どんでん返し、折れる

黒味缶

どんでん返し、折れる

 都会というには寂れているし、田舎というには人口密度高めの地域の「近いしここ受けとくか~」というノリで受験される普通科高校。

 そのような緩い雰囲気の学校でも、青春の光が輝くようなイベントの一つ……文化祭の時期が近づいてきていた。クラス展示に、体育館のステージを使う公演。それらの準備に追われながらも、校内はどこか楽しげで、青春の煌めきがちらりと瞬くかのような空気が流れていた。

 ――が、その一方で。青春のきらめきとは全く違う、深刻そうな空気が演劇部の部室を満たしていた。


「演劇部公演……あ、あのぉ……初耳、なんですけど……?」

「ああ、俺も昨日初めて聞いた。連絡先が携帯じゃない尾方と寿以外にはもう連絡していて、今日は必要になりそうなものをかき集めてもらっている」


 顔を青くしながら小首をかしげる、一年女子。それに答えるのは三年生の部長。声は出して無いが、眉根を寄せている二年男子も含め三人が部室内で重い空気を出していた。


「二人に渡したプリントのコピー通り"文化祭で枠を作ったから公演しろ"とのお達しだ。また、外部の人にもわかりやすいように"日本の昔話をテーマにしたもの"であることも指定されている」

「その上で、評判悪かったら部のとりつぶしですか……横暴ですね」


 他の文化系の部活にも大なり小なりここで成果を発表せよとの通達が来ているらしい。が、存続までかかっているのは演劇部だけである。

 この学校の演劇部は長いこと続いているが、演劇部が公演を行った事は片手で数えられる数しかない。その上、最後の劇から十年は経っている。部費と部室の無駄だと判断されてもおかしくはない状況だった。


「かっ、活動してないってわけじゃないじゃないですかぁ……近隣の保育園や児童館に、絵本の読み聞かせに行ったりとかぁ……あと、自作台本の声劇を動画で上げたりとかぁぁ……!」

「そういうのは趣味としてやるか、ボランティア同好会と合流して自費でやれって事らしい……UPしてるのも部員たちによる個人アカウントでだからだとか」

「部活用アカウント作るのも名前出すのもダメっていわれるから、部員個人でやってるっていうのに……やっぱり横暴ですね」


 そう、こまごまとした活動はしている。

 そもそも、学校側が求めている"演劇"には時間と手間がかかる。練習時間と場所の確保、発表場所と機会の確保。それらにかかる費用は学校からの部費では賄いきれずに手出しになるためハードルが高い。

 文化祭での公演も、部員全員がクラスでの展示や発表との折り合いをつける事が難しいという理由で見送られていた。過去のわずかな公演も、所属部員のクラスが全部展示系だった時に行われている。


 いずれにせよ、決定は決定。それを如何にやりきるか、という段階に入っている。そのような説明を終えたあたりで、他の部員が演劇に使えそうな古い着物や浴衣、大道具に使えそうなものをもちよってきた。


「よし、それじゃあ会議を始めるぞ!まず、部長として方針を出す。今回の劇は評価もされなければいけない以上、"目を引く演出"を入れたい!」


 彼の言葉に、部員一同がうなづく。評価のきっかけとなる何かが必要になる事は、全員が同意した。


「内容も演技も、完成度を高める時間はほぼないだろう。俺達は奇策で勝負するしかない――が、奇抜に頼って諦めてもいけない。ここから2週間!全力でやるぞ!」

「「「「「おーーーーー!!!」」」」」


 一同が声を揃え、目標を定めた。そこから、ひたすらあわただしく準備期間は過ぎ――やってきた文化祭当日。演劇部にとどめを刺すかのような、よからぬ知らせが入ってきた。


「遠野が怪我?!」

「ああ、さっき俺の携帯に連絡がきた」


 大道具の仕掛けや照明などの進行演出を一手に担う予定だった部員が、交通事故に遭ったと連絡が入ったのだ。


「本人からの連絡も相当パニックになってる感じだし、救急車を呼ばれているという事だから……遠野の役割を、分担して行かなくてはいけない」


 ある程度は、何かあった時のために全員どこでどうするか知っている。それでも、当日いきなりそれをする羽目になったとなると何が起こるかわからない。


「……トラブルがあっても、やり直しは効かない。成功すればそれが最善だが……失敗した時はどうするか」

「アドリブでどうにかするしかない……んじゃないでしょうかね?やらかしてしまったら、そこから先は基礎設定と流れを意識した即興で何とかしていくしかないと思います……事故があった時はアドリブで組み込んで何とかするっていうのは最初から皆意識してますし」

