第5話:幼馴染のガバガバ・ストラテジー

 小学生探偵が活躍する映画を一本観終わって。間髪入れずに弥生はディスクを入れ替えた。次に選んだのは劇場版初の京都が舞台の作品。手毬唄を聞いた時は二人して覚えようとしたものだ。


「映画を観るのはいいんだが。弥生よ、なんかこのままだと忘れそうになるから今のうちに聞いておくんだが、お前の考える恋人っぽいことってなんだ?」


 虚構世界の幼馴染を救うため、幼馴染のヒロインが主人公とイチャイチャする話を書くことで幼馴染を救うというのが弥生の目的は、まぁわからないこともない。俺も弥生から縁を切られたら絶望して死んでしまいたくなるからな。むしろ殺してくれ。


 しかしだ。そうは言っても、俺と恋人っぽいことをして足りない経験を補うとは一体どういうことなのか。そもそも弥生の考える『恋人っぽい』ことはなんなのか。この目線合わせは非常に重要だ。


「う―――ん。そうだな……例えば……映画を一緒に観るとか?」


「そうか。映画を観るね。確かに、恋人っぽいな」


 むしろ男の家に上がり込んで二人きりでソファに腰掛けて映画館で観るより密着して映画を観ているけどな。


「あとは……そうだ! 一緒に登校するとかどうだ!? 実に恋人っぽいと思わないか!? むしろ私がお前を朝起こしに来るところから始めたらなお、幼馴染カップルぽくないか!?」


「そうだな。幼馴染の女の子が毎朝起こしに来てくれて、一緒に登校出来たらそれは最高だな」


 いつも起こしに行っているのは俺だけどな。弥生が遅刻しないために俺は6時半に隣の君のうちのチャイムを鳴らしているんだけどね。


「あとはあとは…………そうだ! 手作り弁当を屋上でこっそり食べるとかはどうだ!? まさに青春って感じがしないか!?」


「そうだな。幼馴染の女の子の手作りのお弁当を一緒に屋上で誰にも見られず、こっそり食べるのは……憧れるな」


 弥生はたいていのことは難なくこなせるある意味超人的なパラメータを有しているが、残念ながら対俺限定で特性『なまけもの』が発動する。


 学校ではイケメン美女で通っているが、プライベートでの弥生の実態を知っているのは俺だけだ。俺に次いで付き合いの長い腐れ縁の親友でもここまでは知らない。


「さすが純平だな! 私のことをよくわかっているじゃないか! それでこそ幼馴染という奴だ! お前がいてくれて本当に心強いよ! これならすぐにでも小説の中の幼馴染ヒロインを救うことができそうだ!」


 はっはっはっと呵々大笑する弥生。この美女は今自分でも言ったが、大切なことを忘れているのではないだろうか。俺は無言で抗議の意思を込めてジト目で弥生を見つめた。


「な、なんだよ純平。そんな目で私を見るなよ……」


 少し怯えたような声を出す弥生。俺の目つきがそんなに恐ろしいのか。母から継いだつぶらな瞳は俺の数少ない自慢なんだぞ。何故恐れるか。


「いやね……弥生の今の話を聞いて思ったんだが、根本から色々破綻していないか?」


「どの辺が破綻しているというのだ!? 純平は理解してくれたんじゃなかったのか!? どこがダメなんだ! 教えてくれ!」


 二人掛けのソファに座っているので元々距離は近いのだが、弥生はグっと俺に肩を掴んでさらに密着してきた。


 ふわっと鼻孔をつくグレープフルーツのような軽やかな柑橘の香りは弥生が普段から付けている香水。普段はこれを嗅ぐと心が落ち着くのだが、今日はダメだ。俺の心拍数を爆上げさせる増長剤だ。


「だ、だからな……弥生が救いたいのは幼馴染のヒロイン・・・・・・・・だろう? 今のお前の話だと、映画を一緒に観たりはともかくとして、朝起こしに行ったり手作り弁当を作ったりするのは…………弥生、お前がやらなきゃダメなんじゃないか? それを俺がやっていたら……その、現実ではありえないことだけど、小説では愛想を尽かされるヒロインそのものじゃないか?」


「…………何………だと…………?」


 どこの死神高校生だ。そんな『今気づきました』みたいな驚いた顔をするな。


「私はただ……恋人っぽいことが経験できればそれが小説に活かせると思ったんだが…………そうか。幼馴染のヒロインを救うためには私が頑張らなければいけないのか…………いや、待て! 純平、いいことを思いついたぞ!」


「皆まで言うな。お前の考えていることはおおよそ見当がつく。男女逆転・・・・させるつもりなんだろう?」


「な……!?」


「朝ヒロインが主人公の男を起こしに行くんじゃなくて主人公の男が幼馴染のヒロインを起こしに行ったり、彼女のために弁当作ったりする。そういう小説にすればいいと思いついたんだろう?」


 とは言っても。これはこれで幼馴染のヒロインが主人公とイチャイチャラブラブすることに変わりはないか。


「まぁそれで小説の中の幼馴染を救える話を弥生が書けるなら、俺はそれでもかまわないけどな」


 なぜかうなだれている弥生の頭を俺は優しく撫でる。枝毛一つない、手入れが行き届いていたさらりとした黒髪を梳いていく。


「……純平?」


 怒られると思っていたのか。怯えたような表情を見せながら顔を上げる弥生。だから、どうしてそんな顔をするのか。俺がお前に本気で怒ったことは滅多になかったはずだぞ。


「俺はね、弥生。お前の力になれるならなんでもするよ? だって俺達は幼馴染で、ずっと一緒だっただろう?」


「あぅ………純平……私は……」


 せっかく顔を上げてくれたのに、再び俯く弥生。だがその頬が真っ赤になっていることは彼女の短い髪では隠しきれていない。何故赤くなるのか。


「お前のやりたいことに協力するよ。恋人っぽいこと、たくさんしような? それで、弥生の書いた小説で虚構の世界の幼馴染ヒロインを救ってやるんだぞ?」


 ぽんと頭に手を置いて微笑んだ。


「―――純平の……」


 弥生はふるふると身体を震わせながら俺の腕をつかむ。心無しかその手に込められる力は強く感じる。というかメキメキと音を鳴らしていないか俺の骨。


「……純平の…………馬鹿野郎!!! 唐変木!! 朴念仁!! 天然ジゴロ!! このモテ男!!」


 散々な言葉を吐き捨てて。弥生は飛び上がるように立ち上がって再び洗面所の方に脱兎の如く駆け出した。


「…………解せぬ」


 一人残された俺の呟きは、テレビの音にかき消された。


 映画はちょうど山場。小学生探偵が映画で初めて高校生に戻った時のシーン。ここを見ずしてどこを観るというのだろうか。





「聞いてくれ、谷川原! 純平が! 純平が!」


『はい、はい。わかったから落ち着け、杜若かきつばた。というか電話はしてきて大丈夫なのか?』


「大丈夫だ、問題ない。映画に夢中だからな。そんなことよりもだ! 純平が私の頭をナデナデしてくれたんだ! これはすごい進歩じゃないか!?」


『あぁ……はい、はい。そうだな。すごい進歩だな』


「そうだろう、そうだろう! それからな―――」


 柚木純平の腐れ縁の親友にして影の管理官、谷川原哲郎たにがわらてつろうは電話を聞きながらこう思った。


 本当に、いい加減にしろバカップルと。

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