その5 敵襲 一 

欠伸をひとつすると、車内アナウンスが、あと40分で新青森駅に着く旨を知らせる。


(トイレ)


 誰かが俺の頭の中に呼び掛けた。


 少しばかり睡魔って奴の虜になってしまった俺の頭の中に、その短い言葉が飛びこんできたのだ。


『え?』


 俺は目を開けて、隣に座っている筈の”彼女”の方を見た。


 相変わらず向こうはまっすぐ前を見たまま、背筋を伸ばして座席に座っている。


 俺の脳味噌に話しかけてきたのは、間違いなく女の声だった。


 このグリーン車をざっと見渡した限りでも、女は彼女しか乗っていない。


 超能力なんてものは元来信じていない俺だが、しかし声が聞こえたのは事実だ。


 目をつぶり、俺は”彼女”の言葉に問い返す。

(トイレ?)

(そう、トイレです。この星では排泄物を体外に出す時、みんなそこへ行くのでしょう?)

(そうだが、しかし俺達はこいつで繋がったままだぜ?)

 肘掛に肘を突き、掌に顎を乗せたままで、唇の端のシナモンスティックを揺らしながら、頭の中で答え、真っすぐ前を向いたまま、左手を軽く持ち上げる。


手錠こいつを外せないってことは、あんたも良く知ってるだろう?仮に外せたとしても、俺はあんたを見張っていなくちゃならない。それが仕事ビジネスだからな)


 しばらく答えがなかった。


(だったら、貴方も一緒にこれば?)


(バカ言うな。男が女となんか出来るか)


(連れション?)


”彼女”は、そこでやっと俺の方に目を向けた。


 俺は苦笑し、スティックを噛み砕いて飲み干した。


(まあいい、じゃあいこうか?)


 先に俺の方が立ち上がると、続いて”彼女”も立ち上がった。


 俺達が通路に出ると、”監視役”の目が釣り上がった。


 彼女を前に立たせ、次いで俺が行く。


 背の低い、猫みたいな目をした色黒の男が口の中で何かを噛みながら、後を追いかけてくる。


 連結部を渡ると、そこには男女兼用の個室が並んでいて、向かい側にはカーテンが半分下がった洗面台と、もう一つ男性用のトイレがあった。


”彼女”は、相変わらず黙ったまま、個室のドアを開け、中に入った。


 当り前だが、鎖のせいで完全に密閉状態にならず、しかもその長さは結構あるので、俺は目一杯まで伸ばすと、デッキに背中をもたせ掛けて、ドアの丸窓の外に流れていく景色を眺めていた。


 さっきのチビの猫目男が歩いてくる。


 俺の方にはちらりとも目を向けず、そのまま個室のドアに手をかけた。


『動くな』


 俺は小男の後ろに立つと、低い上に更に低音になりながら、声を掛けた。


『懐に握ってる物騒な飛び道具から手を放せ。予め断わっておくが、俺だってお前さんほどじゃないが拳銃どうぐを持ってるんだ。この距離なら十分に風穴が開けられるぜ』


 俺の忠告を無視して、男は何かを抜こうとした。


 だが、こっちの方が一瞬早かった。

 俺は拳銃の銃把グリップで、奴の後頭部を思い切りどついた。


 奴は白目をむきながら、膝から崩れ落ちた。


 だが、それと殆ど同時に、俺の耳に何か甲高い・・・・ラジオの試験電波のような音が響いたかとおもうと、やはり何かが倒れる。


 後ろを振り返ると、黒いコート姿の、間抜けな面をした大男が、口から泡を吹き、手に消音器サプレッサー付きのオートマティックを握ったまま倒れていた。

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