第8話学園長先生の提案

コンコンッ

「学園長先生、お話した3人を連れてきました」

「わかりました、少し待っていただける?」

観月先生に連れられて学長室の前まできた私達は、重苦しい空気の中、入室の許可を待った。

流石の麗華さまもみかさんも、学園長先生に会うのは緊張するのか、表情が固い。

はあ、学園長先生かぁ・・・

「お待たせしました。どうぞお入りください」 学長室で私達を迎えてくれたのは、学園長先生の優しいお顔だった。

よかった。学園長というからには、もっと厳粛で怖い人かと思ったけど、これならあまり怒られずに済みそうだ。

「雅子さん、安心するのはお話が終わってからにしていただけますか?怒られるのは、これからですよ」

「えっ!?す、すみません!」

慌てて背筋を伸ばす。

するとみかさんが私の耳元で話しかける。

「バカね、学園長先生はもう何十年も教師をやっておられるのよ。私達みたいな生徒の考えていることなんて、全部お見通しなの。変なこと考えないの。下手するとバレるわよ」

「は、はい。今身をもって理解しました・・・」

前言撤回。さすが学園長先生だ。優しさの中にもオーラを感じる。

「麗華さん、話は聞いていますよ。桜花祭で生徒会と園芸部が勝負するそうですね。まあ、それは構わないでしょう。桜陵は生徒の自主性と、向上心を重んじていますからね。学園もできる限りサポートします」

学園長先生が麗華さまに語りかける。

「ありがとうございます」

「ですが、今回のように学園の風紀を乱すような行為は感心しません。あなた達のこと、職員室でも噂になっていますよ。もし噂が事実でないとしても、しばらくは学園内での騒ぎは慎むべきです」

しょ、職員室でも噂・・・

「お言葉ですが学園長先生。確かに私達は雅子を巡って騒ぎを起こしました。ですがそれは学園にとって必要なことだったからです」

「騒ぎが学園にとって必要?」

「はい。生徒会は桜花祭が終わると、全ての権利を次期会長に移譲しなければなりません。ですが、勝負が終わってすぐにそれを行えるほど、雅子は生徒会の活動に詳しいわけではありません。ですから私は、しばらくの間雅子に傍で働いてもらって、生徒会の活動を知ってほしかったのです。いたずらに騒ぎを起こしたわけではありません」

「なるほど。次の生徒会のことを考えて、ですか。確かに理由としては納得できますね」

「恐縮ですわ」

「ですが、それを教室でやる必要はないでしょう。麗華さんにしては苦しい言い訳ね」

「は、あ、はい。そのことについては、謝罪させていただきます」

うわぁ、麗華さまが素直に謝ってるところ初めて見た。

やっぱり学園長先生って、偉いんだな。

「みかさん、雅子さん。あなた達も反省してますか?」

「は、はい!もちろんです」

「お騒がせしてすみませんでした」

私達は二人であたまを下げる。

「まあ、わかっていただければいいんですけど・・・。それで結局、雅子さんは生徒会と園芸部、どちらを手伝うつもりですか?」

「あ、それはもちろんーー」

「生徒会です」

麗華さまが答えた。

「園芸部です!」

みかさんが叫ぶ。

「あ・・・ははは・・・」

「こらこら二人とも、落ち着きなさい。喧嘩の続きをさせるために来てもらったわけじゃありませんよ。雅子さん、答えてください。あなたはどちらを手伝うつもり?」

「はい、私はやっぱり園芸部を手伝いたいと思います。麗華さまには悪いですけど、会長になる気はありませんから」

「雅子・・・」

麗華さまが呟く。

私は自分の気持ちを素直に吐露した。

麗華さまには悪いけど、やっぱり私が勝手に雅子を生徒会長にするわけにはいかない。

雅子は元々内気で人見知りの激しい子だ。

何より、体力的な問題がある。

雅子には無理をさせたくない。

「なるほどね。雅子さんはこう言ってるけど、諦める気はないの麗華さん?」

「もちろん。雅子、あなたは私が嫌いなの?」

「えっ?」

「私が嫌いだから、私の後を引き継いで生徒会長になるのが嫌なの?」

「ち、違います!そんなことありません!麗華さまのことはその・・・す、好きですけど、やっぱり私は会長は向いてないかなって思って、だから・・・」

「そう。そういうことなら安心だわ。少し、私の話を聞いてもらえるかしら?」

「は、はい・・・」

麗華さまは一度正面に向き直すと、一呼吸おいてから話し始めた。

「確かに生徒会長の仕事は大変よ。最初は重荷に思うかもしれないけど、やりがいはある。もっとも、すぐには自信が持てないのは当然かもしれないわね。でも・・・それでも私はあなたが生徒会長になるべきだと思う。それは、あなたが一番、生徒会長にふさわしい人だからよ」

