対SEED大隊所属第7特殊対応班 "Ammo Zero"

草薙 健(タケル)

某ロボットアニメ(種)のパロディではありません。

 夕暮れ迫る、日本のどこにでも見られる狭い路地。


 対SEED――Special Enhanced Entities for Destruction用の重装備を着込んだ特殊部隊の隊員が4名、民家の壁に張り付くように潜伏していた。


 4名とも夜間戦闘を想定した暗視ゴーグルを着用しており、柔軟性がありながら手榴弾の爆発にすら耐えうる強靱な防護服を着込んでいる。一分の隙も無い格好で構えているのは対SEED専用に開発された銃で、その銃口は微動だにしない。


 彼らの中で1名だけ、ヘルメットに特殊装備が付いていた。部隊の隊長格が装備する電子戦兵装である。


「オウルズアイ、こちら対SEED大隊所属第7特殊対応班Special Reaction Team。現状を報告せよ」


 隊長が電子戦兵装に手を触れながら、小さな声で呼びかけた。間髪を置かず、SEEDを宇宙から監視する衛星であるオウルズアイ梟の目が返答する。


『こちらオウルズアイ。偵察小隊は退却した。やはりあいつはバケモノだ』

「損害は?」

『重傷者三名、軽傷者十四名。装甲車一台が大破した』


 隊長は舌打ちした。


 小隊が半分壊滅か。相手のSEEDはたった1体だぞ。

 とは言え、彼らはよく持ち堪えた。我々が来たからには、これ以上の損害は出させない。


 彼らが対峙しようとしているのは、第三次世界大戦を終結させたと言われる旧世代の自我意識発現型ヒューマノイド兵器である。その火力は圧倒的で、5年間も膠着していた戦線を一気に崩して連合国側を勝利へと導いたと言う。

 ちなみに、新世代は存在しない。SEED拡散禁止条約Treaty on the Non-Proliferation of SEEDで各国の製造・保有が禁止されているのだ。


 現在の法律では、自我意識のあるヒューマノイド全てに人権が与えられており、それが例え元兵器であったとしても尊厳ある生物として扱わなければならない。


 しかし、SEEDは元兵器。生身の人間にとっては危険極まりない存在であることに変わりはない。


 そこはSEED自身も自覚していた。彼らはなんとか武装解除を試みたものの、失敗に終わってしまう。精神機構と兵装とが完全に一体となっており、無理に処置をすると死に至る。外科的手術では対処不能だったのだ。


 そこで、人間とSEEDは協定を結んだ。SEEDは専用の施設に入り、お互いを隔離する。こうすることで無用なトラブルを避けようというわけだ。


 最初の内、この政策は上手く機能していた。ところが数十年後、想定外の事態が頻発ひんぱつするようになった。そして今、その事態に対応しているのがこの第7特殊対応班と言う訳だ。


『そちらには対SEEDの切り札がいると聞いているが?』

「あぁ、とびっきりのエースだ」


 もっとも、性格に難ありだが。


『隊長~、これ終わったらキャバクラ行きません?』


 今のシチュエーションに似つかわしくない、ヘラヘラとした声。この部隊のNo. 2であるシュウスケだ。


「シュウスケ、任務に集中しろ」

『どうせあれっしょ? 今日も俺が前に出ていってとドンパチやって、回収するだけっしょ?』


 隊長はため息をついた。


 どうもシュウスケはこの任務をなめている。

 確かに、我が第7特殊対応班は弾薬消費ゼロでSEEDを制圧できることから "Ammo弾薬 Zeroゼロ" の異名を取っている。それは全て、このシュウスケがいるからに他ならない。

 彼の功績は認めざるを得ないが……。


 隊長はモヤモヤした気持ちを抑えるのに必死だった。


『まぁ、隊長。とっとと終わらせてヌきに行きましょ』


 私には妻と子供二人がいて、家で待ってるんだ。


 シュウスケ、後でシメる。


「……オウルズアイ、目標の現在位置は捕捉してるな?」

『そちらの部隊から直線距離で約20mメートル先だ。情報をHMDヘッドマウントディスプレイに送信する』


 ディスプレイに表示された情報を見て、隊長はシュウスケ以外の2名に向かって素早くハンドサインを出した。彼らは指示に従い、音もなく散開していく。


「作戦はブリーフィング通りβベータ2で行く」

『うぇーい』


 別地点へ移動した隊員の1人から報告が入った。


目標を視認したヴィジュアル・コンタクト。低速で方位1-6-5南南東に向かって移動中』


 隊長とシュウスケの位置からSEEDを視認することはまだ出来ない。しかし、隊長は躊躇なく命令を下した。


「了解。オペレーション・β2、スタート」


 隊長は電子戦兵装を起動させ、電波攪乱ジャミングを開始する。それと同時に、周囲がものすごい音と光に包まれた。SEEDを両側から挟み込むように陣取っていた2人の隊員が、閃光発音筒スタングレネードを投げつけたのだ。


