乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生した? けど、何かがおかしい。

無月弟(無月蒼)

あのイケメン達が帰ってきた。

 気が付いた時、目に映ったのは宙を舞う水しぶき。

 私の手にはさっきまで水が入っていたバケツが握られていて、そばにはずぶ濡れになった女の子が、髪からポタポタと水滴を垂らしながらこっちを見ていた。


 瞬間、私は瞬時に状況を理解した。

 私の周りには濡れた女の子を見ながらニヤニヤ笑っている、性格が悪そうな女子が数人。私達は皆、同じ学校の生徒で、たぶんここは体育館裏かな。

 きっと私は、この子をイジメている最中なんだと思う。


「あら、ごめんなさい。お花に水をあげようと思ったら、あなたが急に通りかかったものだから」


 こんなこと言うつもりなんてないのだけど、勝手に口が動いて喋っていく。

 我ながら、よくもまあいけしゃあしゃあとこんなことが言えたものだ。

 最初から、この子に水をかけるつもりだった。だって私は、悪役令嬢なのだから。


 どうして悪役令嬢なんかに転生しちゃうかな?

 心の中でため息をつきながら、少し前の出来事を思い出す。



 ♥♥



 ほんの数分前。私は神殿のような場所で、女神を名乗る女性と対面していた。


「ごきげんよう、宇稀河里うまれ かわりさん。って、これは前世の名前でしたね。まあいいでしょう。突然ですが、私は女神。あなたはトラックにはねられて、死んでしまったのです」


 ……は?

 いきなりの事で、訳が分からなかった。


 確かに学校からの帰り道、トラックに跳ねられそうになって、気が付いたらここにいたのだけど。

 これはひょっとして、マンガやラノベでよくある、アレかな?


「あの、やっぱり私はこれから、異世界に転生しちゃうんでしょうか?」

「理解が早くて助かります。ところでアナタ、悪役令嬢ってご存じですか?」

「はい、まあ。乙女ゲームなんかに出てくる、ヒロインをイジメる悪役の女の子の事ですよね。って、まさか!」


 何故このタイミングで悪役令嬢の話題を出したのか。答えは一つしかない。


「もしかして私の転生先は乙女ゲームの世界で、悪役令嬢になれって言うんじゃ?」

「おおよそそんなところです。本当、理解が早くていいですわ」

「良くないわ! 悪役令嬢ってことは、やっぱりヒロインをイジメて、やがてその事が攻略対象キャラのイケメンたちにバレて、最後は……」

「死んでしまいます」


 ですよねー。それが悪役令嬢の宿命ですよねー。

 けど、嫌だよそんなの。イジメなんてしたくないし、死んじゃうのもまっぴらだ。いや、今ももう死んでるんだけどね。

 けど、ヒロインをイジメ抜いたあげく、イケメンに裁かれての最後なんて最悪だよ!


「嫌です! やりません! お断りします!」

「そうですかそうですか。受け入れてくれますか。ではさっそく、生まれ変わるとしましょうか。普通は幼少期から転生させますけど、今回はヒロインをイジメている所を、イケメンたちに見つかる直前でいいでしょう」

「この駄女神、人の話を聞け―! イケメンたちに見つかる直前って、死亡フラグ不可避じゃないのー!」

「ではでは、レッツ生まれ変わりです。いい悪役令嬢ライフを―!」



 ♥♥



 で、気が付いた時には、ヒロインをイジメている真っ最中だったんだよね。

 しかもその気はないっていうのに、ヒロインを馬鹿にするようなセリフを勝手に喋って、悪い態度を取ってしまう。

 そしてそんな私と一緒になって、周りの取り巻きの女子達がヒロインを馬鹿にしていく。


「気に病む必要はございませんわ。悪いのは急に通りかかった、この子なのですから」

「宇稀様の前を横切ろうとするだなんて、アナタ身の程をわきまえなさい」

「この方は宇稀財閥の御令嬢、宇稀河里様ですわよ。アナタのような下賎な者は、視界に入るだけでも許されることではありませんわ」


 辛辣な言葉を浴びせられて、傷付いたヒロインは目を伏せる。

 こいつ等、一人をよってたかってイジメるのが、そんなに楽しいか。一緒にいるだけで、イライラがたまってきそうな取り巻き達だよ。

 まあ、私がそのイジメっ子達のリーダーなんだけどね。ていうか私の名前って、この世界でも宇稀河里なんだ。その辺の設定は、いい加減なんだなあ……。


「お前ら、そのへんにしておけ」


 はっ、現実逃避をしていたら、イケボが聞こえてきた。これはもしや、ヒーロー登場の流れ⁉


 すると思った通り。ブレザー服姿のイケメンが一人、二人……五人もやってきた。

 先頭にいるさっきの声の主は、ちょっと偉そうだけど力強さを感じさせるイケメン。他にもクールな先輩風の男子や、優しそうな王子様風の男の子。年下かなって思うような可愛い少年など、様々なタイプのイケメンがいる。


 先頭の彼は、ヒロインに自らのブレザーをかけて、後ろに下がらせる。で、その隣にいたクール先輩が、一歩前に出てきた。


「アナタがこれまで、彼女にしてきたことの数々は、既に露見しています。例えば……」


 動かぬ証拠を突きつけてくるクール先輩。けど、謝ればいいのに、私の口から零れたのは意外な言葉だった。


「ふ、バレてしまった以上は、アナタ達を生かしてはおけないわ。お前たち、やっておしまい!」

「「「はい、宇稀様!」」」


 そう言って取り巻きの女の子達はどこからか、チェーンだの釘バットだの、物騒なものを取り出して、それを見たイケメン達は即座に戦う構えを見せて……ん、ちょっと待って。


 ……何かがおかしい。

 さっき私が言った「やっておしまい!」も何だか変だし、断罪イベントで取り巻き達が凶器を取り出して攻略対象キャラと対峙するなんて、こんなの私が知っている乙女ゲームではありえなかった。

 ちょっと、これどういう事⁉ 女神、駄女神―!