「え、私がですか?」

「桜陵の象徴である生徒会長は、この学園で誰よりも慕われる生徒がなるべきだわ。あなたならそうなれる。私が三年間ここに身を置いた中で、ふさわしいと確信したのはあなただけよ」

そして麗華さまが私に近づく。

「だから私はあなたにやってほしいの。いいえ、あなたは生徒会長になるべきなのよ。あなたなら桜陵をよりよい学園にしていける。あなたはもっと自分の可能性を生かすべきだわ」

「れ、麗華さま・・・」

麗華さまは私を黒曜石の瞳で見つめながら、ゆっくりと近づいてくる。

私は麗華さまに見つめられ、恥ずかしさで体が熱くなるのを感じた。

ああ・・・麗華さまは、やっぱりお美しい・・・

「雅子、自分ではわからないかもしれないけど、私はね、あなたの中に自分にはない強さと温かみ、そして何より人を引き付ける魅力を感じているわ。」

麗華さまが優しく微笑む。

「だから、強引にでもあなたを生徒会長にしたのよ。生徒会を・・・手伝ってくれるわね、雅子?」

「はい・・・わかりましたぁ・・・」

「ちょ、ちょっと雅子!何言ってるのよ!!」

みかさんが私の腕を掴む。

「はっ!ち、違います。今のは雰囲気に流されて!私、生徒会を手伝いません!」

「ふふ、ダメよ。今しっかり、はいと言ったわ。学園長先生もお聞きになりましたよね」

麗華さまが学園長先生の方を向いて尋ねる。

「そうねぇ。私としても、次期会長は早めに決まってくれるとありがたいですね、それでいいかもしれないわねぇ・・・」

「ま、待ってください学園長先生!今のは無効です!普通あれだけ麗華さまに迫られたら、誰だって動揺して頷いちゃいますよ!」

「そんなことないわ。今動揺したのは雅子が私の話を聞いて、正しいんじゃないかと思ったからよ。やはり雅子は生徒会長になるべきだわ」

「そ、そんなことありません、私には会長は無理です。そ、そうですよねみかさん!」

私は隣にいたみかさんに尋ねる。

「え!?ここで私に振るの!?え、えっと、確かに雅子は内気で気が弱くて、だから会長には向かないと・・・」

パンパンッ!

学園長先生が手を叩いた。

「はいはい。あなた達の意見はよくわかりました。そこまでにしましょう。これ以上は堂々巡りですからね」

学園長先生は話題を区切るかのようにゆっくりと席に戻り、私達ひとりひとりに視線を送った。

「結局どちらも譲る気はないということですね。ならここは学園長として、提案をさせてもらってもいいかしら」

つい、3人が顔を見合わせてしまう。

確かにこれ以上話し合っても、永遠に結論は出そうにない。

「学園長先生、お願いします」

「わかりました。けど、これはあくまでも提案です。私達は自主性を重んじていますからね。雅子さん、あなたが生徒会と園芸部、どちらを手伝うべきか、私の意見を言わせてもらいます」

「は、はい」

学園長先生が一時、祈るように目を瞑る。

学長室が緊張で静まり返る。

提案とは言ってたけど、それが鶴の一声になるのは間違いない。

私がどちらを手伝うのか・・・

結局、自分で判断を下せないまま、決まってしまうんだろうか?

「雅子さん、あなたが生徒会と園芸部、どちらを手伝うかは・・・もう少し考えてみましょう」

「・・・は?」

「その代わり来週の1週間、生徒会と園芸部、それぞれの活動を手伝ってみてはどうかしら?」

「え?来週1週間・・・ですか?」

「ええ。誰にも強制されず、自分の意思で生徒会か園芸部、どちらかのお手伝いを毎日すること」

「その上で、再来週の月曜日。つまり5月19日に、最終的な結論を出してもらおうと思いますが、どうですか?」

「は、はい。でもそれってつまり、最終的な決定権は私にあるということ・・・ですよね」

「もちろん。自主性、という話はしましたね?」

「なっ!学園長先生、少し待ってください!」

麗華さまが声を上げた。

「それでは公平とはいえません。生徒会は、圧倒的に不利ではありませんか!」

「麗華さん。私は雅子さんに、誰にも強制されず、自分の意思でと言いました。それはたとえ、生徒会長であるあなたの意見であっても、強制はできないという意味です。」

「ですが!」

「麗華さん」

「・・・・・っ」

ぴしゃりと反論を退けられ、麗華さまが悔しそうに俯く。

「麗華さま・・・」

その様子を見て、失礼だと思いながらも私とみかさんは、麗華さまに同情してしまった。

だって私が自由に選んでいいということは、ほぼ園芸部を選んだのと同じことだからだ。

例え1週間の猶予があろうと、生徒会を選ぶわけにはいかない。

私は雅子じゃないから勝手にそんなことは決められない。

なんだか・・・麗華さまに悪いことしちゃった気分だな。

「ねえ雅子さん。あなた何だか全部終わったような顔をしてるけど、まさかもう結論を出したの?」

学園長先生が尋ねる。

「え?それはその・・・」

「私は確かにあなたの意思を尊重する決定を下したわ。でもだからといって、安易に園芸部を選んでほしくないわね。そのための1週間よ。この意味がわかりますか?」

「す、すみません。分からないです」

「素直ね。ではお話しましょう。雅子さん、あなたは生徒会長の役割を、自分には向いていないという理由で断りましたね。一度も生徒会長の仕事に触れず、なぜ向いていないとわかるのです?」

