第21話 決心

「でかっ!」


 魔法合宿から帰って、最初に思ったことが口に出る。

 シャルロッテがまた大きくなっていた。

 もはや体高はレージを超えている。


「ロッテちゃんは相変わらず育ち盛りだよ」

「育ち盛りってレベルで済ませていいのかな」


 あははとテルは笑っている。

 まぁ、ドラゴンの育成に従事している人が笑っているんだからいいんだろう。いいのかなぁ。


「で、魔法合宿はどうだったの?」


 シャルロッテの様子を確認した後、テルは朝ごはんの用意をしながらテーブルに座るレージに尋ねた。

 学校どうだったと聞いてくる母親のようだ。


「うん、すごく刺激になったし、色々と魔法を覚えられたよ」

「おぉ、いいねぇ! で、レージはどの魔法が一番良かった?」

「風がC級だった」

「すごいね! 私たちくらいの年代でC級までいけてたら十分だと思うよ」

「テルは火がB級でしょ。よく言うわー」


 別に上から目線とは思わなかった。

 フォルテはA級だったわけだし上には上がいる。

 自分で魔法を扱えるようになって、テルのB級はすごいんだなと改めて理解できた。


「あはは。どんな子が来てた?」

「俺の班はフォルテって奴とマリルって女の子だったよ」

「二人とも元気そうだった? もうだいぶ会ってないなぁ」

「知り合いなんだ?」

「魔法合宿はこの辺に住んでる同年代ならみんな来るからね」

「そっかそっか。二人とも元気だったよ。今度また王国軍の入隊式で会おうって約束したんだ」


 テルは料理をしている手を止めて振り返った。


「えっ、レージ王国軍の試験受けるの?」

「いや、うん、まあ。ちょっとその方向で考えてるんだ」

「いいじゃん! じゃあ一緒に竜騎士目指そう!」


 なんで竜騎士ってわかったんだろう。勘か?

 レージは誰にも言ってない自分の中の想いを言い当てられたようで、ちょっとだけ複雑な気持ちになる。


「よく竜騎士ってわかったね」

「そりゃあ、普段ドラゴンとの接し方を見てたら、竜騎士が絶対良いと思ったもん」

「どゆこと?」

「レージは毎日弓の練習してるし、弓の才能があると思う。でも、それは適正だけの話でしょ。レージがロッテちゃんとかと接してる時の表情見たら、そっちの方が好きなんだろうなって思ったんだよ」


 向いてるか向いてないかじゃなく、好きか嫌いか、というところで見抜かれたようだ。

 テルの洞察力も侮れないとレージは思った。


「なんか、なんでもお見通しって感じだね」

「あはは、偶然だよ」

「実際、弓兵部隊とすごく迷ってて、今も完全に踏ん切りはついてないんだ。ロゼットさんも言ってたけど、竜騎士で弓を使ってる人はいないって言ってたし」

「でも、チャレンジしようと思ってるんでしょ?」

「まあ、そういうこと」


 チャレンジとか言われると、なんとなく照れくさい。

 テルは再び背を向けて、料理を続ける。


「そういえば、レージにはまだ話してなかったよね」

「ん?」


 おもむろに話の流れが変わり、レージは心の中でちょっと身構える。


「私が竜騎士を目指してる理由」

「そういえば、最初に聞いた時は濁されたような……」


 テルは一呼吸置く。

 ぐつぐつと鍋を煮込む音がやけに大きく聞こえた。

 そして、ゆっくりと話しだした。


「私は三人兄妹の真ん中なんだよ」

「え、もうひとり上にいるってこと?」

「正確にはいたって感じかな……」


 テルのその一言にレージは相槌も打てずに固まった。

 過去形ということは、すでに亡くなっているということだ。


「兄がいたんだよ。私よりも7歳年上の兄。兄は15歳の時に竜騎士になって、ドラグーンにまで上り詰めたの」

「ドラグーン……?」


 話の腰を折ったら悪いと思いつつ、聞き逃がせない単語が出てきたので聞き返す。


「ドラグーンは竜騎士隊の中の序列7位までの人たちを指す称号みたいなものなの」

「何百人っている中で7番目以内ってことでしょ? それはすごいね」

「うん、すごい兄だった。槍の名手で、騎竜技術も超一流だったんだよ。でも――」


 テルの鍋をかき混ぜる手が止まり、若干震えている。


「1年前に死んじゃったんだ……」


 思ったよりも最近の出来事で驚く。

 これまでレージの前では、そういった表情をヴィンセント家の誰一人として見せてこなかったから。


「原因はよくわからなくて、王国軍からはとある作戦の中での殉職って言われた」

「そうなんだ……」

「でね、私、お兄がなんで死んじゃったのか知りたいの。別に復讐とかじゃなくて、なんのために死んだのか、それが知りたいの」


 兄ではなく、お兄と言った。きっと、普段はそう呼んでいたんだろう。

 そして、その溢れ出しそうな感情を押し殺して発せられるテルの声に、レージは拳をぎゅっと握りしめた。


「だから竜騎士に……?」

「うん」


 レージとは覚悟が違う。

 竜騎士になるという覚悟が。

 自分がどれだけ甘いか気付かされる。

 そして、会ってすぐの人には言えなかった重みも理解できた。


「元々、お兄の後を追って、竜騎士になりたいとは思ってたんだけどね」


 へへっと笑う。


「でも、それまでとは違うんだよ。今は竜騎士にならなきゃいけないの。竜騎士になって、私は、いや私たち家族はお兄の死の秘密を知って、受け入れなきゃいけないの」


 ずっとテルは後ろを向いたまま料理を続けている。

 どの言葉の時にどんな顔をしていたのか、これまで共に生活をしてきてなんとなく想像がつく。

 ふとレージは気付く。

 今まで自分が貸してもらっていた少しサイズの大きな衣類や靴などは、全部テルのお兄さんのものだったのだと。

 レージは服に手を当て、そしてテルに再び視線を移す。


「そっか。なんていうのかな、俺も……そのお手伝いが少しでもできたらいいなと思う」


 決して軽はずみで出た言葉じゃなかった。気休めで言った言葉でもない。


「はは、レージって優しいね」


 この世界に来て、この牧場のお世話になって、自分にできることはなんなのかとずっと探していた。


「お兄さんみたいな、立派な竜騎士になろう、一緒に!」


 レージの中で、すっと落ちたものがあった。

 これからどうしようと悩んできて、決めきれない毎日だったけど、ひとつの目標ができたとはっきり言える。

 助けてくれた人たちへの恩返し。


「そうだね。ドラグーン目指そう!」


 ようやくテルが振り返った。

 その顔は、いつものテルの笑顔だった。


「テル、話してくれてありがとう」

「うん」


 レージは心臓を握るように胸を押さえ、自分の心臓が動いていることを確認する。

 生きている。

 この生命は、恩返しのために使おう。それが巡り巡って自分のためとなるはずだ。

 ひとつ、レージの中で芯が通った。

 そして、声にもならないような小声で呟いた。


「よし、がんばろっ」

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