第41話 王国杯ファイナル②

 ロッテから離れた瞬間、まるでスローモーションのように時が流れる。

 レージの脳裏にはシャーニットと一緒に挑んだジャンプオフの記憶がフラッシュバックしていた。


「シャーニット……?」


 返事はない。当たり前だ。これは夢、これは記憶だ。


 あのジャンプオフを俯瞰して見ている。


 第一障害からスムーズに行っている。我ながら完璧な騎乗だ。


 この日は暑かったんだ。でも集中できてた。


 そして迎える、第四障害へ向かう鋭角なライン。


 崩れ落ちるシャーニット。


 シャーニット、本当にごめん。


 あぁ、また落ちるのか。


 また同じことを繰り返すのか。


 また、俺は落ちるのか……?


 落ちたくない。


 ロッテがいるんだ。


 落ちたくないよ。


 ロッテと一緒に行くんだ。


 落ちてたまるか。


 落ちて――


「――たまるかぁあ!!」


 手を目一杯伸ばした先でかろうじて鐙を掴む。

 ロッテがなんとか体を寄せてくれたおかげで、首の皮一枚繋がった。


「おおおおおお! 落ちない! 落ちてないぞぉおお!」


 ぶらんぶらんの状態だが、ずっとこのままでいるわけにはいかない。

 レージはすぐに風魔法のバーストウィンドを体の下から上に向かって使い、その勢いで体を浮かせてロッテの上、鞍に座り直した。


「あっぶな……死んだと思ったわ」

「くぃーん!」

「あぁロッテ! ありがとな、こっからいくぞー!」

「なんとあの状態から立て直して再びリングへ向かう! レージ&シャルロッテ、これは想像以上だ!」


 リゼルとはだいぶ差がつけられてしまった。

 だが、まだ諦めるには早い。

 ファイナルリングを先にくぐればいいんだから。

 レージはフィフスリングへのアプローチ方法を変更する。

 このまま適正コースで追ってもリゼルには追いつけないからだ。

 レージはシックスリング方面から逆走するような形でフィフスリングを目指した。

 つまり、リゼルがフィフスリングを飛抜した後に正面衝突するコース取りだ。


「ここでレージがコース取りを変えてきた! これは直接対決という流れなのかー!?」

「臨機応変でおもしれぇな。ここで単純に追うって選択じゃなく、ぶつかるって選択を選ぶってぇのは本質がわかってる」


 リゼルがフィフスリングを難なく飛抜し、シックスリングへ向かおうと進路を変えた瞬間、レージが視界に入ってくる。


「おもしれぇ」


 リゼルはシックスリングへのアプローチを変更せず、そのままレージの方へ向かって速度を上げる。


「リゼルも真っ向からぶつかる姿勢だー!」

「くらえっ!」


 レージは真正面からウィンドアローを放つ。

 当然感知されることは織り込み済みだし、そもそも視界に入っているのだから関係ない。

 リゼルは先程と同様に方天戟を構えて、ウィンドアローを打ち落とした。


「これ、めっちゃ練習したんだよね」


 レージが呟くのと同時に、リゼルは虚をつかれた。

 ウィンドアローの真後ろ、リゼルの視界に入らないように魔法の掛かっていない矢が飛び出してきたのだ。

 リゼルの振り下ろしてしまった利き手側の肩に矢が刺さる。

 方天戟は小回りが利きにくいので、一回一回が大振りになりがちだ。

 その隙をついた形となる。


「くっ……!」

「なんとココでレージの矢がリゼルに到達した!」

「こっちから見てる分にはわかりやすいが、リゼルからは見えなかったんだろうな。二本目が」


 レージはこれまでの戦いの中で、連射や連撃というのが大切であることを学んでいた。相手の死角から現れる攻撃は、並大抵では避けられない。しかも今回で言えば、魔力感知の安心感を逆手に取るわけだ。一撃目に魔法を掛けたのも、ブラフのひとつなのだ。

