第2夜  闇喰いとあやかしと人間

 ーー展望室は、異様な空気に包まれていた。


 目の前には、三体の“あやかし”。


 だが、それは産み出された“異形種”。

 人間の腹の中で、その生命を宿し産み出された者達だ。


 正確には……“喰い破った”


 女性の胎内に入り込み巣食い、養分を吸い取り成長した“新種”は、恐ろしい程に異形な姿であった。


 今までにこんな姿をした者達は、葉霧も楓も見た事がない。


「さて。少しは楽しめると思いますよ? ただ、巣食い狂暴化させるだけの存在では、無いですからね。コイツらは。」


 斑目の身体は浮く。


「一つの“命”。つまり、“あやかし”なんですよ。」



 徐々に離れてゆく。

 楓たちから。


「また逃げる気か?」


 楓の蒼い眼が、斑目を追う。


 浮かびながら、ほくそ笑む。


「まさか。ちゃんと“お相手”しますよ。この上でお待ちしております。無事に来れるといいですがね。」


 斑目の右手が、宙に黒い円を創り出す。三体のあやかし達は、楓たちの方を向き見下ろしている。



 楓は夜叉丸を握りながら、黒い円の中に吸い込まれてゆく斑目の、姿を見ていた。



 穴の中に侵りこむかの様であった。



「楓。葉霧。」


 灯馬が口を開く。


 葉霧はその声に振り返った。


 そこには灯馬と秋人がいた。

 二人とも、真剣な顔をしている。


「どうした?」


 葉霧は余りにも真剣なその表情に、驚いたような顔をした。


「ここは任せろ」


 秋人がそう言ったのだ。


「!」


 葉霧の眼は、見開く。


「上に行け。俺らで何とかする。終わったら直ぐに追いかける。」


 灯馬は、そう言った。

 その顔は少しだけ笑った。


 葉霧の顔も強張っていたからだろうか。

 それを和ませる様にしたのかもしれない。



「そうね。街の人たちの事も気になるし、楓。葉霧。直ぐに追いかけるから。」


 と、沙羅がそう笑った。



「うん。楓ちゃん。」


 水月もまた、笑った。



「わかった。」


 頷いたのは楓だ。


 葉霧も直ぐに頷く。


「無理はするな。」


 と、そう言った。



「大丈夫だ。それなりに鍛錬してんだよ。俺らも。」



 と、灯馬が言うと、秋人も笑う。


 フッ……と。


「あやかしがネットが得意だとはな。知らなかった。」


 秋人はそう言ったのだ。


「そうか」


 これだけで十分なのだ。

 この人達は。



 楓と葉霧は、上へ向かう。


 その為にエレベーターに乗り込む。


 勿論、お菊とフンバも一緒だ。



 灯馬たちは、エレベーターの扉が閉まるのを見ていた。


 動きだすのを知ると、前を向く。


 三体のあやかし達と向き合う。



「ここは……“団体戦”と行こうじゃねぇか。」


 灯馬は右手に紅炎を纏う。

 紅く燃えるその炎が、右手を包む様に纏うのだ。



「そうだな。」


 秋人は金色の光だ。

 それを右手に覆わせた。



「水竜!」


 水月が叫ぶと、水色の光が彼女の身体を包む。


 その背後に現れる巨大で美しいエメラルドグリーンの、龍。

 水竜だ。


 長い身体をくねらせながら、その姿を現した。



「なんか凄いね。こんなの見た事ないけど。“妖気”は感じるから、あやかしだね。」



 声はとても低く太い。

 それに顔つきもシャープではあるが、龍だけあってそれなりに強面だ。 


 それでもその話し方は、子供っほい。



「新種のあやかしだって言ってたわ。“人間が産み出した”とも。」


 と、水月は水竜の横に立つとそう言った。


「ふーん。新種ね。」


 水竜は全く興味なさそうにそう言ったのだ。


 水月は少しだけ、軽くため息ついた。



「じゃ。さっさと片付けて……楓と葉霧の所に行きますか。」


 沙羅は、右手に大鎌を出した。


 シュン……と、どこからともなく現れる三日月の形状をした、大きな刃を持つ大鎌だ。


 隣で新庄は、胸元から拳銃を取り出した。



「拓夜さん。あんまり無茶しないでね。」


 と、言ったのは夕羅だ。

 その左手には、虹色の弓が掴まれている。

 形状もすっかりちゃんとした弓であった。


 今までは雲の様にふわっとした形状だった。



 だが、コンポジットボウさながらの、小型ではあるが、両端反り上がった頑丈そうな弓であった。



「大丈夫だよ。僕もこれでも訓練はしてるからね。」


(射撃訓練だけど。)


 と、新庄は軽く笑った。



 黒い身体をした、あやかし達。


 牛の頭に人間の身体。

 鎧を着た大柄な牛の獣人。

 その手には三叉の槍、


 それに、蛇の頭をしたコウモリの身体を持つ者。


 さらに、怪鳥だ。


 どれも軽く三メートルは超えている。

 巨大だ。



「こんなのが人間から産まれるとはな。」



 秋人は、目の前の異形な姿に目を見張る。



「葉霧の話しだと……出て来た時は、こんなんじゃねーんだと。腹ん中にいられるぐれーの大きさなんだとさ。」



 と、灯馬が補足する。

 すると、秋人は



「俺は聞いてねーぞ?」


 と、軽く睨みつけた。


「お前らアメリカ行ってただろーが。」


(嫉妬が激しいんだよ。)


