASIDによる襲撃。

 度々避難しているが、そんな方面に影響が出ているとは思わなかった。

 

「キューブフードなら簡単に作れるけどな。野菜やら肉やらは育てるのにもコストがかかる。リソースが減っていけば嗜好品の食事が削られていくのはまあ当然だわな」


 仕方ない、とジェイクは言うが、それほど単純な話でもないと仁は思う。

 つまりそれは、防衛軍が襲撃に対して完全に防げていない事を示している。

 

「これは、やばいんじゃないのか……?」


 その疑念は音に変わるよりも先に口の中で消えた。

 ASIDの群れと一戦交えた直後と言うのもあるが、物資の減りがそこまで早いとなると、船団の循環構造が崩れる可能性がある。

 

 実は長期戦というのは、船団にとって最も避けなければ行けない状況なのだ。

 

 普段ならば、近隣の惑星から物資を補給して循環を維持する。

 だが今の襲撃頻度では採取の為の惑星探査さえ難しい。

 

 人型ASIDの襲撃が続く限り、第三船団は真綿で首を絞める様に追い詰められていく。

 無論、その前に完全に撃退できれば上々なのだが、現状では難しいだろう。

 

 船団のアサルトフレームと、人型ASIDはどちらも同じエーテルリアクターで動いている。

 ただその出力が違う。

 最初期型のエーテルリアクター出力を基準とした単位、ラミィで表すと。

 レイヴンが50ラミィ。対して人型ASIDは500ラミィ程度だと推測される。

 単純に個体として10倍の出力差があるのだ。

 

 それを覆すには数を頼みにするか。

 或いは卓越した腕を持つパイロットが操縦するかである。

 

 正直そんな状況であっても自分を前線に戻そうとしない少佐に仁は苛立ちを覚えていた。

 一人でも腕利きは必要なはずだった。

 

「まあそんな訳だ。だから2000クレジット」

「……分かったよ」


 掌をスキャナーに翳して支払いを済ませる。

 登録されたDNAから後で引き落とされている事だろう。

 

「毎度あり。来週からは毎日来るんだろ?」

「ああ。悪いな……ホント、助かるよ」


 シッターを雇う事も考えたのだが、急な話だったので直ぐには手配できなかった。

 ジェイクの申し出は非常にありがたい物だった。

 

「礼金と諸経費は前払いで振り込んでおいたから」

「気にしなくても良かったんだがな。言ったろ? 嬢ちゃんにはマスコットを期待してるって」

「いや、澪が可愛いのは認めるがそれだけじゃこの店の客入りは改善しないだろ」


 夢を見過ぎであると仁は突っ込む。

 

「正直、昼間一人だと寂しくて辛い」

「……いや、ほんと何で開けてんだ」


 もはや定番となったやり取りをして、仁は澪を揺り起こす。

 

「ほら、澪帰るぞ」

「んー」


 目を擦りながら澪が立ち上がる。

 

「おはよー、じん。ねむい」

「おはよう澪。昼間寝すぎると夜寝れなくなるぞ」

「夜はまたぴかぴかするよ……」


 ぴかぴか――人型ASIDの襲撃によってエーテルの輝きが空に奔る事を澪はそう言う。

 つまりは襲撃があると言っているのだ。


「不吉なこと言わんでくれ」


 しかし、澪の言葉は正しかった。

 その日の夜、何度目かの襲撃。

 

 船団の損耗は今や一般市民でも感じ取れるようになっていた。

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