第18話 家庭訪問

 翌日の夕方、玄関のチャイムが鳴った。嬉々とした表情で出迎える翔也の顔。あんな顔をする彼を久しぶりに見た気がした。

 翔也の部屋にお茶と焼き菓子を運ぶ。ノックをすると、中から「そこに置いておいてよ」という声がする。なんだか疎外されたようで悲しい。

 ところが、すぐに扉が開いて先生が顔を出した。

「あっ、お母さん。お邪魔しています。小四のときに翔也くんの担任をしていました葉山です」

と名乗ると、ニコリと微笑んだ。

 どうやら、翔也は私がこの先生と会ったことをまだ知らないらしかった。なんとなく伝えるのが憚られて、黙っていたのだ。先生と会って話をしたことが知れたら、なんとなく翔也に咎められる気がしたからだ。

 それを察したのか、先生はそのことには話を触れないでいてくれたようだ。

 私も微笑み返し、お盆ごとお茶と焼き菓子を手渡すと、扉が静かに閉められた。

 子供のことが心配で、どんな話をしているのか、気になって仕方がない。それは親なのだから、当たり前だと思う。信じること、期待を手放すことって簡単じゃないよ。

 なんとなく落ち着かない気分で夕飯の支度をしていると、リビングの扉が静かに開いた。

 「先生、帰るって」

と翔也がぶっきらぼうに言った。それを聞いて玄関まで見送りに向かう。時間はわずか三十分ほどだった。

 「今日はありがとうございました」

と頭を下げた私に、

「こちらこそ、こんな時間にお邪魔してしまい申し訳ありませんでした」

と彼もまた頭を下げたのだった。

 エレベーターに乗り込む先生を見送ると、先を歩く翔也に、

「先生とどんな話をしたの?」

と尋ねるも、

「別に。大した話なんてしてないよ」

とそっけない返事。予想はしていたとは言え、やっぱりガッカリする。

「また、先生、来るのかな?」

私はなおもしつこく話しかけた。翔也はそれが面白くなかった様子で、

「うるさいなぁ。関係ないだろ」

と言った。それを聞いて、私はそれ以上、何も言えなくなってしまった。

 なぜ、あの先生には心を開いているのに、私とは話をしてくれないのだろう?一体、何が違うのだろうか。私だって、あの子の話を一生懸命聞こうとしているのに…。

 夕飯の支度を終えると、一息つくことにした。と言ってももうすぐ柚月が返ってくる時間だ。

 お茶を二人分淹れて、私は天使を待った。けれど、その日天使が現れることはなかった。彼(彼女?)が現れなかったのは初めてだった。

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