「……それしかないか。皆には負担が強いと思うが、たのむ。俺も出来る限り酌んでナレーションに反映させよう」


 演劇部のプログラムの開始までに、全員が覚悟を決め――そして、舞台の幕が上がった。


『昔々、鬼に苦しめられた人々を救わんと、立ち上がった若者がおりました』


 ベニヤ板で作られたらしき書き割りの背景。その前に、桃太郎に扮した寿があらわれる。


「わが名は桃太郎!優しき夫婦に育てられたこの身を、今こそ人々を守るために使おうぞ!いざ、あの鬼が島へと横暴行う鬼を退治せん!」


 ごく普通の、桃太郎の演劇。演劇部の前にクラスでの演劇もあったが、それよりはかなりセリフに力が乗っている。

 絵本の読み聞かせ等で幾度も演じた事が活きているのだが、それでもインパクトはまだ薄い。

 だが、桃太郎が仲間を集め終えたところで仕掛けが動く。


『さて、かくして仲間をそろえた桃太郎が、いざ敵地にゆかんとするのと同時期に、別の場所でも英雄が旅立とうとしておりました』


 照明が消え、どんでんどんでんと太鼓の音が響き、そして太鼓の音が止んでライトがつくと、背景が荒れる並みで表した海の書き割りに切り替わっていた。

 観客席がざわつく。明らかに短い時間での背景の変化は、初見の観客を驚かせるに十分だった。


『竜宮城は、悲しみに包まれていました。主である乙姫が、鬼どもに攫われてしまったのです』


 どんでん返しという仕掛けがあろうと、昔話一つだけを忠実に行うのはインパクトが薄い。故に、今回の劇は昔話2つを混ぜて共闘させてより強い絵柄の変化を生み出す事にしたのだ。


「この竜宮の、すぐ上の方に敵地があるのでしょう?ならば、私が行きましょう!」

「そんな!浦島さま、あなたはお客人でございます!そのような事をお願いするわけには!」

「いえ、あなた方には私の行い以上の事をしていただいたのです。どうか、乙姫を取り返す手伝いをさせてくださいな」

『浦島の優しさに助けられ、今もその勇気に触れた竜宮の者達は彼を信じて送り出すことと相成りました。かくして彼もまた、鬼を討つために旅立ったのです』


 昔話として広まっているからこそ可能な、強引な省略。

 再び落とされた照明と、少々長めに響く太鼓の音。

 次に照明がついた時、背景は海と、その奥にのぞく鬼が島に変化していた。

 変化に気を取られた観客をそのままひきつけて、桃太郎と浦島太郎が出会い、共に鬼が島の鬼を退治するという劇は、乙姫の救出でみなが竜宮城に迎えられるというエンディングを迎えて無事に幕を下ろしたのだった。


 さて、演劇部の劇は無事に終わったが……背景の仕掛けに興味を持った生徒の一人が、演劇部所属の友人に声をかけた。


「みーちゃん、おつかれさま!乙姫役似合ってたよ!」

「えっ、ほんと?よかったぁ……ちーちゃんのひいき目じゃないよね?」

「ナイナイ。ちゃんと似合ってたしかわいかったよ!あと、初めて演劇部が激してるの見たけどみんなうまかったね!」

「えへへへへ……でしょ?!」

「あ、あと、あの背景ってどうやってたの?私も含めてけっこうみんなびっくりだったんだけど」

「あー、あれはね"どんでん返し"って言うんだよ。L字にした板のそれぞれに背景を作っておいて、照明消してる間に倒して入れ替えるの」


 古典的な場面転換の技法。話を練り込む時間が得られなかったものの、演劇に興味を持つ、演劇部ならではの切り札がそれだったのだ。

 物語に加えられないどんでん返しを舞台装置で採用する、というのがジョークみたいだという者もいたが、実際に効果があったのだから良いだろう。


「ん?それじゃあ海と鬼が島がくっつくのがわけわかんなくない?」

「ん、んーー……それはちょっと、ナイショ!えへへ、企業秘密っ!」


 みんなして加減がわからず乱暴に扱ったせいでL字が壊れたのを、アドリブで"海の向こうの鬼が島"に仕立て上げただけ。

 そんな裏話を、褒められた直後の演劇部員は言えずに笑ってごまかした。

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