「いきなり攻撃をして申し訳ありませんでした。どうか命だけは許してください」

 

 シャインがクレマンティーヌを気絶させた後。クロクレスはシャインと一緒に気絶したクレマンティーヌを自分が宿泊している宿屋の部屋へと運んだ。

 

 そして意識を取り戻したクレマンティーヌは、ベッドに腰掛けているクロクレスとその横に控えているシャインの姿を確認すると、すぐさま見事な土下座の体勢となり以上の謝罪を口にした。どうやらあの戦いでシャインと自分では絶望的なくらい実力の差があり、その主人であるクロクレスも同様である事を理解したようだった。

 

「クロクレス様。このように言っておりますがどうされますか?」

 

「……」

 

 シャインは土下座をしているクレマンティーヌの背中を相変わらず無表情で見つめながら主人であるクロクレスに訊ねる。

 

 しかし質問をする時でもシャインの視線はクレマンティーヌから外れることはなく、更に右手にはメイスが握られており、もし彼女が逃げようとしたら「殺すな」という主人の命令があるため殺しはしないが両腕両脚をメイスで潰すくらいのことはするだろう。そういった静かな殺気を感じ取ったクレマンティーヌは、小さく身を震わせていた。

 

「そうだな……。その前に、君が何者でどうして俺を殺そうとしたのか教えてくれないか?」

 

「はい……」

 

 クロクレスの質問にクレマンティーヌは額を床につけた体勢のまま答えた。

 

 まず自分の名前と、自分が過去に「スレイン法国」の特殊精鋭部隊「漆黒聖典」の一員であり、現在は「ズーラーノーン」という邪悪な秘密結社の幹部とも言える十二高弟の一人であること。

 

 そして過去に色々な事情があって強そうな人間、興味が出た人間を殺すことを好むようになり、最近エ・ランテルで噂の強力なマジックアイテムを安値でばら撒くクロクレスに興味を覚えて命を狙ったこと。

 

「くだらないですね」

 

 そこまで話を聞いたところでシャインはほんの僅かだが呆れた表情を浮かべてそう呟いた。

 

「そんなくだらない理由でクロクレス様を狙うとは……。しかも話からするとスレイン法国? かなり大きな国の特殊部隊を裏切ったお尋ね者な上、各国から危険視されている邪教集団の幹部なのですよね? その様な者を近くにおけばクロクレス様の元に煩わしい者達が押し寄せてくる可能性があります。……クロクレス様。この者はここで始末しておいた方がいいと私は思います」

 

「っ!」

 

 シャインの言葉にクレマンティーヌは土下座の体勢のまま、体を一度大きく震わせる。しかしクロクレスはメイスを振り上げようとするシャインを手で制した。

 

「まあ待てって。……クレマンティーヌだっけ? 君はいろんな国へ行ったみたいなことを言っていたけど。ここ以外の国に詳しいのか?」

 

「は、はい。漆黒聖典時代に様々な国へ行ったことがありますので、それなりに……」

 

 クレマンティーヌの答えを聞いてクロクレスは満足そうに頷いた。

 

「よし。それだったらクレマンティーヌ、さっき俺達を襲ったことを許す代わりに、その他国への道案内を頼めないか?」

 

「……え?」

 

 クロクレスの言葉が意外だったのか、クレマンティーヌは思わず顔を上げて彼を見ると、クロクレスは肩をすくめてみせる。

 

「いやさ? 『忌まわしき狩人シリーズ』……ああ、俺が作って売っているマジックアイテムのことだ。それの人気があるのは嬉しいんだけど、最近それを売ってくれって冒険者達が押し寄せてくるのが鬱陶しくてな。そろそろ別の国にでも行こうと思っていたんだよ。でも俺もシャインも外国に詳しくないし、だから君に案内役を頼みたいと思うんだけど、どうかな?」

 

「わ、私で良ければ」

 

 クロクレスの提案にクレマンティーヌは即答する。元々自分には断るという選択肢はなく、この程度の条件で命が助かるなら安いものだと彼女は思った。

 

「そうか、そう言ってくれると助かるよ。じゃあ、もう襲ったことは許すから立ってくれないか?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 最初からクレマンティーヌに土下座なんてさせるつもりはなく、彼女が勝手にやっていたことなのでクロクレスがそう言うと、クレマンティーヌは安心した表情となって立ち上がる。しかしそこで一先ず今は殺されないと安心したせいか、気が緩んでしまった彼女は先程から気になっていたことを目の前の男に聞いた。……聞いてしまった。

 

「あの……? それで貴方達は一体何者なんですか? 人間ではないですよね?」

 

「ああ、そうだよ。俺もここにいるシャインも人間じゃない。シャインは俺の眷属で俺は……見せた方が早いか?」

 

 そこまで言った次の瞬間、クロクレスの姿が黒の衣服を着た黒髪褐色の美青年から別のモノへと変わった。

 

 白いスーツとシルクハット姿の、黒い玉子みたいな頭に赤い三つ目をした怪人。

 

 ローブを身に纏う、両手が鋏状の鉤爪の三メートルを超える人間の骨格。

 

 全身から「チクタク」という機械音が聞こえてくる半人半機の怪物。

 

「と、この様に様々な姿になれる種族で種族名はナイアー「クロクレス様」……ん? どうした、シャイン?」

 

 元の黒い衣服を着た黒髪褐色の美青年の姿に戻ったクロクレスの言葉をシャインが遮り、彼女はクレマンティーヌの方を指差す。そしてクロクレスがシャインの指差す先を見ると………。

 

「襲ったりしてゴメンナサイ。襲ったりしてゴメンナサイ。襲ったりしてゴメンナサイ。何でもします。何でもします。だからどうか殺さないでください……!」

 

 何やら先程以上に声と体を震わせたクレマンティーヌが再び土下座をしている姿があった。

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