09 迷子たち

「おーい、澪。どこだ?」


 仁は澪の名を呼びかけながら探す。

 ぬいぐるみ店は結構混んでいた。

 すっかり曜日感覚を失っていたが、今日は世間一般でも休日だったと仁は思いだす。

 長期休暇の弊害と言えよう。

 

 兎も角、似たような背格好の子供が多いため、探すのにも一苦労。

 

「不味いな……やっぱアナウンスしてもらうか?」


 恥ずかしいとか言っている場合ではないだろうと仁は考え始める。

 可能性は低いが、誘拐かもしれない。

 ある意味究極の監視社会である移民船団で、大半の犯罪は即座に検挙される。

 街中に設置された数多くの監視カメラ。

 DNA情報を結び付けられた市民ID。

 そうした諸々の技術は市民がどこにいるかという情報すら常に丸裸にしている。

 それ故にそんな無謀な行動を起こす者はまずいないが、それでも罪を犯す者はいる。

 

 そして、即座に逮捕されたとしてもその場合には被害者が残るのだ。

 

 加えて言うのならば、未だ不明な澪の素性がある。

 それが追いかけて来たという可能性も捨てきれないのだ。

 

 やはりアナウンスをして貰おうと仁は方向を転換する。

 

「きゃっ……」

「おっと……」


 その瞬間、棚の陰から出てきた人とぶつかりそうになる。

 流石の反射神経で仁は避けたが、相手はそうもいかなかったらしい。

 バランスを崩して膝をついていた。

 

「すみません! 慌ててまして……」


 謝りながら仁は手を差し伸べる。


「いえ、こちらこそ。私も良く前を見ていなかったので」


 そう言いながら相手も仁の手を取って立ち上がった。

 

 金髪の三つ編みを垂らした学生位の年頃の少女。

 自分よりも一回り位年下だろうかと考えて仁は凹む。

 何時の間にか、学生よりも一回り年上になっていた。

 

「あの、すみません。連れを探しているんですけど見ませんでしたか? こう、私の胸位の身長で赤い髪をお下げにしたやたら偉そうな感じの子なんですけど」


 自分の胸元辺りを手のひらで示しながら少女は連れの特徴を説明する。

 仁はここに来るまでの道すがらを思い出すが、そんな特徴的な少女を見た記憶はなかった。

 妹とでも逸れたのだろうか。

 

「すみません、心当たりは……」

「そうですか……いえ、もしかしたらと思っただけなのでお気になさらないでください」


 そう言うと一礼して立ち去ろうとする。

 

「実は私も連れと逸れてしまいまして……これから店内にアナウンスをかけて貰おうかと思っているんです。一緒に来ますか?」


 そう言うと、少女は少し悩んだ素振りを見せる。

 

「そう、ですね。正直、探し疲れたので私もそうしようかと思います」


 迷子を捜す二人がそう次の行動を決めたところで――その決定を覆すような出来事が起きた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「よいしょっと。これで大丈夫ですね」

「おねーちゃん、ありがとう」


 澪が戻せなくて困っていたぬいぐるみを、赤い髪の少女は苦も無く戻す。

 比較的小柄な体格だったが、それでも澪よりは大きい。高い棚を見通すことが出来るくらいには。

 助けて貰った澪は素直にお礼を言った。

 

「お姉ちゃん……ふふ、良い響きですね」

「?」


 何やら澪の言葉に感銘を受けたような顔をしている少女。

 何が良いのか分からない澪は首を傾げる。

 

「ところでお嬢ちゃんはどうしたんですか、一人で? お父さんか、お母さんは一緒じゃないんですか?」

「おとーさん、おかーさん?」


 再びの知らない単語に澪は首を傾げる。

 その反応に少女も少し困った顔をした。


「えっと、ここに一緒に来た人はいませんか?」

「じんのこと?」

「じん……ええ、その人の事です。今はどこにいるんですか?」

「じんは今迷子なの」


 澪の回答に少女は目を見開く。

 そして重々しく頷いた。

 

「奇遇ですね。私も実は一緒に来た子が迷子です」

「きぐーだね」


 自分たちは迷子ではないと思っている二人、ここに出会う。

 

「お嬢ちゃんお名前は?」

「じんが知らない人には名前を言っちゃいけないって言ってた」

「なるほど。確かにそうですね。では私から。私はメイと言います。さ、これで知らない人ではないですね」

「……! ほんとだ! 知ってる人だ!」


 凄い、何でだろうという顔をする澪に、メイと名乗った少女は笑顔を浮かべる。


「みおはみおって言います。めいおねーちゃん」

「メイお姉ちゃん……良い響きですね。うん、実に良いです。では澪ちゃん。迷子を捜す時の秘策を教えてあげましょう」

「ひさく?」

「そう。これが出来れば迷子何て一撃必殺です」

「めいおねーちゃんは難しい言葉を知ってるんだね」


 尊敬のまなざしを向けてくる幼子に気分を良くした少女は胸を張る。

 

