05 遠い星空

 眠った澪を背負って仁はジェイクに別れを告げる。

 

「ご馳走様。美味かったよ」

「おう、また来い」


 お腹いっぱいになるまで食べて、ジェイクと近況交換をしている間に澪は眠ってしまった。

 今日はあまり動いていない事を考えると、余り体力が無い様だった。

 幸せそうな寝顔を見ると、安心しきっているのが分かる。

 仁としてはそれが嬉しい。

 その姿を見ていたジェイクが口を開いた。

 

「なあ、仁」

「うん?」

「やっぱお前、パイロット止めて正解だったと思うぜ」


 つい先ほど話した、ここ最近の出来事。

 その中にはもちろん、不本意ながらパイロットを止めさせられたことも含まれている。

 それを知った上でジェイクはそう言った。

 

「少なくとも俺のいた頃のお前はそんな穏やかな顔してなかった。しょっちゅう隊の先任と揉めてたじゃねえか」

「あーそうだったかもな」


 言われてみれば、ジェイクが除隊する前は喧嘩は日常茶飯事だった。

 それが変わってきたのは何時だったか。


「少なくとも俺はあの頃のお前よりも今の方が話しやすくて良い感じだ」

「そっか……ありがとよ」


 自分が変わったというのならば、それはきっと澪が切っ掛けではない。

 令が変えてくれたのだと、そう確信している。

 

「ところで仕事始まったらどうするんだ?」

「どうって」

「学校の入学期はしばらく先だろ。一人で留守番させるのか?」


 言われてみれば、と仁は冷や汗を流した。

 全く考えていなかった。

 見切り発車にも程がある生活のスタートだったと反省するしかない。

 ホームコンピューターに任せればある程度は何とかなるだろうが、それでも一人きりというのは不安だ。

 意外と家というのは危険に満ちている。

 

「……今から保育所を探す予定だ」

「良かったらうちで預かってやろうか?」

「……いいのか?」

「大人しいみたいだしな。接客の邪魔にはならねえだろ」

 

 いや、そもそも客が来ないのではという言葉は飲み込んだ。

 そしてそれは仁にとっても有難い申し出だった。

 身元という面でもジェイクならばしっかりしている。

 

「お前がそんな子供好きだとは知らなかったよ」

「俺も仁が子供好きだとは知らなかったぜ」


 と互いに軽口を言い合って、ジェイクが表情を引き締めた。

 

「無論、俺にも考えがある」

「聞こう」

「澪ちゃんが店に居ればそれにつられて可愛い女の子が店に入ってきてくれないかという目論見がある」

「んな事だろうと思ったよ」


 人んちの子をマスコットにする気だと分かった仁は脱力する。

 とは言え、その程度で客が入るとも思えない。

 仁が話を受けやすくするための建前だというのは分かる。

 

「悪いけど頼んでいいか? 次の入学期まででいい」

「大体三か月ってとこか。任せとけ」


 快諾してくれたジェイクに改めて礼を告げて仁は帰路に着く。

 

 澪が楽しみにしていた復路のハイパーループもあっさりと終わり。

 自宅への道を歩く。

 

 既にシップ1は夜間モードに入っていた。

 昼間は青空を写していた天頂スクリーンが、今は透過モードに切り替わっている。

 無数に広がる星々の光。

 仁がこれまでに戦場としてきた世界を見上げる。

 

「遠い、な」


 ついこの前までは自分の庭の様だった世界が、今は手を伸ばす事しかできない。

 かつて人類が惑星の上に住んでいた頃は、常に星空の並びは決まっていた。

 そこから星座と呼ばれる図を描いたりしていたようだが、その文化が失われて久しい。

 

 今は混沌とした星が輝くのみだ。

 

 背の重みを確かめる。

 この子は将来どうなるのだろうかと仁は考える。

 こんな抜けまくりの保護者の元で幸せになれるのだろうか。

 

 空に輝く星の様に無数の可能性がある筈だ。

 自分がそれを狭めてしまうような事は無いだろうか。

 

 不安だった。

 早まったことをしたのではないか。

 あのまま、あそこで別れた方が澪は幸福になれたのではないか。

 そんな不安が心の中に住み着いている。

 

「どうするのが良いんだろうな」


 思わず、右側へ問いかける。

 そこに令はいない。

 

「ほんと、どうするのが一番良いんだろう」


 空を見上げて呟く。

 

 その時、視界に微かな煌めき。

 

「あれは」


 エーテルの輝き。

 どこかで演習でもしているのかと考え、それを即座に自分で笑う。

 有り得ない。わざわざこんな夜間時間帯に訓練する必要はない。

 宇宙空間に昼も夜も無いのだから夜間訓練もする意味が無い。

 

