第11話 成長速度

「こういうもんなの?」

「ううん、こういうものじゃないよ」


 レージは困っていた。

 想像していたものとだいぶかけ離れていて、なんというか子犬を飼っている感覚に近かったからだ。


「本当に珍しい子だよね、ロッテちゃん」


 テルもどうしたらいいかわからないらしい。

 シャルロッテはレージにとても懐いていた。

 単純に懐くだけならいいのだが、なんと言っても四六時中離れない。

 レージが寝ている時は同じベッドに潜り込んでくるし、トイレにもついてくるし、竜房掃除の時も近くで眺めている。ドラゴンに乗る練習をしている時も地上から眺めている。

 聞き分けが悪いわけじゃない。レージが何かやっている時は全然邪魔とかしないのだ。

 本来、赤ちゃんドラゴンには、それ用の小さな竜房が用意されている。卵があったところだ。

 しかし、シャルロッテはそこに留まろうとしないのだ。ドラゴンには縄張り意識があるから、普通のドラゴンならそこを家として認識して、そこを守ろうとするのだが、シャルロッテはそういったことに無頓着で、とにかくレージと一緒にいたがるのだ。


「いや、かわいいからいいんだけどさ。ドラゴンってことを思うと感覚が狂うというか……」

「わかるよ。だって人間の家に入ってきたドラゴンはロッテちゃんが初めてだもん。いくら人懐こくても、ここまでベッタリする子は見たことないんだよ」


 もう一つ問題があった。

 シャルロッテは他の赤ちゃんドラゴンと同様にドラゴン用の飼料を同じ量食べている。

 朝、レージが目を覚ますと、なんとなく昨日よりも大きくなっているシャルロッテが眠っていた。ここのところ毎日、そういう感覚がレージにはある。

 いくらドラゴンでもこんなスピードで大きくなっていくことはない。

 産まれてから一週間、シャルロッテは体高が3倍くらいになっていた。およそ1m弱くらいだろうか。

 すでに抱っこはできない。


「もう一緒のベッドで寝るのは無理だよ。もはやシャルロッテがベッドを占領してると言っても過言じゃないもん」

「あはは、なんか変な悩みだね」

「こんだけ大きくなったら、ちゃんと竜房で生活してもらおう。空いてる竜房あったよね?」

「うん、本当は1ヶ月くらい赤ちゃん用の方で様子見るんだけど、ここまで大きくなってたら成体用の竜房でいいと思うよ」


 レージはシャルロッテを連れて、ワラの敷き詰められた綺麗な竜房へ来た。


「いいか、よく聞くんだぞ」


 シャルロッテはレージを見上げて首を傾げる。


「今日からここがロッテの部屋だ。夜はここで寝るんだぞ?」

「くぃーん」


 シャルロッテは首を横に振った。

 いや日本語わかるんかい!

 語りかけたのはレージ自身だったが、通じてるとは思ってなかった。なんというか、形式的なものというか。

 レージがシャルロッテを残して竜房を出ようとすると、シャルロッテがレージの足にしがみ付いてきた。

 シャルロッテが大人になるためだ。ここは非情にならなきゃいけない。

 振り切ろうとレージは足に力を入れた。


「いや、動かないんですけど」


 赤ちゃんだろうが、ドラゴンはドラゴンということなのか。

 しがみ付かれた足がびくともしない。


「あの、シャルロッテさん? ちょっと離してくれませんかね?」


 シャルロッテはレージを見上げながら首を傾げた。

 都合の悪い言葉はわからないフリしてるような、そんな雰囲気がある。


「よし、わかった。話し合おう」


 本当に全く動くことが出来ず、レージは作戦を変えることにした。

 レージは膝立ちになってシャルロッテに目線を合わせた。


「ロッテ、一緒にいたいのは俺もやまやまなんだけど、ロッテがこのまま大きくなっていくと現実的にオーイツさんの家に入れないんだよ。だから、ロッテはここで寝てほしいんだ」

「くぃーん」


 ロッテは、その紅い瞳を何度か瞬き、小さく頷いた気がした。

 そして、レージの肩をポンポンと叩いて、竜房の中央を指差した。


「え、それなら俺もここで寝ればいいって?」


 いや、本当にそう言ったわけじゃない。

 だが、どう考えてもそう言ってるようなジェスチャーに、このドラゴンがものすごく人間臭く感じてしまう。

 そして、そう言った直後に元気よく鳴いた。


「……ちょっと、考えさせてください」


 普通の竜房よりも寝ワラを多めに敷いたその竜房は、レージとシャルロッテの部屋になった。

 幸いにして厩舎内は温度管理されているし、寝ワラをたっぷり使ってる分、堅いベッド(オーイツには口が裂けても言えない)よりも寝心地が良い。

 とはいえ、人間としての生活水準が段々と落ちている気がするのは気のせいだろうか。

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