第15話 お誘い

「ちょっといいかしら?」


 日曜日。仕事に疲れたサラリーマンやOLだけでなく、学生にだって嬉しい休日である。

 ゼイラス王子から頂いた金貨のお陰で、懐ホクホクの俺は、何か買い物をしようと街をブラついていた。

 そんな俺に声を掛けてきたのは、休日だと言うのにスーツを着込んだ真面目そうな男女だった。


「あ、宗教の勧誘ならお断りします」


 直感が何か面倒臭いものを感じ取った俺は、直ぐ様二の句を継ごうとする二人をシャットアウトし、足早にその場から逃げ出そうとした。

 しかし回り込まれてしまった。


「宗教の勧誘な訳ないでしょ!」


 プリプリと怒るスーツの女性。まあ俺も本当に宗教の勧誘かと思ってはいなかったが。しかし、だとすると、


「は! まさかナンパ……?」

「それも違う!」


 乗りの良い女性のようだ。ただ余り周りを見れていなかったようで、学生にスーツの男女がからんでいる姿は街中で目立っている。


「ええ、おほん。私たちはこう言う者です」


 仕切り直した女性が名刺を見せてくれた。



 内閣情報調査室 異世界課 主任


  五百蔵 瞳子



 多分俺は、二人に対してとても胡散臭いものを見る目をしていると思う。

 二人もその視線には気付いているし、恐らく普段から慣れっこなのだろう、俺の視線にも動じた様子を見せない。


「この名字、なんて読むんですか?」

「『いおろい』よ。ってそっち!?」


 やはりリアクションが良い。政府筋の人間ではなく、芸人なんじゃなかろうか?


「全く、大人にバカやらせないでよね」


 俺からすれば、そちらが勝手にやってるだけなんだが。


「でも、これを見てその反応。心当たりはあるようね」


 まあそうですね。


「政府の人間が、俺に何の用ですか」


 と尋ねると五百蔵さんはやおら辺りを気にし始め、


「ここではなんだから、場所を変えましょう」


 そう言って俺に付いてくるように言った。



 付いていった先にあったのは黒塗りのセダンだった。よく政治家とかお偉いさんが乗ってるイメージのあるあれだ。

 運転席に男性が乗り、後部座席に俺と五百蔵さんが乗り込んだ。


「この車は防諜機能に優れているの。ここでなら話は外に洩れないわ」


 そう言って五百蔵さんは車を発車させるように男性に指示した。


 指示通りに男性が車を走らせ始めて5分ぐらいたっただろうか?


「加藤 高貴くん。あなたは異世界からの生還者と思って良いのね?」


 前方を見据えたまま尋ねてくる五百蔵さんの声音には、興味本位やまたは疑念のような色は無く、異世界があるのは当然と言うのが感じ取れた。


「はい。あれが俺の妄想でないのなら」


 だからだろう。俺も素直な言葉を口にしていた。


「悪いけど、それなりの量、質問させてもらうわ。内調としては見過ごせない案件だから」


 2、3の質問でなく、それなりの量ときたか。

 俺は首肯した。


「じゃあ、まずあなたが行った異世界の名前と、そこに至った経緯を教えて頂戴」


 そう言って五百蔵さんは手帳を取り出しメモをしだした。


「異世界の名前はアイテール。国はメリディエス王国です。異世界に行くことになったきっかけは、間違いです」

「間違い!?」


 思わず声のトーンが上がる五百蔵さん。運転席の男性もバックミラー越しにチラチラこちらを見ている。


「はい。俺はその国の王女様によって勇者として召喚されされたんですけど、人間違ひとまちがいだっんです」

「随分杜撰ずさんな召喚だったのね」


 声に同情の色が混じっている。誰にも言えなかった異世界召喚を、同情してもらえて何だか有難い気持ちになる。


「主任」


 そこに運転席から声が掛かる。その声にハッとして手帳をパラパラ捲る五百蔵さん。


「もしかしてその勇者召喚で召喚されたのって、佐藤 勇気くん?」

「はい。そうです」


 そりゃあ勇気くんの情報も手に入れてるよな。



 その後も様々な質疑応答が繰り返された。その中でも彼女らの気を惹いたのは、レベルの概念だった。


「まるでゲームキャラのようにレベルが上がる、ねぇ? それって実際にはどれくらい反映されるものなの? 例えばあなたの現在のAGIは一般人LV1の12倍あるけど、12倍速く走れるの?」

「走れます」

「!!」


 まあ、それは驚くよな。俺も、まさか地球に帰ってきても、レベルの概念が通用するとは思わなかった。

 高校生の100m走の平均が14〜15秒だから、時速に直すと24〜25kmになる。その12倍なら約300km。新幹線並みである。100mを1.2秒だ。


「まあ、実際にそんなスピードを出せる場所がありませんけどね」

「はは、そうね。日本は土地が狭いからね」


 乾いた笑いだ。どうやら俺は一気に要注意人物指定されてしまったようだ。



「今日はありがとう。課に戻って今後の事を検討させてもらうわ」


 さんざん質疑応答ドライブした後、セダンは俺の家の前で止まった。


「いえ、お役に立てたのなら良かったんですけど……」

「……?」


 五百蔵さんが「まだ何か?」と俺の次の言葉を待っている。


「俺の処遇って、どうなるんですか?」


 俺の問いに難しい顔になる五百蔵さん。


「そうねぇ、出来るのなら政府こっち側の人間になって欲しいけど。まだ学生だし、無理強いはしないわ」


 ふむ。LV45で人間止めたような俺だし、もっと締め付けが厳しくなると思っていた。


「ただ……」


 まだ何かあるようだ。


「海外渡航はもう出来ないとは考えていて」


 そりゃそうか。こんな危険人物外国に出したら、どんな事件引き起こすか分からないからな。

 こんな事になるんなら、アイテールをもっと堪能しておくんだったな。

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