 灯馬は苦笑いする。


 秋人は自分だけ知らないのが、許せないのだ。


 チッ……


 舌打ちすると



「アレも葉霧の代わりだけどな。」


 と、そう言った。

 少し不貞腐れている様子だ。


「聞いたよ。それ。葉霧は一ヶ月近くも留守に出来ねぇから、断ったんだろ。こんな生活してればそうなる。」


 灯馬がそう言った時だ。



「疾風!!」


 夕羅の弓矢が飛んでゆく。

 虹色の風の矢だ。

 それは疾風の如く、黒い怪鳥に向かって放たれた。


 先の尖ったクチバシ。

 それを開けると火を放つ。


 大きな口から吐き出される火炎放射。

 それは夕羅の弓矢を焼く。


 だが、夕羅はにこっと笑う。



「風は火に強いのよ。」



 口元で風の矢に煽られた炎が、怪鳥のクチバシを焼く



 ギエッ!!


 風を纏っているから膨張させる事が出来たのだ。



 水竜は、蛇の頭をしたあやかしめがけて、波動砲を放つ。


 シャープな口元から、放たれる蒼白い波動砲は威力が凄まじい。


 大きな渦を描きあやかしに直撃する。


 コウモリの羽を広げたままで、地面に落下する。


 そこにすかさず“秋人の#大地の隕石__アースインパクト__#が、

 降りかかる。


 土の塊。

 岩石が落ちたあやかしの身体に、降るのだ。


 まるで、隕石が落下するかの様な状態で。


 押し潰されたあやかしが、動く訳もなく。


 沙羅は、直様、牛の頭をした獣人に向かう。


(みんな、そこそこやるけど。力を継いだのは、つい最近だって聞いた。それなら……スピード勝負!)


 沙羅や楓、葉霧とは違い。


 灯馬たちは経験が浅い。

 力の使い方もどうなのかわからない。


 沙羅は不安だった。


 だから、この勢いで倒してしまおうと踏んだのだ。


 だが、三叉の槍か沙羅に突き出される。


 それもかなり長い。


「!」


 沙羅は咄嗟に、大鎌を振った。


 薙ぎ払う。


 緑風のカマイタチが、牛の獣人に向かって放たれた。


 真っ直ぐと。


 それを、三叉の槍を地面に突き刺すと、その槍からは波動が放たれたのだ。


「きゃあ!!」


 それは、円形に突風を巻き起こした。


 沙羅の身体はふっとばされた。


「沙羅ちゃん!」


 新庄が、咄嗟にその身体を受け止めた。


 二人揃って飛ばされる。


 壁に激突する。



「なんかすげー技持ってんな。」


 灯馬は紅炎を纏う右手を、あやかしに向けた。


「夕羅! 水月! そっちは頼むぞ」


 秋人は怪鳥を前にする二人に叫んだ。


「任せて!」


 夕羅の返事だ。

 水月も強く頷く。



 灯馬と秋人は、牛の獣人だ。


 目の前で波動を出した槍を、地面から抜いた。


 それを持ち構えると、秋人と灯馬を見下ろす。


 頑丈そうな鋼鉄の鎧。


 黒く光る眼は、二人を見据え槍を持ち向かってくる。


 振り上げた槍を、振り下ろすだけでも風が起きる。


 旋風巻き起こる。


 地面に穴が空くほど、力強く振り下ろした。


「くそ……」


 灯馬と秋人は、強風に煽られ体制を崩していた。

 吹き飛ばされはしないが、倒れそうになったのだ。


 そこに、上から振り下ろされる槍。


 だっ!!



 飛び上がったのは沙羅だ。


 大鎌を構え振り下ろされる槍に、カマイタチを放つ。


 本来なら切れ味よく槍をぶった切るのだろうが、あやかしの持つ槍は、頑丈だった。


 カマイタチを受け止めた。


「なんて力……。槍にガード掛かってるってわけね。」


 沙羅は着地する。


 槍はカマイタチを受け止めたまま、横に薙ぎ払われる。


 ガシャーン!!!



 分厚いであろう展望室の窓ガラスを、突き破ったのはカマイタチだ。


 そのまま上空に飛んでいった。


 やがて消える。


 窓ガラスが割れたことで、突風が入り込む。


 展望室に強い風が舞う。


「力勝負なら俺らだな。沙羅とか言ったな」


 と、灯馬は前に立つ沙羅に声をかけた。


「なに?」


 沙羅は振り返る。


「ここはいい。上に行ってやってくんねーか? 時間掛かるかもしんねー。」


 灯馬がそう言ったのは、怪鳥も水月と夕羅は苦戦している。


 水竜の波動砲でも倒せない様子だ。


 それでも夕羅が、風の力を使い戦っていた。


「でも……」


 と、沙羅は目の前の槍を持つあやかしに、視線を向けた。


「人間がいるなら助けだすヤツも必要だ。“東雲”がいるかもしんねーんだ。楓を残して葉霧も離れらんねー。頼む。」


 灯馬は沙羅を強く見つめた。


 秋人は、水月たちの方に駆け寄っていた。


「わかったわ。いい? 無理はしないでね。」


 沙羅は念を押すと、壁に激突して伸びてしまっている新庄の方に、向かった。



「灯馬。」

「秋人がコッチに行けって。」


 水月と水竜が、どうやらバトンタッチされた様子。


 夕羅と秋人で、怪鳥と戦っている。


 灯馬は、水月と水竜を見ると



「んじゃ。さっさと片付けるか。楓と葉霧の所に行かねーとな。」


 と、そう笑ったのだ。


「うん。」


 水月は強く頷いた。



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