「この私に任せておけば、万事解決。全ては事も無し、ですよ!」

「おー」


 何だかよく分からないけど凄いと澪は拍手する。

 

「それで、どうするの?」

「それはですね……」


 そうして、少女の秘策が発動する。


 ◆ ◆ ◆


『第三区よりお越しのユーリア・ナスティン様。お連れ様がお待ちです。エントランスお客様センターまでお越しください』

「ほあっ!?」


 唐突に金髪の少女が悲鳴を上げる。

 どうやら、逸れた連れの方はさっさとアナウンスに頼る事にしたらしいと仁は苦笑を浮かべる。

 

『第七区よりお越しのジン様。澪ちゃんがお待ちです。エントランスお客様センターまでお越しください』

「おっと……」


 続けて呼ばれた自身の名前に仁は意表を突かれた顔をした。

 一人でいる澪を、店員が見つけたのだろうかと仁は考えた。

 どちらにしても、居場所が分かったのだからこれ以上捜しまわる必要はない。

 

「えっと、私の連れは見つかったようなのでエントランスに行きますが……」


 仁がそう言うと金髪の少女は羞恥か怒りかで顔を赤くしながら頷いた。

 

「私も、友達が見つかったみたいなのでエントランスに行きます。迷子になったのはあっちなのに……!」


 感情の籠った後半の恨み言に仁は笑みを浮かべる。

 そんな風に気軽に言い合える友人がいるというのは素直に羨ましい。

 

 仁がそんな関係を築いていた相手で今も生きているのはジェイクくらいだ。

 

 二人してエントランスに向かうと、先程仁が金髪の少女から聞いた特徴の子――赤いお下げの少女が澪と何やら話している姿見えた。

 

「ふーむ。澪ちゃんも色々あるんですね」

「いろいろあるんです」


 神妙な顔をして頷きあう二人だが、多分お互いに雰囲気でやっているだけで、特に実のある話はしていない。

 

「あ、じんだ!」

「やっと来ましたね、ユーリア。待ちくたびれましたよ」

「あんたが逸れたんでしょ! もう嫌だ。恥ずかしい……」


 顔を赤くしていたのは怒りと羞恥の両方だったかと仁は納得しながら屈み込んで澪に視線を合わせた。

 

「澪、ダメじゃないか。勝手に一人でどっかに行ったりして」

「違うよ。じんがどこかに行っちゃったんだよ」


 唇を尖らせて澪が反論してくる。

 聞けば、仁が探しに行った後に、澪は元の場所に戻ってきていた事が分かる。

 

「それでも最初にどこかに行ったのは澪だよ」

「……ごめんなさい」


 仁の言葉に反論できなかったのか、上目遣いに謝ってくる。

 その頭を撫でると澪が赤い髪の少女を指さした。

 

「あのね。めいおねーちゃんが秘策で一撃必殺してくれたの!」


 どういう意味だろうと仁は一瞬考えこむ。

 すると店員が教えてくれた。

 

「こちらのお客様がお嬢様を連れてきてくださったんですよ」

「そうでしたか……この子がお世話になりました」


 立ち上がって仁は赤い髪の少女に頭を下げる。

 金髪の少女と言い争いをしていた彼女は得意げな顔を浮かべる。

 

「いえいえ。当然の事です。どうですか、ユーリア。私はちゃんと人助けをしていたのですよ」

「もう、調子いいんだから。すみません、お騒がせしました」


 二人はこれから別の店に行くとのことでその場で別れた。

 

「では澪ちゃん、またどこかで会いましょう。アディオス!」

「めいおねーちゃん、ばいばーい」


 何やら仲良くなっていた二人は店先で手を振り続ける。

 その姿が見えなくなったところで仁は先ほどから気になっていた事を注意する。

 

「……澪、知らない人に名前を教えちゃ駄目って言ったろ?」

「めいおねーちゃんは知ってる人だよ?」


 どう説明しよう、と仁は頭を悩ませながら店内に戻る。

 最終的に、澪は二つのぬいぐるみを買った。

 

 一つは澪が選んだペンギンのぬいぐるみ。

 もう一つは仁が微妙にアピールしていたアサルトフレームレイヴンの二頭身ぬいぐるみ。

 

 その日から二人が寝るベッドに住人が増えたのであった。

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