俺はハムスターじゃない

ドゥギー

とっとこ回るよ

 2029年、スペインからシエスタ(昼寝)が無くなった。日本が働き方改革を宣言してから10年、労働時間は減るどころか増える一方、日本以外の国も終業時間になっても仕事場を離れるものは少なくなった。世界は生産の効率性よりも長く労働することを美徳とする価値観に変わっていった。


 人々の生活水準はこの10年さほど変わっていない。変わったのは労働時間とある食べ物のブームであった。


 神奈川県座間市。俺はパソコンの前で出張精算の入力をしていた。入力の合間にキーボードの横に置かれた缶に手を伸ばす。缶から取り出した小さく黒いものを口に入れる。


 ガリガリッ


 一瞬噛んだあと、黒いものを口から出す。手で黒い殻を剥がすと、中から白い種が現れた。俺は白い種を取り出して口に入れる。


 ボリボリボリッ


 しっかり噛んで白い種を味わう。すると、同僚が俺の肩を叩いた。


「また、ひまわりの種食べてんの? ハムスターみたいだな。ていうか、うまいのか?」

「俺はハムスターじゃないって。しかもコレはただのひまわりじゃないんだよ。バターとアーモンドの味がして別格のうまさなんだぜ。お前も試してみろよ」


 俺は缶からひまわりの種を取り出し、同僚に差し出した。同僚は受け取ったひまわりの種を口に入れ噛んだ。


「うわっ、苦い! 全然うまくないぞ」

「待て待て、殻のまま食べても美味しくないぞ。まず、殻を取らないと」


 もう一つ種を受け取った同僚は手で殻を剥こうとするが、なかなか割れない。見かねた俺は種を手にとって口に運んだ。


「こうやって、軽く噛んで、殻に亀裂を入れてだな」


 一瞬噛んだあと、種を口から出す。手で黒い殻を剥がすと、中から白い種が現れた。俺は白い種を取り出して口に入れた。


「なるほど」


 同僚は俺に倣ってひまわりの種の殻を剥いた。殻から出てきた白い種を口にする。


「お、うまいな。なんでバターとアーモンドの味がするんだ?」

「味の秘密はわからないけど、今世界中でヒットしているみたいだぜ」

「でも、日本じゃ見ないな」

「ああ、俺もこの前タイに出張に行った時に見つけたんだ。世界の常識は日本の非常識ってな。はははは」

「そうかもな」


 俺たちはまたひまわりの種に手を伸ばす。すると、怒声が響いた。


「こら、菓子食ってないでキチンと仕事しろ!」

「すみません、部長」


 同僚は席へ戻り、俺は再び出張精算の入力を始めた。


 そう言えば、タイへ出張に行ったとき、みんなパソコンの前でひまわりの種を食べてたな。パソコンにずっといた割には出来上がった資料はは大したことなかったけど。


 出張精算の入力を終えた俺はネットであのひまわりの種を調べ始めた。


 2019年 タイで発売。一躍人気商品となる。

 2020年 台湾で発売開始

 2022年 インドで発売開始

 2025年 アメリカで発売開始

 2027年 ブラジルで発売開始

 2029年 スペインで発売開始


 やっぱり世界中で発売されているんだな。感心して、さらにネットで調べてみると「ひまわりの種と労働条件の悪化」という記事を見つけた。のぞいてみると、


 2020年 タイの過労死が20%上昇

 2021年 台湾で残業時間15%上昇。残業の未払が問題に

 2023年 インドの児童労働者 1000万人増加

 2026年 アメリカの不法労働者10%増加。自国民の失業率上昇

 2028年 ブラジル アマゾン面積10%減少 森林伐採増加

 2029年 スペインでシエスタ禁止令制定


 ま、まさかな…… 俺は缶に伸びた手を止めた。





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