 最も、SEEDには対閃光・対音響装備が備わっているため、この程度の攪乱に効き目はほとんど無い。


「シュウスケ、今だ!」

わーってるよ分かってるよ!』


 シュウスケは、ヘルメットやその他の対SEED専用装備全てを、物陰からSEEDの前に飛び出した。


「オウルズアイ、現場の映像を送れ!」

『よっしゃ!』


 待ってましたとばかりに、オウルズアイのオペレーターは声を張り上げる。

 シュウスケは装備を外しているし、他の隊員2名は自身の閃光発音筒スタングレネードによって目を封じられている。頼りになるのは宇宙からの高精細2048K映像だけだ。


 音声は自分や他の隊員から集められた音をアルゴリズムで再構築し、映像と同期される。彼のHMDヘッドマウントディスプレイとイヤホンから流されたのは、シュウスケが大きな声を張り上げてSEEDに話しかける姿だった。


!』

『……あぁ? よく聞こえないんだけど??』


 ■


 現在、各地の隔離施設で起こっている想定外の事態とは、SEEDの老朽化問題――と言うより、認知症問題。つまり、SEEDがしてしまったことだ。

 ある人はこの事態を「殺人兵器のSEEDが『タネ(種)という名前のおばあさん』になって優しくなった」とメディアで発言した。しかし、そんな生易しい話ではない。


 先の大戦から70年。


 有機物だろうが無機物だろうが、時間が経てばモノは劣化する。

 SEEDの演算ユニットは生体量子コンピューターであり、一部は有機物で構成されていた。自己再生サイクルが実装されているとは言え、劣化が進んだSEEDは徐々に行動異常を来すようになっていった。


 繰り返すが、SEEDは武装解除されていない元兵器である。そんなものが認知症になったらどんなことになるか――


 らは施設の門などを見境なく破壊し、施設から脱走して徘徊する。そして、最悪の場合は一般の人間を巻き込んで大騒動を引き起こすのだ。


 自由になった大量のがその辺に拡散していく様子を想像してみて欲しい。犯罪者を野に放つよりもたちが悪い。


 このような事態に対処するために設立されたのが、シュウスケ達が所属する対SEED大隊である。彼らは隔離施設から脱走・徘徊する認知症のSEEDを安全に保護し、街の平和を守ることを任務としていた。


 ■


 閃光発音筒スタングレネードの使用目的は、目が悪くなり、耳の遠くなったSEEDにシュウスケ隊員の存在を知覚させることにあった。今回のミッションによる弾薬の消費、部隊の損害は無し。

 無事に、対象SEEDを確保して保護することに成功した――


 先の作戦報告書を思考追跡ブレインライティングで書いていた隊長は、装置のスイッチを一時停止にした。そして、心に引っかかることを思い浮かべる。


 やはり、シュウスケは何かを持っている。

 対SEED大隊の隊員ですら見境無く攻撃されるというのに、何故シュウスケだけはSEED達に襲われないのだろうか?


 ■


 以上の理由から、シュウスケ隊員を徹底的に調査し、より安全な対SEED作戦の立案に役立てるべきである。


 隊長は上層部に対してそんな意見具申を行ったが、なんの音沙汰もなく時間が過ぎ去っていった。その間にシュウスケ隊員は第7特殊対応班を去り、 "Ammo弾薬 Zeroゼロ" の二つ名も返上となった。

 あれはシュウスケがいて初めて成り立つのだ。他の隊員には絶対真似できない芸当である。


 統合作戦本部へ出頭するよう命令を受けたのは、意見具申をしてから二年が経過した頃だった。


 現場の下士官に過ぎない自分が部隊のトップに呼び出されるとは。一体何をやらかしたのだろうか?


 自分が行った意見具申などすっかり忘れていた隊長は、内心ビクつきながらトップの部屋へと足を踏み入れた。


「君の意見具申は大変興味深いものだったよ」


 トップは自分の机に座りながら言った。


「あれ以来、は大変なことになっている」

「上……? まさか、政治レベルですか」

「そのまさかだ。SEED拡散禁止条約Treaty on the Non-Proliferation of SEEDが緩和されるかもしれない」

「なんですって!?」


 寝耳に水だった。


「君には、シュウスケプロジェクトを率いてもらう。大佐に特進だ。おめでとう」

「……あの、事情が全く分かりません」

「シュウスケ隊員はな、SEEDを開発したトドロキ博士のだったのだよ」

「!?」

「そうだ。SEEDにとってトドロキ博士は父親のような存在。その孫となれば可愛いと思うのは当然の反応だろう」

「し、しかし……。SEEDがシュウスケ隊員が孫だと知っている確証はありません」

「本能だろう」


 そんな非科学的な。


 そう反論しようとすると、トップは隊長の言葉を遮った。


「とにかくだ。SEED型のシュウスケ隊員を量産する手はずになっている。お前はそいつらの教官になるのだ」


 えぇ!? と言いたくなるところだが、そこは訓練された軍人である。出てくる言葉はこれしかない。


「サーッ! イエッサー!!」


 ■


 プロジェクトシュウスケは大成功を収めた。認知症になったSEEDは、SEED型シュウスケにもとても優しかった。


 理由はよく分からない。そもそも、人間の認知症ですらよく分かっていないのだ。SEEDの認知症について分かるはずもない。


 こうして対SEED大隊は任務終了となり、解散となった。


 世界に平和が戻った。


 めでたしめでたし。


 ■


 70年後。


 街にはシュウスケ型SEEDが闊歩していた。


 もちろん、シュウスケ型SEEDの性格はシュウスケそっくりだ。


「きゃぁ!! このエロSEEDを誰かどうにかして!?」


 この事態に対応すべく、対SEED大隊は再結成された。


(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

対SEED大隊所属第7特殊対応班 "Ammo Zero" 草薙 健(タケル) @takerukusanagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