鬼龍君が私にだけ告白してこないのですが?

タカテン

ふたりの支配者

 鹿苑寺小町ろくおんじ・こまち鬼龍彰吾きりゅう・しょうご

 ふたりは片や美人の生徒会長、片や喧嘩無双の番長という、それぞれ分野こそ違うもののスクールカーストのトップに立つ者たちである。

 その権力は互角。甲乙付けることのできない、学園の二大支配者だ。

 

 が、しかし。

 今、屋上に佇む鹿苑寺と、その真下――校舎の裏庭で構える鬼龍には、校舎の高さ以上の差があった。

 

「好きです鹿苑寺さん。付き合ってください!」

「お気持ちは嬉しいです。でも、学生の本文は勉学。今はまだ誰ともお付き合いするつもりはありません。ですから今まで通りお友達でいましょう。ね?」


 学園の屋上で異性からの告白にお断りする鹿苑寺。入学してからこれで百人目の告白である。まさに恋愛勝者!

 

「……好きだ。付き合ってくれ」

「無理無理無理! 絶対無理ィィ!」


 片や校舎の裏庭で告白した女の子に、もの凄い勢いで拒否される鬼龍。こちらも入学してこれで丁度百人目の失恋である。ああ、悲しき恋愛敗者!

 

 そう、ふたりは同じスクールカーストの頂点に立ちながらも、恋愛ヒエラルキーにおいては天と地の差があるのだった。

 

 


(ふふふ。またまた告白されてしまいました♪)


 告白を断り、廊下を歩く鹿苑寺。その足取りはおしとやかで、表情もほのかに笑みを浮かべる程度だが、内心では満面の笑みでスキップしていた。

 

(しかもイケメンで有名な小谷君ですよ。ああいう人から告白されるのはまた格別ですね。優越感~)


 そんなことを考えつつ、廊下ですれ違う生徒たちと朗らかに挨拶を交わす。

 と、そこへ。

 

「鹿苑寺会長、小谷君をフッたって本当ですか!?」


 新聞部の女生徒から声をかけられ、たちまち周りに人だかりの山が出来てしまった。

 

「フッただなんてそんなとんでもない。私はただこれからも良い友だちでいましょうってお話しただけですよ?」


 あからさまに肯定はしないものの、周囲がおおっとどよめいた。

 そのどよめきがこれまた気持ちいい。もっともそんな感情はおくびにも出さず、鹿苑寺は少し困ったような表情を浮かべて見せる。


「すごーい! イケメンの小谷君でもダメなら、鹿苑寺会長とお付き合いできる男子なんてもう学園にいないんじゃないですか!?」

「そんな……この学園には素敵な男の子がいっぱいると思いますよ?」


 おおーっと男子が歓喜の声を上がる。撒き餌だとも知らずに、お可愛いこと。

 

「でも、これでめぼしい男子はみんなフっちゃったのでは。あと残っているのと言えば……」


 と、女の子が不意に言葉を切って、鹿苑寺の背後へと視線を移す。

 何事かと鹿苑寺も振り返ると、廊下の向こうから学園の番長を務める鬼龍が歩いてくるのが見えた。

 

「鬼龍さんだ……」

「そう言えば鬼龍さん、またフラれたらしいよ?」

「あの顔じゃねぇ。なんたって学園祭のフォークダンスで男子とペアを組まされるぐらい、女の子に怖がられてるもん」


 ひそひそ話も鬼龍が近づくにつれてなりを潜め、俄かに辺りが緊張に包まれる。

 

「こんにちは、鬼龍さん」


 それでも鹿苑寺は一歩も怯まず、にこやかに挨拶をした。

 

「おう……」

「またおフラれになったと聞きました。むやみに告白するのはおやめくださいな」


 それどころか臆せずデリケートな部分に踏み込む。

 

「……考えておこう」


 鹿苑寺は生徒会長であり、学園の支配者の一角である。

 とはいえ暴力で学園を支配する鬼龍に対し、あまりにも上からの物言いだった。

 それでも鬼龍は怒るわけでもなく、何事もなかったようにその場を立ち去ろうとする。

 

(ふふふ。さすがの鬼龍さんも何も言い返せませんね。勝った。大勝利です)


 その姿を見送りながら、鹿苑寺は勝利に酔いしれていた。

 周りからも「さすが鹿苑寺さん」と賞賛の声が聞こえてくる。いいよいいよ、もっとちょうだい、そういうの。

 

「ところで会長、まだ告白されてない男子に鬼龍さんも残ってますが、もし告白されたらどうしますかぁ?」


 と、いきなり新聞部の女の子がとんでもない質問をしてきた。

 鬼龍からの告白なんて、あまりに住む世界が違いすぎて鹿苑寺は考えたことがない。

 が、想像するだけで優越感が鹿苑寺の身体を貫く。


 その時だった。

 

「こいつにだけは俺が告白することは絶対にない」


 鬼龍の凄みを利かせた声が廊下に響き渡った。

 



 恋愛ヒエラルキーは大逆転が起きやすいものである。

 どれだけフラれようと、恋人が出来た途端、勝ち組にジャンプアップする。

 その反面、モテまくっていたのに一度の失恋で地に落ちることも珍しくない。


 鹿苑寺はまさにその後者であった。

 