「それは・・・」

「私が生徒に求める自主性とは、まずは知って、考えて、その上で自分なりの答えを見つけ出すことなの。麗華さんのことにしても、今回のことはこの学園をより良くしようとしてのことだったと思います。彼女の気持ちも、少し考えてみて欲しいのよ。でなければ少し、不誠実ね」

「あっ!」

「あなたの行動に制限はしません。ですが、何も考えずに答えを出すことは許しませんよ。それは麗華さんに失礼です」

「学園長先生・・・すみませんでした。麗華さまも・・・」

「雅子・・・」

私は学園長先生のお話を聞いて、情けなくて泣きそうになった。

そうだ。麗華さまは確かに強引だけど、学園をより良くしようと考えて私を選んでくれたんだ。

本当は名誉に思わなくちゃならない。

けど私は雅子を守ることしか頭になかった。

ちらりと横を見ると、みかさんも軽く唇を噛んで俯いていた。

「ごめんなさい。ついお説教になってしまったわね。これでは麗華さんに肩入れしすぎね。でも私は嬉しかったのよ。こうして必死になる麗華さんが見られて。だって麗華さんときたら、いつも無愛想で退屈そうにしているのに、雅子さんのことになると、生き生きしてるんですもの。よっぽど雅子さんに期待してるのね。愛の三角関係の噂も、本当かもしれないわね」

「が、学園長先生!」

麗華さまが少し赤くなる。

「ふふふ、では今日はこれで終わりにしましょう。久しぶりに生徒とお話できて楽しかったわ。それでは帰りは気をつけて、ごきげんよう」

廊下に出ると、もう日は暮れて空が赤みを帯びていた。

そして麗華さまが話しかけてくる。

「雅子、私はもう何も言わないわ。私の言いたいことは学園長先生がおっしゃってくれたか ら。ただこれだけは知ってほしい。私も色々事情があって必死だったのよ。今まで無理を言ってごめんなさいね」

「麗華さま・・・」

「来週、生徒会に来るのを待ってるわ。そのときにまた語り合いましょう」

そこへ美鈴さまがやってきた。

「おー、やっと終わったの?」

「美鈴?あなたこんな時間に何してるの?」

「何してるのって、麗華が生徒会の仕事あるから残れって言ったんじゃない。集めた書類、生徒会室に置いてるわよ」

「ああ、そうだったわね。すぐに処理するわ。それではごきげんよう、二人ともよい週末を」

そして麗華さまが立ち去る。

しかしーー

「あ、あの美鈴さま?どうしたんですか?麗華さま行っちゃいましたけど」

残っていた美鈴さまにみかさんが尋ねる。

「んー、あのさあ。生徒会長の件、麗華はああ言ってたけど、実は雅子ちゃんにきてもらわないとかなりヤバイんだよね」

「ヤバイ?」

「うん。これはできれば麗華に黙ってて欲しいんだけど、もし今回雅子ちゃんに断られたら・・・麗華、実家から勘当されちゃうかもしれないんだよね」

「か、勘当ですって!?」

みかさんが思わず叫んだ。

「そ、麗華の家は厳しいから、桜陵初の引き継ぎ失敗なんてやらかしたら、絶対にあそこのオヤジさん怒ると思うんだ。その上、勝負に負けたなんてことになれば、まあ、しょうがないかもねぇ」

「そんな、学校のことで家の人から罰を受けなきゃいけないなんて・・・」

「普通じゃないって、そう思う?みかちゃんなら知ってるよね?九条家の厳しさって、割と有名だからさ」

「・・・・・っ」

「よくさ、会社で問題が起こった時、すぐ社長が辞任したりするじゃん?それと一緒。トップに立つものが責任を取るのは常識、常にその覚悟は決めておけって、そういう家訓らしいよ」

「そ、そんな・・・」

「だからさ、雅子ちゃんには一度でいいから生徒会に顔を出して欲しいんだ。無理を承知で私からも頼むよ」

「美鈴さま・・・」

「美鈴!何やってるの、あなたがいないと終わらないでしょ!」

麗華さまが叫ぶ。

「へいへーい!そんじゃ二人とも、またね!」

そして美鈴さまも走り去る。

「どうするの?雅子・・・」

「ど、どうするのって言われても・・・」

「とりあえず・・・今日は帰ろっか。あなたも疲れたでしょう」

「ええ、そうですね・・・」

そして私達は帰路についた。


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