第20話 魔法合宿⑥

 模擬戦の夜。

 レージとフォルテは露天風呂に入っていた。

 打ち身や擦り傷が染みるが、ちょうど良い湯加減でリラックスできる。


「あぁ~、気持ちいぃ」

「染みますなぁ~」

「なぁレージ、そういえばお前はどこ出身なんだ?」


 唐突に聞かれたくない質問がフォルテから来た。

 ついに来てしまった。

 ただ、こうして皆が各地から集まって合宿をしている以上、出身地の話題は自然中の自然だ。

 安易に《夢の渡り人》とか言っても、不審者扱いされるだろう。


「えーと、東の方……かな」


 日本=極東的なイメージから、曖昧にレージは答える。


「東? この辺の出身じゃないってことは、海の向こうから来たのか」

「まあ、そんな感じ」


 この大陸がどういう地形で、ドラゴシュタイク王国がどこに位置しているのか、さらに言えばこの村が地図上でどこにあるのか全く知らないが、とりあえず東側は海のようだ。


「なんだよ曖昧だな」

「そういうフォルテはどこ出身なんだ?」


 切り返しのタイミングはここしかないと思い、話をフォルテに振る。


「俺はこの村から西にちょっと行ったところの小さな村だよ。いちおう村長の息子でな」

「村長かぁ。どれくらい偉いのかピンとこないな」

「はは、偉いとか偉くないとか関係ないさ。親父は村のために生き、村のために死ねる。それだけだ」

「かっこいい親父さんだな。フォルテは親父さんを継いで村長になろうと思わないのか?」

「バカ言え。この闇の天才が、ひとつの村でくすぶるなんてもったいないだろ?」


 虚勢でなく本心で言ってるところがフォルテのすごいところなんだろう。


「それで諜報部隊? オルンガ先生は魔導士隊を勧めてたけど」

「オルンガ先生の言うことも一理ある。なんせ天才だからな。魔導士隊だって喉から手が出るほど俺がほしいだろう」


 相変わらずすごい自信だな。

 とはいえ、手合わせしてわかったが、あの多彩な魔法は天賦の才であることに間違いない。


「なんで諜報部隊なんだ?」

「かっこいいだろ? 影で動き、情報を制する。これぞ闇の天才にぴったりだと思うんだよ!」

「いや、諜報部隊がなにをするのかいまいちよくわかんなくて……」


 忍者みたいなものか?


「それについては、俺もよくわからん。ただ、諜報活動はきっとスリリングなはずだ!」


 わかんないのかい!

 刑事みたいな感じだろうか。


「地味な聞き込みとか、張り込みとかばっかだったらどうすんの?」

「いや、そんなはずない! きっと人知れずスパイとして紛れて時限魔法陣を解体したり、他国の極秘情報を命からがら自国に持ち帰ったりヒーローなはずだ!」


 まるで映画の世界だな。

 異世界だし、そういうことも現実にあり得るのかもしれない。


「なんかフォルテって目立ちたいのか、目立ちたくないのかどっちなんだ?」

「うーん、こっそりとすごいことをしたいんだ」

「つまりのぞきの延長線ってことか」

「おぉ、レージ良いこと言うな」

「いや、のぞきがそもそも良いことじゃないんだよ、気づけ」


 フォルテと話していると、なにかを志すのに立派な動機は必要ないんだなと思う。

 その中でもフォルテには芯が通っているように感じた。

 確かに自分が馬に乗ってた時も、勝ちたいという想いは強かった。だけどそもそも馬に乗ることが楽しくてしょうがないから、その延長線だったことを思い出す。のぞきと一緒にしたくないけど。


