第14話 『暗い森』の調査

 生後9日目の昼。

 今夜から3日間『暗い森』の調査が行われるという情報を耳にしたので、昼のうちから取材用マイクとカメラを調査団の集合場所に設置しているところです。


 設置と言っても頭の中のマップにカメラのアイコンを置いていくだけ、だから赤ん坊の僕にだってできる。うん、楽勝。


 岩山に半ばめり込むようにしてそびえ立つタキトゥスのお城、その南側に広がる城下町を表とすると、裏にあたる北側には『暗い森』が広がる。


 『暗い森』とはよく言ったもので、お城のてっ辺カメラから眺める森は遥か地平線の彼方まで鬱蒼と続き、まるで黒いじゅうたんを敷き詰めたように見える。


 で、その『暗い森』だけど、城内や城下町での聞き取り調査によると、誰もその果てを見たことがないらしい。


 いやいやいや、そんなことある? 歩いていけばいつかは果てに辿り着くよね? と、さらに聞き取り調査を進めたところ、驚いたことにそれは誇張でもなんでもなく事実のようで、どうやらある場所より先に進むと戻ってこられなくなるそうだ。さすが異世界、不思議にあふれているね。


 その理由を知る者はなく、いや、知っている人はいるかもしれないけど、今日までの聞き取り調査ではその答えには行きあたらなかった。


 そこで頼りになるチロリン先生に尋ねてみたんだけど、「森の奥にはァ倥∈縺ョが繝・繝するため(原文まま)」と文字化けしちゃったのでよくわからない。


 可能性としては、何かが森に結界のようなものを張っていて、侵入者を防いでいるということが考えられるけど、神さまの加護であるチロリン先生にまで影響を与える力を持っているということなので要注意だね。

 この謎についてはおいおい明らかにしていこうと思う。

 また宿題が増えちゃった。


 森を眺めていたカメラをゆっくりと下に振ると、タキトゥス領と『暗い森』の間に深い谷が見える。


 谷と言ったけど、これは自然にできたものではなく、『暗い森』から魔物の侵入を食い止めるために、初代タキトゥス領主の時代から代々掘り下げたものだそうだ。


 そういう意味ではお堀というべきなのかもしれないけど、領民のみんなは谷と呼んでいるので、僕もそうすることにしている。


 この谷ができるまでは毎日が魔物との戦いの日々で、その様子はお城の大食堂に飾られているスーパーリアルなタペストリーが今に伝える。


 どうしてあんな血なまぐさい絵を飾っているのか不思議だったけど、魔物の襲撃が減ったいま、平和ボケしないようにとの戒めの意味があるらしい。


 言われてみれば確かに、ベテランの兵士がフォークで絵の方を指しながら、魔物の脅威を新人たちに語っているのをよく見かける。


 でも食堂に飾らなくてもいいのでは? と思うけど、それにもちゃんと理由があって、ここで慣れさせておけば戦場でもちゃんと食事を摂ることが出来るそうだ。タキトゥスの兵士たちは根っからの戦闘集団だね。


 谷沿いには強固な石垣が築かれ、その石垣とお城との間に広場がある。

 そこは兵士の錬成場で、今も数十人の兵士達が鎧を付けたまま走っているのが見える。調査隊はこの広場から谷を渡って森に入るらしい。


 楽しみにしてたんだよね、この調査。

 だって、兵士や領民が普段当たり前のように話題にしている魔物の名前に心当たりがなさすぎて、すごく気になってたんだ。


 よく名は体を表すっていうけど、僕が聞いた中でおぼろげながらもその姿を想像することができたのは、『爪長』くらいだ。


 その『爪長』にしたって、名前から受けるイメージと木々を飛び渡るという習性と合わせて、僕が勝手に爪の長いサルのような姿を思い浮かべているだけで、実際にその想像が当たっているのかもわからない。


 『爪長』の次によく名前が挙がる魔物に『ジロー』というのがいるけど、その名を聞くたびに山盛り一杯のもやしと脂っこい肉の塊がドカンと入ったドンブリが思い浮かんじゃうし、『ヒュードロ』はなんとなく足がなくって、『ペンタ』はペタペタと歩くペンギンっぽいイメージ、『モモワレ』の想像図にはモザイクがかかっていて、『眠りドゥォン』に至っては想像すらできない。


 一方で、魔力を持たない動物たちは『突貫イノシシ』や『薮角ウサギ』、『元気鳥』といった、比較的分かりやすい? 名前が多くて想像もはかどるけれど、魔物たちの場合は大半がノーヒントの難解問題だ。


 今日はその答え合わせができるので、ワクワクしてる。


 でも、本当に楽しみなのは、この世界での戦いの様子を見ること、タキトゥスの兵士たちの実力をこの目で確かめることができるということだ。


 この世界には前世で使われていたような銃器や火薬の類は無いらしい。

 そもそも、地球で言えばまだ中世の文明レベルでもあるし、この世界には魔法があるので、通常兵器を進化させるという発想は無いようだ。


 今日は戦いに使う魔法の種類やレベル、使い方を勉強しつつ、使えそうな術式をできるだけ多くサンプリングするつもりだ。

 『庭師』などという招かれざる客への対抗策は多いほどいいからね。



◇◇◇



“ヒューーーーーーーーーーーー” 

