04 元同僚

 夕方までは澪の私物を買い込んでいた。

 そうした通販で買い込んだ澪の服。

 本人が楽しそうに選んでいたそれに着替えさせて仁は家を出る。

 

「確か……」


 左手のスキンシート。

 体内に注入されたナノマシンが定着したそれ自体が一つの端末だ。

 右手の指先で弄り回して目的地までのガイドを表示させる。

 

「よし、こっちだ。行こう、澪」

「おー」


 左手で手を引きながら仁は歩き出す。

 本日の船団の天気は終日晴れ。

 傘は不要だろう。

 

「どこいくのー?」

「ご飯が食べれる場所だ」

「ご飯……」


 澪が微妙に嫌そうな顔をした。

 これは行けないと仁は思う。

 完全に食事に関しては信用を失っている。

 

「大丈夫だ。今度はちゃんと料理だから! 多分」


 小声で不足している自信を付け加える。

 澪の視線が一層不安げになった気がした。

 

 船団の各船はそれぞれが一つの都市だ。

 基本的にはそれ一隻で完結しているため、最悪バラバラになったとしても生きることは出来る。

 それでも各船毎に特色があり、仁達が住むシップ1は本船――所謂首都だ。

 徹底した機能管理がされており、無駄がない。

 一番無機質な都市と言えるかもしれない場所だった。

 

 その機能美、仁は嫌いではないのだが令は少し不満そうだったと思い出す。

 

 料理と言うこの船団においては趣味とされる物。

 それを体感するには別のシップへ向かう必要があった。

 

 船団に張り巡らされたハイパーループ。

 真空に減圧されたチューブ内を高速で移動する車両が船団の動脈だった。

 

 その発着場の一つを仁達は一先ずの目的地としていた。

 

「ひゃーっ!」

「こら、澪。静かにしなさい」


 何故だか妙に興奮している澪を宥めながら仁は呼び出しボタンを押す。

 数秒待つと、二人乗りの小型車両が発着場に滑り込んでくる。

 

「乗るの? これに乗るの?」

「そうだよ。ほら、そこ隙間あるから気を付けて……」


 一体何が澪の琴線に触れたのか。

 先ほどから妙に鼻息が荒い。

 

「ちゃんと座りなさい。シートベルトもちゃんとしないとダメだぞ」


 そわそわしっぱなしの澪をシートに押さえつけてシートベルトを付ける。

 

「凄い」

「うん? ああそうだな。凄い早いぞ」


 自分も座席に座って、目的地の住所を入力する。

 車両の扉が閉まる。

 一瞬感じる加速度。

 アサルトフレームの加速度と比べればそよ風の様なそれを受けて――扉が開いた。

 賞味一分の旅路だった。

 

「あれ?」

「降りるぞ、澪」

「もうおしまい?」

「うん、もう着いた」


 酷くがっかりした表情を浮かべる澪にどれだけ気に入ったのかと仁は苦笑を漏らす。

 

「もう少し乗りたい……」

「また帰りに乗るから、な?」

「……分かった」


 シップ5は観光地としてデザインされた船だ。

 非日常をコンセプトとしているだけあって、他の船では見られない物が多い。


 何となく、道行く人達もシップ1とは違い、ラフな格好の人が多い。

 

「さあ、シップ5限定! ゴーヤ味のフードキューブだ! この苦みが病みつきになるよ!」


 どこからから聞こえて来た客の呼び込みの声。

 左から向けられる視線が痛い。


「じん、嘘ついた?」

「待て、大丈夫だ。まだここが目的地じゃない」


 ハイパーループの発着場は数多く存在するが、流石にあらゆる施設にドアトゥドアで行けるわけではない。

 

 少し歩いたところにある店。

 新しめの喫茶店。店先に置かれた看板には料理有りマスの文字。

 やる気の無さそうな看板に一抹の不安を覚えつつも、仁はその店の扉を開ける。

 

 綺麗に掃除された店内には客らしき影は無く、退屈そうな店員が一人。

 

 立地は悪くない。

 時間帯も夕方。

 ここまで閑散とする理由は……まあ店主のせいだろう。

 

「いらっしゃーい……ってもしかして、仁か!?」


 低く地の底から響くような声。

 決して低くない天井の店内で窮屈そうにしながらカウンターに立つ偉丈夫。


「久しぶりだなジェイク」


 元部隊の同僚だった男に仁はそう声をかける。

 軍を退役してそろそろ五年経つが未だに衰えていない筋肉質な身体をエプロンに包んだ姿。

 正直何度見ても慣れない。

 タンクトップとショートパンツを着ているせいで、真正面からだと何も来ていない様に見えるのが酷い。

 ジェイク・ハドソン。仁の古い友人だった。

 

 除隊後はもっぱらメールでのやり取りだったが、今一懐かしさは感じない。

 

 禿頭を掻きながらジェイクは仁に視線を向けて目を見張った。

 

「久しぶりだな。なんだなんだ。珍しいな私服なんて」

「……長期休暇中でな」

「ほう。余計に珍しいな。こうして休む間もなく働いている男の前で休暇自慢とは良い度胸だ」

「いや、正直休んでも問題ないだろこれ……」


 客ゼロでは働く甲斐が無いだろう。

 そう思っていくとジェイクはなぜか胸を張る。

 大胸筋が膨れ上がった。

 