 正確には失恋ではない。

 しかし、あの告白魔の鬼龍から「お前にだけは告白しない」と言われたのだ。

 それは「お前は他の女の子たちより可愛くない」と言われたようなものだった。

 

 これは何としてでも鬼龍に告らせねば気が済まない。

 鹿苑寺の猛烈なアタックが始まった。

 

「あら、鬼龍さん。ごきげんよう。最近調子はいかがですか?」


 わざわざ鬼龍の教室に押しかけながら、偶然ですねと話しかける。

 

「鬼龍さん、傘をお持ちじゃないのですか? 仕方ありませんね、入れて差し上げましょう」


 そう言って大人用の大きな傘を差し出す鹿苑寺。


「実は料理実習で、肉じゃがを作りすぎてしまいまして。宜しかったらお食べくださいな」


 なぁ鹿苑寺よ、鍋一杯の肉じゃがはどうみても間違って作りすぎたという量を超えているぞ。

 

 そんな様子に生徒たちも変な噂を立てるも、気にしてはいられない。

 これは鹿苑寺にとって自分のプライドを賭けた戦いなのだ。そう、恋愛とは戦争なのである。

 

 そしてある日とうとう鹿苑寺は勝負に出た!

 

「困りましたわね。まさか閉じ込められてしまうなんて」


 策を弄してまんまと鬼龍と体育用具室に閉じ込められた鹿苑寺。

 力任せに扉を開けようとする鬼龍の姿を内心笑いながら、微笑みかけて話しかける。

 

「まぁそのうち誰か助けにくるでしょう。それまでちょっとお話をしませんか?」

「……話?」

「ええ、そうです。つまりはその、私には絶対に告白しないって発言の真意について」


 マットに座り込んでいた鹿苑寺は立ち上がると、鬼龍に近づいていく。

 

「私、そんなに魅力がありませんか?」

「……いや」

「だったらどうしてあんなことを?」

「……それは」

「……私、鬼龍さんは素敵な殿方だと思っておりますよ?」


 そう言って鹿苑寺は鬼龍の胸へ飛び込んだ。

 慌てふためく鬼龍。その顔を鹿苑寺は胸の中から見上げながら「鬼龍さんは私のこと、本当はどうお思いですか?」などと目を潤ませて尋ねる。

 

 素敵な殿方と言いつつも「好き」の一言は出さないあたり、完璧である。


「鹿苑寺!」


 突然、鬼龍に抱きしめられた。愛に溢れた抱擁だった。

 

「鬼龍さん、これはそういうことと思ってよろしいのですか?」

「……ああ」

「ではどうして私には告白をしないなどと?」

「……お前には……お前にだけは嫌われたくなかった」


 その言葉の意味を鹿苑寺は俄かに理解出来なかった。

 

「この顔で女たちは俺のことを怖がって避ける。話しかけてくれるのはお前だけだ」

「…………(ええ、そりゃあまぁ。生徒会長たるもの、番長にビビッていては生徒たちに舐められてしまいますし)」

「そんなお前に告白して、もしフラれたら……。他の女のように俺を嫌いになったら……そう考えたら」

「……ああ、なるほど。そういうことでしたか」


 告白とはいつも天国と地獄。フラれたけど友だちでいましょうなんてのは、都合のいい言葉でしかない。

 ましてや鬼龍は女の子と見れば手当たり次第に告る告白魔。フラれて嫌われたらどうしようなんて繊細な心の機微は持ち合わせていないと思っていた。

 

 だから、そのギャップにキュンと来た。来てしまった。

 

「あ、ええと、鬼龍さん。どうかご安心くださいな」


 これは己のプライドを守るための戦争。鬼龍に告白された勝ち。その後のことはいつも通りにするつもりだった。なのに。

 

「だって私も……」


 つい、そんな言葉が零れてしまう。

 だって目の前で大きな身体を震わせながら抱きしめてくる相手のことを、本気で愛おしいと思ってしまったから。その想いに本気で応えなくてはと思ってしまったから。

 

「……鹿苑寺、俺はお前が大好きだ。だから」


 突然、鬼龍が鹿苑寺の肩に両手を置き、身体を一度引き離す。

 あ、これは来ましたよ。ラブです。ラブの予感です。キスするつもりですよ。

 そう思いつつも、鹿苑寺は抵抗することなくそっと目を閉じ、心持ち唇を軽く突き出した。

 

「手を繋ぐところから始めてくれェェ!」

「……はい?」

「俺、女と手を繋いだことがないんだ。フォークダンスでも怖がられて、いつも男とペアを組まされた。だから手を……女の子と手を繋ぎたい!」

「…………プッ」


 鹿苑寺は思わず吹き出してしまった。

 だってキスされると思ったのに、まさか「お手手を繋ぎたい」と来たのだ。なんて……なんてこの人は可愛らしいのだろう!

 

「ろ、鹿苑寺?」

「ああ、ごめんなさい。手を繋ぎたい、でしたね。はい、私のでよろしければ」


 鹿苑寺は少し汗ばんでいた右手をさりげなくお尻のスカートで拭いて、鬼龍に差し出す。

 その手を鬼龍は震えながら両手で握りしめてきた。それがまた可愛らしく、愛おしくてたまらない鹿苑寺であった。


 おわり。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鬼龍君が私にだけ告白してこないのですが? タカテン @takaten

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