 突然笛の音が長く響く。


 ふぁぁ~眠たい……

 マップに付属の時計を見る、真夜中だ。


 この世界には大月ルナーイ小月ルナーニと呼ばれる二つの月がある。森の調査はそのどちらもが姿を現さない真新月の夜に開始されるため、辺りは真っ暗だ。


 音の鳴った方にカメラを向けてみたけど、ただ闇が広がるばかり。

 何も見えないや、暗視モードに切り替えてっと……

 おぉ! いつの間に。


 そこには鎧姿の兵士たちがずらりと整列していた。

 闇に溶け込むかのような黒塗りの鎧にカメラを寄せると、映像に〈静音:レベル2〉の表示が浮かび上がる。


 なるほど、物音一つしないわけだ。浮かび上がった〈静音:レベル2〉の表示をタップして魔法の術式をサンプリングする。随分とシンプルな旋律だ。僕の〈サウンド・コントロールパネル〉を使えば、マップエリアの思いの場所を無音にすることもできるけど、モノに付与できる静音術式も何かと使えそう。


 それと、全員の目のあたりには〈視力強化:レベル1〉の術式も見えるので、これもコピーして保存しておこう。僕には暗視や望遠機能を備えたカメラがあるので不要だけど、何かの役に立つことがあるかもしれないしね。


 カメラを引いて全体を見ると、調査団の規模はそれほど大きくない。

 6人の分隊5つで構成される30名の小隊が5つ。それぞれを率いる小隊長が前に立ち、団長と副団長らしき人がそれに向かう。


 総数157名か、精鋭部隊なんだろうね。

 この世界の軍事レベルを知るにはいい機会だよ。


「傾聴~御館さまより訓示ぃ~」

 まるで世間話でもするかのような呑気な調子で副団長が言った。


 軍隊って言えば大声を張り上げるイメージだけど……ちょつと拍子抜けだ。まぁ、深夜の作戦だからあまり大きな声を出さないというのもあるのかな。


 副団長の声が闇夜の中に吸い込まれ、辺りがより深い静寂に包まれる。


 兵士たちが一斉に視線を向けた先、谷側に築かれた城壁の上に燃えるような赤髪の男が兜を抱えて立っていた。

 調査団の団長を務めるアクィラ・タキトゥス、僕の父さんだ。


 声はもう聴きなれているけど、姿を見るのはこれが初めて。

 肩まで伸ばした波打つ赤髪に赤い瞳、トレードマークの顎鬚が凛々しい。調査通りのワイルド系イケメンだ。


 他の世界から来た僕からすると、領主が危険な調査に参加するのはリスクが大きい気がするけど、それこそがこの地におけるタキトゥス家の役目であり、当然のことらしい。


「これより第957回森林探索を開始する。探索範囲は外郭中域エリアまで、3日間の予定で行う。目的は魔物の生態調査だが、戦闘訓練も兼ねている。各自、日頃の訓練の成果を実戦の中で確認するように」

 兵士たちは微動だにせず耳を傾けている。


「なお、この調査で負傷した者はスワニーの治療が受けられる」

 兵士たちが拳を握り小さくガッツポーズをするのが見えた。


「が、わざと負傷するような不届き者は私が治療する。言っておくが治癒魔法はよく知らん」

 兵士たちがうな垂れ、肩が落ちる。


 父さんはその様子を満足そうに見渡すと、最後に一言付け加えた。


「怪我はともかく、誰一人死ぬことは許さん。以上だ」

 兵士たちが一斉に顔を上げて背筋を伸ばす。


 その後、緊急時の連絡方法の確認など、副官の人からいくつか連絡事項があり、いよいよ出動の時間となった。


“ヒューーーーーーーーーーーー”

 副官の笛の音とともに、兵士たちは城壁から渓谷の対岸に渡されたロープに向かうと、手首の辺りに付けられたフックをロープにひっかけて、次から次へと森に向かって滑り渡っていく。


 谷の幅は約100メートル、底までは50メートルほど。

 50メートルと聞くとそれほどでもない感じだけど、12階建てのビルくらいの高さがある、普通の人間なら落ちたらまず助からないよ? カメラ越しに見ているだけで下腹の辺りがスーッとして、お漏らししちゃいそうだ。


 兵士たちは対岸に着くと同時に6人ごとの分隊行動に入った。

 分隊長は一人だけ鎧の上から袖なしのローブ? サッカーの練習で着るビブスの裾丈を長くしたようなものを着ているのでよく目立つ。胸と背中に描かれた番号と紋章は、所属する小隊と分隊をあらわすものかな。


 マップを見ると、それぞれの分隊が横に広く展開してして行く。


「ひゃー早い、何このスピード!」


 動きがあまりにも早いのでカメラを近づけて確かめると、身体強化の魔法を身に纏っているのが見えた。


 鎧姿の兵士たちが足場の悪い森の中を100メートル10秒ほどで駆け抜ける様子は映画の特撮みたいで、重い鎧を着ているのに身のこなしはまるで忍者のようだ。


 25の分隊がそれぞれ100メートルの間隔をあけて全幅2.4キロメートルの隊列に展開するまで僅か2分、脱落者はいない。その統制の取れた動きと身体能力を見ると、なるほど僕の命を狙った庭師たちがタキトゥスの兵士を恐れていた訳がわかる。


 でも、5歳のヒルダ姉さんはこの兵士たちを軽く振り払っていたんだよなぁ……


“ヒューーーーーーーーーーーー” 

 再び副隊長の笛が響いた。

 調査開始の合図を受け、兵士たちが一斉に『暗い森』に踏み込んだ。


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