緑色の悪夢。または適応進化の果て

新巻へもん

ベガⅢ

 眼下に広がる星は美しかった。今では見る影も無くなってしまった地球の昔の姿もこうだったのだろうか。20世紀に初めて外から地球を見た宇宙飛行士は「地球は青かった」と言ったという。目の前のベガⅢは青と緑に白い雲がたなびき、いつまで見ていても飽きることがなさそうだった。


 しかし、いつまでも感慨に浸っている訳にはいかない。先に降下した降下陸戦隊のα小隊から連絡が途絶えて、2時間となっていた。降下艇の受信装置からの応答波が途絶えて30分になる。なにか深刻なトラブルが発生したのは間違いなさそうだった。


「チェン大尉。船長がお呼びです。ブリーフィングルームまでお越しください」

「ラジャ」

 インカムに応答して、休憩室を出て通路をブリーフィングルームに向かう。部屋に入ると調査隊の幹部が私を出迎えた。


 敬礼して気をつけの姿勢を取る。惑星探査船USRダーウィンのオードリー船長が着席するように身振りで示した。着席すると船長が重い口を開く。どうやらα小隊11名は絶望的な状態のようだ。着陸地点には分厚い雲がかかっており現在の状況は可視光線・赤外線ともに到達不能。別チームを送り込むしかないようだ。


「事前の観察では5メートル程度の大型の生物が確認できている。いずれも草食で大した脅威にはならないという判断が甘かったようだ」

 上空からの撮影で確認された最大の生物であるトリケラトプスに似た大型の獣のホログラフが浮かび上がる。角の数は2本だが鋭く、体は厚い頑丈そうな皮膚で覆われていた。この角と鎧は何のために存在するのか?


「チェン大尉。β小隊を率いて降下してくれたまえ。αチームの捜索をしつつ、当初の目的である環境調査をしてほしい」

「はっ。重火器の携帯の許可を頂けますか?」

 船長は一瞬考える様子をみせたが頷いた。


 ***


 降下艇は渓流のそばの空き地に着陸する。植物が密生しており近隣に適切な候補地が無かったためだ。現時点ではできるだけ惑星環境への負荷は避けなければならない。αチームの着陸地点からは3キロほど上流にあたる。周囲をスキャンして大きな熱源がないことを確認すると私は小隊員全員を集めて外に出た。


 装甲服の腕に装着した簡易計測器によれば大気の組成は地球に極めて似ている。ヘルメットを外して久しぶりの外気に身を晒したい衝動に駆られるが、まだ我慢しなくてはならない。サンプルを採集して母船の検査機で確認しないとどんな危険なものが潜んでいるか分からなかった。


 ヘルメットの中の部下たちは皆真剣な面持ちだ。油断なくエルコリン社製無反動機関銃タイラントを構えて周囲を警戒している。αチームと異なり、我々にはこの頼りになる相棒が居た。母船に積んでいるレールキャノンを小型化したこの機関銃は秒速500メートルでタングステン製の弾丸を発射でき、標的に確実に穴を穿つ。その分、残置した弾丸の環境への影響が深刻で緊急時にしか使用許可が出ない。


 1時間ほど進んだところで斥候役のジョーイ軍曹から連絡が入る。

「大尉。バスター曹長を発見しました」

 インカム越しにも分かる沈痛な口調から何が起きたか分かった。5分後我々の目の前に姿を現したのはαチームのバスター曹長だった何か。


 反射的に胃液がこみ上げてくるのを飲み下し、最大レベルの警戒を取るように指示する。バスター曹長は装甲服ごと半分になっていて、さらに顔があったはずの部分が無くなっていた。しかも、装甲服の内側から何かでこそげとったように肉体が消失している。バスター曹長の手にしていた自動小銃は全弾打ち尽くされていた。

 

「あの恐竜にやられたのでしょうか?」

「いや。あの角でやられたのら、大きな穴が開いてもこんな風に切断されるとは思えない」

 装甲服の切断面はまるでタイラントの掃射を受けたような無数の跡があった。


 それから、αチームの探査艇までに数人の犠牲者を発見する。いずれもバスター曹長と同じようにして絶命していた。崖の角を曲がると異様なものを発見する。まるで何かの形に剪定された植物の塊。それは探査艇の形状をしていた。それを見た瞬間、私の頭に天啓が閃く。


「総員。全速力で着陸地点まで退避!」

「大尉? どういうことで……」

 プシュシュシュという圧縮空気のような音と共に部下の声が途絶える。

「急げ。急げ」


 私は振り返りもせずに一目散に着陸艇に向かう。装甲服の両脚に装着された対地効果エンジンを稼働させ、足先からスカートが降りると地表を疾走し始めた。1分ともたないが、これで着陸艇が見えるところまで戻ることができる。ついてこれた部下は半数の5名にまで減っていた。


「大尉。あれは何なんです? ジョーイもマクロンもシャリーも一瞬で……」

「いいから走れ。着陸艇に着いたら緊急発進する。発砲をためらうな。我々以外で動くものを見たら撃て!」

 私は前方にそいつが脇の森から顔を出すと同時にタイラントの引き金を引く。


 黄味がかった透明な体液をまき散らしてそいつが吹き飛んだ。フウセンカズラに似たそれは次から次へと森から顔を出す。銃を向けるより早くその塊が弾け中から黒い塊がまき散らされる。

「伏せろっ!」


 ヘッドスライディングの要領で地面を滑りながらタイラントを乱射する。すぐに立ち上がり、飛行艇の入口へと向かった。あと50メートル。次々と現れるそいつを吹き飛ばしながら、入口のパッドをもどかしく操作する。背後ではタイラントの発射音が続いていた。


 ピッ。電子音と共に扉が開く。中に駆け込む。

「扉から離れろ」

 最後まで外を警戒していたヒラタの首根っこをつかむようにして中に引きず込み。壁に身を寄せて、閉ボタンを叩くようにして押す。


 ガンガンガン。厚さ10センチの複合装甲扉が閉まる。中には私を含めて4名。バッシュ伍長は肩から血を流していた。廊下の内壁にはいくつかの物がめり込んでいる。紡錘形の黒い塊。苦しそうな顔をしながらバッシュが問う。

「大尉。あれは何なんです?」


「……たぶん、この星の植物の種子だ。あいつらはこうやって、この星を……。そんなことより緊急発進だ」

「残りの者は?」

「やむを得ない。このままでは我々も危険だ」


 コクピットに駆け込み、装甲服のまま操作をする。船外モニターを蔓が覆い始めていた。シートベルトをしめるのももどかしく、全員の着用を示すサインが点くと同時にメインエンジンとサブエンジンに点火する。本来なら不要なサブエンジンの炎が必要だった。


 まとわりつく蔓が一瞬にして燃え落ち、船はベガⅢの重力に逆らって上昇を始める。いつもは体験しない猛烈なGにシートに縛り付けられながら、後方を映し出すモニターに100メートル近く伸びる蔓が映っているのを眺めた。


 上昇とともにGが弱まり、私は安堵の吐息を漏らす。同時に怒りがこみ上げてきた。この稼業に危険はつきものだが、7名もの部下を失ったことに歯ぎしりする。生き残った部下にねぎらいの言葉をかけるが、伍長から返事がない。

「バッシュ伍長?」


 私の視線の先ではシートに固定されたバッシュ伍長の肩から緑色のものが這い出し始めていた。

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