春風

黒猫(ながしょー)

第1話

 俺は毎日を退屈に過ごして来た。

 大学に進学してからというもの、地味な自分を変えたくて地元からは遠いところを選んだものの、コミュ障も相まってか、友人を作ることができず、大学デビューは失敗。

 せっかく自分を変えるために誰も来ない場所を選んだのにそれがアダとなって俺はぼっちになってしまった。

 そんな中である日の大学での授業で、俺はある子に一目惚れをしてしまう。

 名前は分からない。

 でも、学校一の美少女と言っていいほどの容姿で綺麗な黒髪のロングストレートが歩くたびになびいている。

 俺はその子に釘付けだった。

 この学校にもこんな可愛い子がいるとは思ってもいなかったから。

 やがてその子は俺の目の前の席に座る。

 一人なのか、友人らしき人は周りに見当たらない。

 ––––これはチャンスなんじゃ……。

 そう思った俺は意を決して話しかけて見ることにした。


「あ、あの……」


 話しかけると、彼女は一瞬怯えたような表情をした。

 まぁ、いきなり話しかけられるとそうなるよな。しかも、知らない奴からとなると。


「……はい?」


「そ、その……申し訳ないんですけど、参考書……見せてもらうことってできないですか?」


 俺は嘘をついた。

 本当は持って来ているが、この子と話すためには何かしらの事情が必要となる。

 だから、あえて嘘をついてもし良かったら、隣の席に移動しようかと思っていたのだが……


「いいですよ。じゃあ、良かったら私の隣に座ります?」


「はい、是非! あ、いや……そのすみません」


 あまりの想定外な展開につい嬉しくなってしまい声が上がってしまった。

 内心では絶対に断られると思っていたのに、こうも上手くいくとは……自分からいくことも大事なんだなぁ。

 俺は荷物をリュックの中に入れると、一つ前の席に移動する。


「あの、本当に良かったんですか?」


「良かったって?」


「俺が隣の席に座ることがです」


 そう訊くと、彼女はキョトンとしたような表情をする。


「別にいいですけど……」


 なんか、変なことを訊いてしまったなぁ。訊かなければ良かった。

 とりあえず俺は席に座る。


「え、えーと……初めまして、ですよね?」


「そうですね、私は経済学科一年の星乃森志穂ほしのもりしほといいます」


「あ、えーと、俺は神崎亮介です」


 ぎこちない自己紹介が終わった後、気まずい空気が俺らの間を流れている。

 ––––ヤバい……なんか話題ないのかよ!

 コミュ障特有の話題がないを発動中の俺。

 隣の星乃森さんも気まずそうな表情をしながら下を向いたり、周りをキョロキョロしている。

 俺から話しかけといてこれだよ! なんかないのか話題!


「ほ、星乃森さんって可愛いよね!」


「え?」


「あ、いや、これは……だああああああああああ!!!」


 何言ってんだよ!

 俺は頭を抱え込んだ。

 ヤバい。やらかした。なんであんなこと言ってしまったんだよ。

 顔から火が吹き出そうなほどに熱い。

 もう星乃森さんのことを直視なんてできない。俺の黒歴史という名の心の図書館にまた一ページ貯蔵されるのだろうなぁ。


「ありがとう。今までそんなこと言われたことない」


「え?」


 俺は驚きのあまり無意識に星乃森さんの方に顔を向ける。

 すると、彼女は本当に嬉しそうな表情をしてクスクスと笑っていた。


「なんで笑ってるんだ?」


「だって、神崎くんって面白いんだもん」


「そんなこと一度も言われたことないんだが?」


「そうなの? じゃあ、私だけかもね」


 こうして俺と星乃森さんは出会うことができた。

 それからして、俺たちはこの授業があるときだけ、話す関係性になる。もう友人と言ってもいいのかな? 俺が大学に進学して、初めての友人で彼女にとっても友人がいなかったらしく、俺が初めてらしい。

 学科が違うということもあり、なかなか校内で会うことはできない。

 が、休みの日とかには連絡をよく取り合い、一緒に買い物や遊びに出かけたりもした。

 そのような楽しい毎日が卒業まで続くと思っていた矢先の出来事だった。

 

『神崎くん、私引っ越すことになって大学も別のところに行くことになった』


 スマホが鳴りだしたと同時に俺は星乃森さんからだと分かると、すぐに出たら最初の言葉がこれだ。

 俺は何を言われたのか、分からない。理解が追いついていない状態だった。

 何かの聞き間違いだろう。そう思った俺は、もう一度訊き直す。


「い、今なんて……?」


『私引っ越すことになって、大学も転校になっちゃうの……神崎くんとは、もう……』


 電話の奥の彼女の声は若干かすれていた。

 ––––泣いているのか……?

 たまに鼻をすする音も聞こえたりする。


「どこの大学に転校するんだ?」


『え? 駒ヶ谷大学だけど……』


「分かった」


 俺はそう言うと、通話を切った。

 


 それから一ヶ月後。

 星乃森さんは大学を転校して行った。

 なんで転校して行ったのか、理由は定かではないが、親の都合というのもあるのかもしれないし、なんらかの理由があるのはたしかだ。

 といっても、今更あって、その理由を問うというような真似はしない。

 俺は校内を歩く。

 何もかもが新鮮だ。

 一通り歩き回ったところで疲れを癒すために近くの自販機で飲み物を買う。

 そして、横にあるベンチに座りながら先ほど買った缶コーヒーをちびちびと飲んでいると、


「隣の席いいですか?」


「え? あ、どう––––」


 カラン。

 俺は驚きのあまり缶コーヒーを地面に落としてしまう。

 いや、驚くのはおかしいか。

 だって、俺は……


「久しぶりだね。神崎くん」


 白いワンピースを着て、綺麗な黒髪を風でなびかせている星乃森さんがそこにはいた。

 俺は星乃森さんが転校するという話を聞いてから、すぐに学校に転校の手続きをして、駒ヶ谷大学の転入に際する試験に合格するため、日々勉強をしてきた。

 そして、俺は見事合格でき、今ここにいる。


「神崎くんが転校してくるなんて思ってもみなかった」


「だろうな。俺だってお前が転校するとは思ってもいなかったからな」


 そう言うと、彼女はクスクスと笑う。あどけない表情で。

 それから俺の横に座ると、目の前にある満開に咲いた桜を見つめながら、幾分かの沈黙が流れる。


「ねぇ、神崎くん」


「なんだ?」


「私たちこれからもずっと一緒だよね?」


「……それプロポーズになってないか?」


「そうね、私はプロポーズのつもりなんだけど?」


 俺たちが二年に上がったばかりの春。

 桜の花びらが春風とともに舞い散る中の出来事だった。

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春風 黒猫(ながしょー) @nagashou717

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