第二十話「狛ヶ峰デビュー戦其之二」
観客はあの横綱狛ヶ峰が先輩レスラー、ファットマン・フジヤマに先んじてリング内に立ったことに狂気し、レフェリーが狛ヶ峰のボディーチェックに入るや田中ハードコアが例によってゴング前に突っかけたことに早くも盛り上がる。試合はのっけから場外乱闘だ。
これがデビュー戦の狛ヶ峰、リング内はおろか場外戦などまったく異次元の闘いであり、この形式での試合を得手とする田中ハードコアの波状攻撃を前になすすべなしだ。
田中ハードコアは、最強横綱に反撃の糸口を掴まれまいとパイプ椅子をその背中や頭頂部にガンガン叩き付ける。ほとんどワンサイドゲームである。
狛ヶ峰はといえば自らは凶器を手にすることなく、田中ハードコアの胸元に張り手を見舞うのが反撃らしい反撃である。
「横綱らしい豪快なフィニッシュホールドを」
と周囲が盛り上がるのを余所に、そういった技を好まずひたすら受け身の練習に取り組んだ狛ヶ峰だったが、実際問題骨の髄まで相撲に浸りきった身にそれもままならず、後ろ受け身の恐怖心を拭い去れないまま迎えたデビュー戦で、受け身を取ることがない場外戦に引き摺り込まれたことは狛ヶ峰にとって幸か不幸か。
たださすがに最強横綱だけあって、折に触れ田中ハードコアに見舞う張り手は強烈であり、肉弾相打つ音は集音マイクを備えた屋根付きの会場であれば玄龍天一郎の逆水平チョップに並ぶほどの説得力を持って観客の耳に届いたことであろう。それが証拠に、田中ハードコアは凶器を手にしてやっと狛ヶ峰と互角、といった風情である。
だが一日の長があるのはやはり田中ハードコアであり、例によって椅子を使ってのラ・ケプラーダを狛ヶ峰に見舞うと、食ったことのない技に最強横綱もたじたじである。
そこへ襲い掛かってきたのは、狛ヶ峰のタッグパートナーであるファットマン・フジヤマを叩きのめしたマッチョ山下だ。その名の示すとおり、明らかにドーピングによって身体を作った柔道の元五輪強化選手である。今は真っ黒に日焼けしたビルダーの如きボディをテカらせ、大般若陣営として大般若興行に参戦している身だ。アスリート出身レスラーの矜恃があるからか、狛ヶ峰に対するライバル心を剥き出しにして襲い掛かってくる。
しかしその攻撃も、大般若興行のレスラーたるに相応しく竹刀を手にしてのものである。マッチョ山下、容赦なく狛ヶ峰を竹刀でぶん殴るが、そのような仕打ちを受けるのは新弟子のころ以来とあって狛ヶ峰のファイティングスピリットに俄然火が付く。マッチョ山下の分厚い胸板に、狛ヶ峰が激しく張り手を見舞うと、マッチョ山下はうずたかく積まれたパイプ椅子の山の中に埋もれるようにして倒れ込んだ。
その間に復活したファットマン・フジヤマ。田中ハードコアをリング内に戻すと、シュミッツバックブリーカーで仰向けに転がす。そう、フジヤマのフィニッシュホールド、フジヤマ雷電ドロップの合図である。
田中ハードコアがダウンしているのを尻目に、軽快なステップを踏む動作は元祖雷電ドロップの使い手、サンダー杉山には見られなかった所作である。ステップを踏み終えるとロープに走るファットマン。田中ハードコアにフジヤマ雷電ドロップを見舞い、スリーカウント。
この間狛ヶ峰は場外でマッチョ山下を押さえ、カットを許さない殊勲。
デビュー戦で白星を挙げ、大手新聞のスポーツ欄の片隅を飾ったことは、プロレスとりわけ大般若興行においては初の快挙であった。
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