第14話 惜別と抱擁

「コーキ。君の処遇が決まった。地球への送還だ」


 ゼイラス王子からそれを聞いたのは、王城の牢屋の中での事だった。


 馬鹿正直に勇気くんを襲った事を王子に報告したら、牢屋に入れられた。当然の処置だった。


「そうですか」


 何らかの処罰が下されると想像していたが、痛くなくて良かった。


「私たちはもっと軽い処遇を要求したんだがな。セルルカ陣営の反発が凄かったんだ。『勇者を襲った』というのが、決定的だったな」


 ふむ。王子たちは俺の減刑の為に頑張ってくれていたようだ。だが思うように事が運ばなかったのだろう、少しやつれているように見える。


「いえ、俺の為にわざわざありがとうございました。勇者を襲ったんです。極刑でもおかしくありませんでしたから」

「それは阻止した」


 それも提示されていたのか。本当に頑張ってくれたんだなあ。


「既に魔侵食が解除されている事と、これまでの貢献によって、コーキの処遇は地球への送還と決まった」


 魔侵食はスキルキャンセルによって解除された。と言ってもその爪痕は『魔化』という新たなスキルによって残っているが。

『魔化』は、魔侵食のバフを与えるという部分だけ残ったスキルだ。いや、魔と通じるという一文もあったな。しかし『風林火山』と言い『魔化』と言い、バフを与えるスキルばかりだな俺。


