あ・ま・い ラブコメ

秋野トウゴ

あ・ま・い ラブコメ

 トントン――

 軽く右肩を叩かれ、俺は何も考えずに振り返る。


 ブスっ……

 そんな音が聞こえそうなほど、見事に俺の頬に指が突き刺さった。

「あはは、リョウくん、また引っかかったね?」

 左手で口元を隠しながら笑うのは、カノン。

 俺の頬に突き刺さる人差し指の持ち主でもある。

 栗色のポニーテールを楽しそうに揺らしている。

「ねぇねぇ何してんの?」

 カノンは俺の頬から引き抜いた指を愛おしそうに眺めながら俺に尋ねる。

「何って、見れば分かるだろ?」

 春の訪れを感じさせる穏やかな日が差し込む放課後の図書室。

 俺は学習スペースに座り、参考書とノートを開いていた。

「まっ、分かるけどね」

「分かるなら聞くなよ……。それより、カノンはどうしたんだよ。部活があるんじゃないのか?」

「テスト前だから、今日から休みだよ。だから、いつも1人寂しく勉強してるリョウくんに付き合ってあげようと思って?」

「何で『?』が付いてるんだよ?」

「ええー、ハートマークの方が良かった?」

 ……っ。

 こいつは、いつもこうだ。

 俺の不意を突いてくる。

 からかわれているのに、ドキっとさせられてしまう。

 こんなことじゃダメだ。

 たまには反撃してやろう。

「あぁ、そうだな。ハートマーク付きが良かったな」

「ふーん」

 あっ、全然効いてない。

 むしろ何か企んでいるのか、あくどい表情を浮かべてる。

 人差し指を唇に当てて何やら考えていたカノン。

 突然俺の耳に顔を寄せる。

「カノンはリョウくんと一緒に勉強したいんだよ」

 耳元でささやく。

 心地よいささやき声に、俺の体は思わずビクンと跳ねた。

「あはは。やっぱりリョウくんはかわいいねぇ」

「かわいいっていうな。かわいいって。高校2年の男子にとって、それは嬉しくない言葉なんだぞ」

「耳まで真っ赤にして、それほど嬉しかったんだね?」

 カノンは身を屈め、上目遣いで俺を見つめている。

 聞いてないし。

 俺も嬉しくないわけはないんだよ?

 カノンみたいにかわいい娘に構ってもらえて。

 ただ、いつもこうやって主導権を握られるのが気に食わないんだよな。


 何とかうまくやり返せないもんかな、と考えを巡らせていると、

「おっ、相変わらず仲が良いねぇ」

 俺たちの背後を通りかかった同じクラスのミキだった。

「からかわれてるだけだよ」

「へぇ。で、2人は結婚して何年になるんだっけ?」

「もうすぐ4年かな?」

 指折り数えながら応えるカノン。

 何を数えてるんですかね?

 俺はため息をついてからミキの方を向く。

「結婚してないから。付き合ってすらいないから」

「フフ。やっぱり相変わらずだね。じゃあ、ごゆっくり」

 そう残して、ミキは去っていった。


 まったく。

 ほんとに、俺とカノンは付き合ってない。

 だけど、「俺と付き合ってほしい」って告白すればたぶんOKがもらえるのは分かってる。

 カノンは、誰でも彼でもからかうようなことはしない。

 俺にもそれぐらいは分かる。

 けど、今の俺ばっかりがからかわれる関係をひっくり返してから告白したい。


 いつの間にか、カノンは俺の隣に座り、勉強道具を机に並べていた。

 フン、フン、フ~ンと、鼻歌を奏でている。

「どうしたの?」

 見つめていたのがばれて、目が合う。

「いや、何か上機嫌だな、と思って」

「そりゃそうでしょう」

「何を当たり前のことを聞くの?」といわんばかりの口調。

「だって、リョウくんの隣にいるからね?」

 小首を傾げ、口角を上げて、目は俺と合わせたまま。

 その表情が、たまらなく愛おしい。


 あぁ、もうダメだ。

 まぁ、いいか。

 いってしまおう。


 どんでん返しなんて、もういい。


 俺は合わせた目に力を込めて勇気を振り絞る。

「なぁ」

 カノンの瞳が揺れる。

「ん?」

                                 (了)

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