「夜はバーをやってる。そっちは結構人が入るんだぜ」

「やっぱ昼間は入ってないんじゃないか。もう閉めちまえよ」

「夜はおっさんしか来ねえんだよ……! だった後は昼間に賭けるしかねえじゃねえか!」

 

 そういえば若い女子にちやほやされたい。

 このガタイに似合わずそんなことを言う奴だったなと仁は思い出した。

 ギャップが酷い。

 

「で、何の用だ? まさか俺のまずい紅茶を飲みに来たわけじゃないだろう?」

「改善しろ。ちょっと飯を食いに来たんだよ」

「これまた珍しい。フードキューブがあればそれでいいって言ってた奴が料理を食いに来たなんて……」


 そこでジェイクの視線が仁の左を見た。

 首が下を向く。

 

 視線を向けられた澪がびくっと身を竦めた。

 

 そして視線が仁に戻る。

 

「お前、どこで攫ってきたんだ」

「真顔で何言ってやがるお前」

「こんなに怯えてるじゃねえか」

「お前の無遠慮な視線に怯えてんだよ」


 仁の背に隠れようとする澪を前に出させる。

 

「こいつは澪。今日から俺が引き取った。澪、こいつはジェイク。怖そうな顔をしているけど無害な良い奴だ」

「怖そうなは余計だ」


 その声にまた澪が震える。

 それを見てジェイクは肩を落とした。

 

「しかし……いや、何でもない。それで、その子と飯を食いに来たんだったな」

「ああ。フードキューブじゃ満足できないらしくてな」

「そりゃいいことだ。あれは餌だからな」


 豪快に笑いながらジェイクは指で席を示す。

 

「どこでも好きなとこ座れよ」


 のっしのっしという擬音が似合いそうな足取りでカウンターの裏手から回って席に案内するジェイク。

 その彼の背を澪は猛獣を見るかのような視線で見ていた。

 

「大丈夫だぞ澪。ジェイクはデカくて見た目が怖いだけだ」

「うん……」


 どう見てもビビっていた。

 正直、慣れている仁でも怖いと思うときがあるのだから小さい子供なら余計にそうであろう。

 ちょっと失敗したかもしれないと仁は思い始めていた。

 

「はいよ、メニューだ。今水を持ってくる」


 パラパラと仁は渡されたメニューを捲る。

 書いてある料理名から味の予想は付く。

 ただ、どんな物かはさっぱりだ。

 分かるのは、令が作ってくれた幾つかの物だけ。

 

 さて、困ったと眺めていると。

 

「ちゃーはん……」

「うん?」

「無かった……」


 呟く澪の姿を一言でいえば落胆だろう。

 確かにメニューにはチャーハンの文字はない。

 

「まあ今日は別の物にしよう。どこかで食べれる場所、探しておくから」


 そんなに食べたかったのかと思うと、可哀そうになるが無い物はない。

 ジェイクに聞くのも酷な話だが、同業の繋がりで出してくれる店を知っているかもしれないと仁は思った。


「うん……」

「何だ、澪ちゃんはチャーハンが食いたいのか」


 その会話を小耳に挟んでたジェイクがお冷を片手にそう尋ねる。

 澪は一瞬身体を震わせた物の、小さく頷いた。

 

「チャーハンか。大した具は入れられないけどそれでも良ければ作るぞ」

「良いのか? メニューにないけど」

「どうせ客は来ないんだからメニュー何て気にしなくていいんだよ。ぶっちゃけ夜の分しか材料仕入れてねえしな」

「おい、経営者」


 何故そんな状況でも意地になって店を開けているのかと突っ込みたい。

 

「あの……」


 軽口を叩きあってたジェイクに澪がおずおずと声をかける。

 

「チャーハンひとつ、ください」

「あいよ、チャーハン一丁! 仁、お前は?」

「俺も同じで良いよ」

「あいよ、チャーハン二丁だな。ちょっと待ってろ」


 実は本物のチャーハンを見た事が無い仁は少しワクワクしながら待つ。

 ふと気になって、仁は澪に尋ねた。

 

「なあ、チャーハン好きなのか?」


 その問いかけに澪は首を傾げた。

 

「いや、昼の時も今も真っ先にチャーハン選んでたし好きなのかなって」


 或いはそれが過去の手掛かりになるかもしれない。

 そう思ったのだが澪は首を横に振った。

 

「食べて欲しかったの。じんに」

「……俺に? 何でまた」

「何でだろう?」


 本人も首を傾げている。

 流石にこればかりは仁も全く心当たりがない。

 澪と出会ってからの会話でチャーハンを食べたいと感じるような事を言っただろうか。

 

「はいよ、チャーハンお待ち」


 そう言って仁の前に皿が置かれる。

 

「ほう」


 炒められた米をスプーンで救う。

 口に含んだ、噛み締める。

 

「美味いな」

「当然だ」


 見れば澪も無言で食べ続けている。

 

「米に味が染みてるのが好みだ」

「そりゃ良かった。澪ちゃんはどうだ。美味しいか?」

「おいしい!」


 口の周りに米を付けて言う澪は実に満足そうだった。

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