 平和ボケ。

 その言葉は自分にも適応されているらしいと仁は知った。

 

「敵襲っ」


 食いしばった歯の隙間から、その言葉が漏れた。

 仁が目を見開いている間にもエーテルの輝きは次々と増えていく。

 船団至近へのオーバーライト――所謂ワープによる転移。

 観測チームの首がいくつか挿げ替えられる大失態だ。

 

「シップに取りつかれたら厄介だぞ……何をやってるんだ」


 防衛軍の動きが鈍い。

 本当に不意を打たれたのが分かる。

 こうして目視できても尚、警報すら流れていないのがその証左だ。

 

 戦闘になる。

 それが分かった仁はシェルターに向けて走る。

 

 最悪の展開――シップへのASIDの侵入が考えられた。

 そうなればここは地獄だ。

 シェルターも100%の安全を保障してくれるわけではない。

 それでもその辺りにいるよりは遥かに安全だ。

 

 今の自分は戦えない。

 ならば澪を戦闘に巻き込まない様にするしかない。

 走りながら上に視線を向ける。

 船壁が突き破られた時に少しでも落下地点から逃げるためだ。

 

 そうしていると、今回襲撃してきたASIDの特異性が分かった。

 

「人型……」


 初めて見るタイプだった。


 ASIDは一つの惑星の生態系を食いつくす。

 その際に、その星の頂点にいた生物を取り込み己が同胞に作り替えるとされている。

 

 それが奴らの名称の由来。

 Adversary Superior Infectious of Disorder。通称ASID。

 無秩序で感染性の敵対的上位種と呼ばれるようになった訳である。

 

 かつて、母星を襲ったAISDは最終的に人型へとなった。

 ならば今この船団を襲っているのはその生き残りか。否。

 

 既に母星を襲ったASIDはクイーンタイプを失っている。

 奴らの生態はクイーンタイプを頂点とした共同体だ。

 その頂点が失われると、共同体自体が完全に停止する。

 

 先日、仁が独断専行した戦闘もそれを目的とした攻撃だ。

 

 故にあれが母星を襲った物と同一の種である可能性は低い。

 だとすれば。

 

「どっかの星に人型生命体がいたって事か」


 所謂宇宙人。未だ人類が遭遇したことが無い知的生命体。

 残念ながら、その初邂逅には間に合わなかったらしい。

 

 その来歴も気になる事だが、それ以上に仁の意識を奪うのは人型ASIDという特異性だ。

 これまで防衛軍は遭遇数の多い虫型、それもミミズ型と呼ばれる個体を念頭に置いた訓練をしている。

 ――逆説的に、ASIDの形態からこの宇宙には複雑に進化した生物は少ないという論拠になっていた。

 

 自分たちと同じ人型は意識していない筈だ。

 人類同士で争うという最悪の愚。

 それを避けるために対人戦闘の訓練はどの船団もほとんどしていない。

 

 苦戦するかもしれないと仁は思う。

 

 仁が状況に気付いてから五分。

 漸く警報が鳴り響く。

 ほとんどの人間が避難訓練でしか聞いたことが無い警報。

 ここまで船団に接近する前に防衛軍が対処していたのだから当然だ。

 先んじて動いていた仁は、人が殺到する前にシェルターに辿り着けそうだった。

 

 そしてその大音声に澪も目を覚ました。

 

「何の音……?」

「警報だ。敵が来るから避難するぞ」

「敵……? わ、お空綺麗」


 戦闘が始まった。

 エーテルを使用した武器の戦闘は、鮮やかな光のイルミネーションの様だった。

 それを綺麗という気持ち、仁にも分かる。

 輝きの一つが破壊を齎す物だと分かっていても尚。

 その知識がない幼子ならば純粋に美しい物だろう。

 

「おーい」


 空に向かって手を振る澪。

 何かのイベントと勘違いしているのだろうか。

 むしろ泣かれるよりもずっと助かると思いながら仁は足を速める。

 

 一番乗りでシェルターに辿り着き、入る前に空を見上げる。

 一際大きな爆発はどちらかが撃破されたのだろう。

 それが敵か味方か。この距離では流石に分からない。

 

 今はシェルターの中で味方の勝利を祈るしかなかった。

 

 ピリピリした避難民の空気。

 その中でも他の子どもの様に泣いたりせず、どっしりと構えていた澪は大物かもしれない。

 

 警報が解除されたのはそれから半日後。

 

 備蓄リソースを使用した船団の緊急オーバーライトが実行されたという発表がされた。

 それは戦線を支えきれずに船団を逃すしかなかったという発表。

 

 その日を皮切りに、船団には数日置きで警報が流れる様になる。

 

 船団始まって以来の追われる日々が始まった。


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