「そんなに落ち込まないで下さい。俺としては地球に帰れて万々歳なんですから」

「そう言ってもらえると助かる」


 本当に万々歳なのだ。これで勇気くんも一緒に帰れたなら。

 王子の口から勇気くんの話が出てこない所を見ると、勇気くんはこの一件について沈黙を通しているんだろう。流石スキル『謙虚』だ。奥ゆかしい彼らしい。

 本当なら俺に地球に帰って欲しくはないだろうに、それも口にせず、いや、出来ず、色々抱えていくことなるんだろうなあ。


「王子」

「なんだ?」

「勇気くんと少しで良いので意思疎通を図ってください。彼、色々思い詰めてしまいそうなんで」

「分かった」



 刑はその日のうちに執行された。

 王城の地下、俺がこのアイテールに召喚された魔方陣の間に、セルルカ姫がとても嫌そうな顔をして俺を待っていた。


「さあ、さっさとお帰りになりましょう」


 ふむ。初めて会った時の可憐さは微塵も感じられないな。住む世界が違うって思い知らされる感じだ。


「高貴さん」


 あとは姫様の転移魔法で帰るだけ、という所で勇気くんが顔を出した。


「ユーキ様危険です! お下がり下さい!」


 姫やその取り巻きたちが口々に俺から勇気くんを遠ざけようとするのを、勇気くん自身が片手を上げて制する。

 ゆっくりと俺に近付いてくる勇気くんを俺はガッと抱き締めて耳元で囁く。


「全属性の魔法が使えるなら。転移魔法だって使えるだろ? 本当にキツくなったら、地球こっちに逃げてきて良いんだぞ」

「ふふ。でもセルルカ姫はそれでも追い掛けてきそうで」

「ああ、確かにな」


 そして二人で笑い合った。


「もうよろしくて?」


 目を吊り上げた姫様がこっちを睨んでいる。人前でなければ相当な剣幕で怒鳴り散らされていたかも知れない。


「はい」


 首肯した俺はセルルカ姫と同じ魔方陣に入る。


「ではいきます」


 セルルカ姫の声とともに世界が光に包まれる。

 そして数刻の後、そこはどこか知らない廃墟の中だった。


「では」


 ここどこ? と辺りを見回していた俺を置き去りにして、姫はさっさとアイテールへ帰っていってしまった。



 どうやらもう使われなくなって久しい雑居ビルだったものから外に出ると、そこは確かに地球、日本の風景だった。

 ああ本当に帰ってきたんだなあ。とぐるりと周りを見遣る。と何となく見覚えのある風景だ。どうやらウチの近所らしい。

 どこだろう? と思い振り返った雑居ビルを見て思い出した。ここは駅向こうにあるお化けビルだ。

 小学生の頃、神隠しが起こる廃墟ビルがある。と友達と自転車でやって来た事があったのを思い出した。

 神隠しがあるのは、あながち間違いではなかったようだ。



 時刻は既に夕暮れ時で、オレンジに包まれる街をお化けビルから駅へと歩いて行く。

 そう言えばセルルカ姫に拉致されたのも、こんな夕暮れ時だったなあ。などと思い出していると、駅前では大声で呼び掛けが行われていた。

 何だろう? と呼び掛けている人を覗き込むと、やっていたのは俺の父と母だった。


「お父さん……お母さん……何やってんの?」


 訳が分からず二人に尋ねると、俺を見付けた二人は、涙を流して抱き付いてきた。


「何やってるじゃないわよ。二週間も行方をくらませて、どれだけ心配したと思ってるの!?」


 成程。駅前での呼び掛けは行方不明になっていた俺を捜していたのか。二週間。心配掛けていたんだなあ。そう思うとなんだかこっちまで泣けてきて、


「ごめんなさい」


 何度も謝罪していた。


「良かったですねえ加藤さん。お子さんが見付かって」


 駅前で人目もはばからず涙して抱擁する三人に声を掛けてくる人がいた。

 ウチの親と同年代だと思われる夫婦だ。手にチラシを持っている。


「ええ、本当に、見付かって良かったです。佐藤さんにはなんとお礼をすれば良いか」

「佐藤!?」


 俺は驚きチラシに目を遣ると、そこには俺と勇気くんの写真が印刷されていた。


 勇気くんのご両親だった。それはそうか。セルルカ姫がこの近くで勇者を捜していたんだ。勇気くんも家が近くてもなんら不思議はない。


「ど、どうかしたのかい? ま、まさか勇気を、息子を知っているのかい!?」


 勇気くんの父親が俺の肩を痛いほど掴み揺する。必死さが痛いほど伝わってきた。


「そうよ! 高貴! あなた今までどこにいたの!?」


 とウチの両親まで俺に詰め掛けてきた。


「いや、あの、それが、この二週間の記憶が無くて、気がついたらお化けビルにいた、みたいな?」


 うん。我ながらヒドい言い訳だ。俺に嘘を吐く才能は無さそうだ。

 だと言うのに、俺の両親も勇気くんの両親も、残念そうに納得してしまった。ああ、心が痛い。



 俺がアイテールから帰還後、数日の時が過ぎた。

 当然ながら両親は警察に捜索願いを出していたようで、俺は警察で事情聴取を受ける事になった。

 とは言っても記憶が無い事にしていたので、なんとものらりくらり、騙くらかす心痛い時間だった。


 学校は変わらず平常運転だ。俺一人が二週間休んだ所で、学校も学友も気にしたりなんてしない。


「すまん加藤!」

「ごめん加藤くん!」


 休み明けだと言うのに、今日も今日とて俺は学友に掃除を押し付けられて居残りしている。なんだこれ?


 まあ、そんな事はどうでも良かった。今日は質屋に来ている。

 何故? ゼイラス王子から頂いた金貨(スマホを売った分とメリディエスで魔族と戦った分の報酬、合計37枚)を換金しようという訳である。

 思っていたより清潔な店内で、まずは一枚、金貨をスーツをビシッと着こなした店主に見せてみた。

 何とも怪訝そうな顔をする店主。


「見たことがない金貨ですね」


 それはそうだ。異世界の金貨なんだから。


「これですと、金自体の価値だけになりますが、よろしいですか?」

「え? あ、はい。それでよろしいです」


 しどろもどろに返事をしてしまった。変に思われなかっただろうか?

 だが店主は気にも止めず、店の奥へと引っ込んでいった。


 数刻して出てきた店主が、青いビロードが敷かれた入れ物に金貨を入れて戻ってきた。


「5万2千円ですね」


 おお! 高いのか安いのか分からんが、学生には大金だ。これがあと36枚あるから……


「あの、それでよろしいですか?」

「え? ああ、はい! それでお願いします!」


 こうして俺は期せずして5万円もの大金を手に入れたのだった。

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