「冬になったら各部隊の試験が始まる。もちろんレージも受けるんだろ?」

「まだ考え中だけど、なんとなくやりたいことが見えた気がするよ」

「はっはっはっ、天才と話すと色々と触発されるだろう」

「はは、そういうことにしとくよ」

「よし、じゃあ俺は先に上がるとするか」

「あぁ、俺はもうちょっと入ってるよ」


 フォルテは先に湯船から上がり、脱衣所に行ってしまった。

 ひとり残された湯船で、レージは夜空を見上げる。

 星がきれいだ。今になって気づいたが、月が大きい。

 この世界で「月」っていうのか知らないけど、なぜか今まで気づかなかった。

 この世界に来てから、ずっと色々なことを考えていた。

 周りを見渡す余裕なんてなかった。

 これから長い年月を過ごしていくことになるであろう星のこと、国のこと、世界そのもののことをもっと知っていかなければいけない。

 焦らず、少しずつ。

 魔法合宿に参加し、テルたち以外の人と時を過ごすことで、なんとなくだけど人生観が変わった気がする。


「よし、がんばろっ」


 両頬を軽く張り、気合を入れる。

 そして、湯船から上がり、脱衣所の戸を開こうとした時だった。


ガラガラガラガラ


 レージが引き戸に手を掛ける前に戸が開く。


「え?」

「は?」


 一瞬、時が止まった。

 目の前にいたのはバスタオルを巻いたマリルだった。もちろん、なぜか刀を持っている。

 レージはとっさに肩にかけていたタオルを股間に当て、後退りする。


「ちがうぞマリル。男湯の時間だったんだ。絶対にそう」

「……フォルテとすれ違った時にもう中に誰もいないって言ってましたけど?」


 刀を抜きながら無感情にマリルが言う。


「いや、ちょっと落ち着いてマリルさん。刀抜くのストップストップ!」

「悪いのはフォルテなのでしょう。でもわたしがたった今あなたの粗末なモノを見たという事実は変わりません」

「粗末ってひどくない!? 不可抗力なのに……!」

「問答無用ですっ!」


 フォルテのやつ、絶対に許さないからな……!

 そう思ってから意識が飛んだ。


 ――次に目を開いた時には合宿最終日の朝だった。


「よっ、昨日はいいもの見れたか?」

「……ぶっ殺すよ?」

「うわ、こわっ」


 あの後、マリルがレージに刀で当身を食らわせた直後、濡れた床に滑り、体勢を崩して刀を振ってしまい引き戸を壊したらしい。

 それでオルンガにこっぴどく怒られ、マリルも半べそになっていたとのこと。

 オルンガがレージを部屋まで連れて行ってくれたそうだ。服まで着せてくれている。

 オルンガ先生ありがとう、マジで。


「その流れでいくなら、フォルテも怒られたんだろ?」

「俺か? まあ、ちょっとだけな」

「夜中の間ずっと廊下で正座させられてたじゃないですか」


 いつのまにかマリルが部屋にいる。


「ぐっ、なぜ知っている」

「夜中にトイレで起きたら暗闇の中でなにかが座ってるのが見えました。怖くて隣の宿舎のトイレに行きましたもん。でも帰り際にもう一度見たらフォルテでした」

「お前幽霊とか怖い派なのか」

「そこは今関係ありません」


 澄まし顔でいるけど、フォルテはどうやら寝てないらしい。

 現代日本では虐待扱いを受けそうな罰だな。ただ、反省の色が見えないのだからたちが悪い。


「合宿の最終日は自由解散だ。俺もそろそろ村に帰ろうと思ってる」

「わたしもすぐに自分の町に帰ります」

「そうなんだ、じゃあ俺もぼちぼち帰ろうかな」


 レージはベッドに腰掛け、フォルテとマリルを見た。


「ふたりとも、今度会うとしたら王国軍の試験になるのかな?」

「いや、試験は各部隊ごとに違うから、もし縁があるとしたら次の春にある王国軍の入隊式の時だな」

「そうですね。わたしは100%歩兵部隊に入隊するでしょうけど、フォルテは諜報部隊では無理でしょうね」


 マリルは残念ですと言って、フォルテの肩に手をやった。


「闇の天才を舐めるなよ。俺は必ず諜報部隊に合格してやるぜ」

「レージはどうするんです?」

「うん、俺も王国軍を目指してみようかなって思い始めてる。まだ、決めたって言えるほどの意志じゃないけど」

「レージなら受かると思います。なんせわたしに土をつけた人ですからね」

「たしかにレージなら受かるな。どの部隊かはわからないけど、また入隊式で会おうぜ」


 フォルテが手を出したので、レージとマリルがその上に手を乗せた。

 こういうのは嫌いじゃない。青春って感じがするし、仲間って気がする。

 たった三泊四日の短い時間だったが、とても濃い時間だった。

 またこの仲間に再会しようと心の中で誓ったのだった。

 そしてレージはオルンガに挨拶を済ませ、サマンサに乗ってヴィンセントドラゴンファームへ帰っていった。

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