『はいはーい。呼びましたかー?』


 心の中で女神を呼んだら、頭の中に声が響いた。たぶんこの声は、私にしか聞こえていないのだろう。


『ねえ、これ何かおかしくない? 乙女ゲームの断罪イベントで、悪役令嬢や取り巻き達がこんな風に反撃するだなんて、聞いたこと無いんだけど』

『あら、私はここが乙女ゲームの世界だなんて言っていませんけど』

『え? だって私、悪役令嬢なんだよね』

『はい、間違いなく悪役令嬢です。ですがここは乙女ゲームの世界じゃなくてですね……』


 何かを言いかけた女神。だけどその前に、イケメンのリーダーが叫んだ。


「皆、イケメンチェンジだ!」

「「「「おう!」」」」


 え、イケメンチェンジって何!?

 次の瞬間、五人は眩い光に包まれて、それが晴れたかと思うと、さっきまで着ていたブレザーではなく、それぞれ違う五色の服装へと変化していた。さらに。


「お前は俺の言う事だけ聞いてりゃいいんだよ……俺様レッド!」

「やれやれ、あんまり手間を掛けさせるな……クルーブルー!」

「でもそう言う所が可愛いと思うよ……王子様イエロー!」

「覚悟してよね、おねーさん♡……ショタグリーン」


 それぞれ台詞と決めポーズを取りながら、順番に名乗っていくイケメンたち。そして最後は、白い服を着た胸が大きなイケメンが名乗る……って、胸が大きな?


「君に最高の舞台を見せよう……宝塚ホワイト!」


 え、あのイケメン、女の人だったんだ! なんて美しいお姉様なの!


「ドキッと参上、ときめいて解決。天下御免の胸キュン戦隊……」

「「「「「イケメンジャー!!」」」」」


 赤青黄緑白の、五色の爆炎が舞う。その様子を呆然と眺めながら、私は再度女神に尋ねた。


『あのー、これはいったい?』

『やだなー、もうだいたい分かっているでしょう。彼らの名は胸キュン戦隊イケメンジャー。アナタは日曜朝に活躍する、スペシャル戦隊シリーズの世界に転生したのですわ』

『いや、でもイケメンジャーなんて聞いたこと無いけど』

『イケメンジャーが作られたのは、アナタの死後ですわ。詳しく説明しますと……』


 女神の説明によると、イケメンジャーはスペシャル戦隊シリーズを作っている西映のある女性社員が企画書を書いて、多くの女性の署名を集めることで完成にこぎつけた、108番目のスペシャル戦隊だそうだ。

 毎週出てくる怪人悪役令嬢からヒロインを守る、五人のイケメンヒーローの活躍を描くとか何とか。


 てっきり乙女ゲームの世界に転生したと思っていたのに、どんでん返しの展開に戸惑うばかり。

 そして説明を受けている間に、イケメンジャー達は次々と私の部下、取り巻き達をやっつけて行く。

 指でピストルの形を作って「バーン」と撃てば、その先にいた取り巻きの女の子は「はうっ!」と胸を押さえて倒れて行く。

 そうして皆倒されて、とうとう私一人になった時。


「皆、イケメンジャーハリケーンだ!」


 レッドの掛け声で、全員が配置につく。

 待って、イケメンジャーハリケーンって何!?


 戸惑う私をよそに、イケメンジャーハリーケーンは実行される。

 それは、私をまるでボールのようにイケメンジャー達がパスしながら、次々と胸キュン技をお見舞いしていくと言うものだった。


 俺様レッドに壁ドンされて、パスされた先ではクールブルーに顎クイされて。王子様イエローに頭ポンポンをされたかと思うと、今度はショタグリーン君に上目遣いをされる。そして最後は。


「いけない子には……お仕置きするよ」

「はう―――――っ⁉」


 宝塚ホワイトのお姉様にバックハグをされながら、耳元でイケボを囁かれた私は何かが致死量に達して……死んだ。


 何かというのは、キュンの事。胸キュンを過剰摂取した私はキュンキュンした気持に耐え切れなくなって、見事にキュン死にしてしまったのだ。


 胸を押さえて倒れこみ、爆発して四散する私。

 こうして当初の予定通り、ヒロインをイジメていた悪役令嬢は見事に死んだのだった。

 ……イケメンジャーって毎週こんな感じで、悪役令嬢がやっつけられていくのか。




 魂になって天に昇って行く私に、女神様が語りかけてくる。


「おほほほほ。転生はいかがでしたか?」

「うーん、最初は最悪って思ったけど……あんなイケメン達やお姉様にキュン死にさせられるのなら、もう一回くらいやってみたいかな?」


 悪役令嬢として殺される人生。だけどそれは案外、悪くないものだった。

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乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生した? けど、何かがおかしい。 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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