 弓の練習で、ひたすら二連射の練習をした甲斐があった結果となる。


「いくぞ、ロッテ!」


 直後にすれ違う形でフィフスリングを飛抜する。


「いちおう言っておくと、エアリアルリングのリングはどちらから飛んでもオッケーだぜ! レージはそれをうまく利用した形になったぞぉお!」


 そう、リングはどちら側から飛抜しても良いというルールだ。

 しかし当然シックスリングへのコースが遠くなる。

 ここで簡単に追いつけるとは思っていない。

 飛抜直後に旋回して、シックスリングも逆方向からアプローチを掛ける判断をした。

 もう一度、リゼルと正面からぶつかり合う形を作るのだ。


「おおっと、またもレージは適正コースと反対側のルートを選択したぞ! しかし、その間にリゼルはシックスリングに迫る!」


 そして、リゼルがシックスリングを飛抜して、レージと対面した。

 お互いに速度を上げて、正面衝突する。


「お互いに全速前進でぶつかりにいくー!!」


 リゼルは方天戟を振りかぶり、レージは弓を構える。

 先に攻撃したのはレージだ。あらかじめ二本の矢を持つ。

 有効射程が長いことを利用して、ぶつかる前に矢を射った。

 さっきと同じ二連射だ。

 しかし、リゼルは武器を持ってない方の手をかざし、ウォーターフィルムを作る。

 矢が水の膜によって減速され、二本ともリゼルには届かなかった。


「レージの矢は届かない! 同じ攻撃は通じないリゼルがさすがだー!」


 やばい、万全の状態のリゼルと交錯することになる……!


「でぇああ!!」


 すれ違う瞬間、リゼルの雄叫びと共に方天戟の刃がレージを襲う。


 ガキンッ!!


 金属と金属がぶつかるような鈍い音がしたかと思うと、視界がぐるんと回った。

 なんとロッテが方天戟の刃を口で受け止め、勢い余ってお互いにその場で回転することになったのだ。


「ああーっと! リゼルの方天戟がレージを切るかと思った瞬間、シャルロッテが受け止めた! なんというドラゴンだ!」


 2回転するタイミングでロッテが離す。

 しかし、その時にロッテの口端が少し切られる。

 レージが持つ手綱の感触がスカッとなくなってしまった。


「へ?」


 同時に、手綱を切られてしまったのだ。


「大アクシデント発生だー! なんとレージの手綱が切られてしまった!」


 幸いロッテが離したタイミングの時点でシックスリング方向に向いていたため、そのまま飛抜することができたが、めちゃくちゃ不利な状況になってしまった。


「ロッテ! 大丈夫か!? 次はセブンスリングだぞ!」


 話し掛けながら、重心を前にしてロッテの首を掴む。


「この状態でもレージは諦めない! 首にしがみついて競技を続けているぅ!」


 このままスプリットSで下方向に半回転し、ロールをはさまずにもう一度スプリットSをして元の軌道に戻す作戦だ。まさにS字に飛ぶことになる。

 ロッテが下向きになると、当然レージも下向きになる。

 普通なら手綱とかで支えるわけだが、今はがっしりと首を掴み、脚を挟み込んでなんとか耐える。


「すげぇ根性だな」

「ドレイクさんも驚きの逆さ飛行だー!」


 最初のスプリットSが終わり、レージとロッテは逆さの状態で飛んでいた。

 そうしている間にレージはリゼルを視界に入れていた。

 レージは一瞬手をかざして、レーザーレンジをリゼルに向かって掛けた。

 リゼルまでの距離が直感的にわかる。


「集中集中」


 ぶつぶつと呟き、レージは逆さの状態で両手を離して脚だけで体を支える。

 弓に矢をつがえて、狙いを定める。

 ロッテは自分がどう飛べばいいのかわかっているように、2回目のスプリットSに移っていた。

 あれ、錯覚かな。

 レージの目にはリゼルへとつながるひとつの射線が見えていた。

 極限まで高めた集中によってかどうかはわからないが、レージの目には確かに射線が見えている。

 なんか、おかしくなってニヤける。

 ここに撃てば当たるという感覚があった。そこに難しさを全く感じない。

 優しく弦を引き、息をするような自然の動作で弓を放つ。

 特別魔法を纏っているわけではない矢の軌道は、レージが見えていた射線を寸分も違えず通っていく。


 スパッ


 風を切る音と、革を切る音が綺麗に聞こえた。


「な、んだと……!?」


 リゼルは決して油断していた訳じゃない。それでも急に現れたその矢に驚き、さらに自分の手綱が切られたことに二度驚いた。

 そのため、セブンスリングへのアプローチが若干ブレて減速してしまう。


「なんと、レージの放った矢がリゼルの手綱を切り裂いたぁあああ!!!」


 レージはスプリットSを終えて、スピードに乗ったままセブンスリングを飛抜した。

 かなり距離を詰めることができた。


「セブンスリングを飛抜した時点で先頭はリゼル! しかしレージも迫っているぞ! しかもお互いに手綱が切られるという前代未聞の展開だぁあ!」


 残るリングはあと三つ。

 条件はほぼ一緒。

 勝負はここからだ!

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白銀の龍の背に乗って 三木ゆう @koji0907

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