第9夜  鬼岩岳

 ーー鬼岩岳きがんだけは、その名の通り岩がゴロゴロとしている、少し岩肌の多い山であった。


 木々も生えてはいるが、地肌の見える険しい山。

 人が余り入らないのか、道すらもない。

 岩を登るように進むしかなかった。


 ただ楓にしてみれば、飛んで跳ねて行けるのでお気楽な登山である。


 岩を飛び越え山を登る。


 この山に入った時からーー“気配”は、感じていた。


(上の方だ。空幻の話だと“闇喰いの巣”も、上だったな。)


 空幻は、怪我をした神楽を民宿に置いて来ていたので、楓が同行を断った。


 空幻は渋っていたが、無理矢理帰したのだ。


 傾斜もかなり急だ。

 葉霧がいたら抱えて運んでいたであろう。


 人間には装備がないと、登れない。


 頂上までもう少しと言うところであった。


 岩に囲まれた地に、その者はいたのだ。


 背中に大きな刀剣を背負った男であった。


「ん?」


 木すらも生えていない岩山。

 大きな岩の上に足を乗っけて立っていた。

 砂利と岩しかない開けた地。


 振り返ったのは、赤黒い肌をした“鬼”であった。

 頭の上には白い角が二本。


 その者は紅い髪を肩まで伸ばしていた。

 少しウェーブ掛かっている。白い道着に似た服装に、黒い羽織り。大柄な鬼であった。


「鬼の棲み家とは良く言ったもんだ。多いな。」


 と、鬼は笑う。

 下顎から覗く鋭い牙が二本。


「てめぇが“タタラ”か?」


 楓は背中に背負う夜叉丸に手を掛けながら、そう言った。


(アレか。“岩”。けど壊されてんな……)


 楓はタタラが足を乗っけているその岩に、視線を向けた。

 封印を施された様な御札が、岩に貼ってあった。

 だが、その岩は倒れ崩れている。


 墓石と言うより本当に供養の為に、建てられた岩の墓。であったのだろう。

 しめ縄と紙垂しでも岩に掛けてあった。


 そこに御札が貼ってあったのだ。


「如何にも。お前が“楓”か。」


 タタラーーは、大きな刀剣に手を掛けた。

 その刀は鎌の様に曲線描く刃をしていた。

 大きな刃は、この岩すらも斬れそうなほど鋭い。


「東雲の“仲間”だな?」


 楓は刀を握る。

 タタラの自分を見下ろす金色の眼を、見上げた。


「少し違うな。“目的共有者”。そんなところだ。」


 タタラは体格からして、巨体だ。

 強靭な姿だ。三メートルはあるだろう。


 それでも鬼神の嵐蔵よりは小さい。


 筋肉質で大きく見えるだけだ。


「てめぇら……この現世で何をしようとしてんだ?」


 楓はタタラを睨みつける。


幻世うつせにも飽きてきたからな。人間どもを殺して喰うのも、中々面白いだろうと思ってな。」


 タタラの金色の眼が、楓の小柄な姿を映しこむ。

 曲線描く刃を、振り上げる。


「よーは……“ヒト喰い”してぇだけか。ふざけんな!」


 楓は飛び出した。


 夜叉丸を握りーー、タタラに向かってゆく。


 たっ!


 楓が飛び上がり、タタラは刀を構える。


 先ずは両者の相対。


 刃と刃をぶつけ合い、力比べ。


 振り下ろす楓の刀の刃は、鎌の様な刃にぶつかり跳ね返される。


 楓は軽く飛び後ろに着地する。


「なるほど。力はそこそこ。その身軽さで生きてきたわけか。」


 にやっと笑うタタラの口元から、牙が覗く。


「そーやってナメてきた奴らは、みんな死んだんだ。オレに殺されるんだよ! てめぇも!」


 楓は刀を握り踏み込む。


 瞬時にタタラの足元に入り込む。


(身軽だな。速い)


 タタラは真下にいる楓に、刀を振り下ろした。

 だが、楓はまるで消える様にそこからいなくなった。


 ガンッ!


 タタラの刀は岩の地面に振り下ろされた。

 刃が、岩にぶつかる。


 楓は頭上にいる。


「死にやがれ!!」


 タタラの頭の上に刀を振り下ろした。


 ガンッーーと、鳴った気がした。

 頭にめり込んではいるが、タタラの頭部は刀が入り込まない。

 まるで、岩を叩いた様な感触だった。


 楓はにやっと笑うその歪む口元に、ばっ!!と、刀を引きタタラから離れた。


 タタラは少し離れた所に、着地する楓を見ると地面にめり込んだ刀剣を引き上げる。


「その程度の“斬撃”など効かぬ。」


 鎌の様な大きな刀剣を肩に乗せる。

 右肩に担ぐように乗せ、楓を見下ろす金色の眼。


(なんだ? 頭をぶった斬ったつもりだったが……硬い岩みてぇな感じだった。コイツ……思ったより“厄介”だな。)


 楓は夜叉丸を強く握る。

 蒼い眼は、赤黒い鬼を見すえていた。


「お前程度の“鬼”なんぞ幻世うつせには、吐いて腐る程いる。そう簡単に俺を殺せると思うなよ。人間に媚を売る腐った鬼娘が。」


 じゃり……草履を履くその大きな足が動くと、地面の砂利を踏む音がする。


 岩の屑だ。

 鬼の為に供養に建てられたその墓の岩。


 楓は踏みつけるその右足を見つめた。


「てめぇも鬼なら、“墓前”で謝れ! そこには仲間が眠ってる! それを平気で踏みつけるその“心根”が腐ってんだよ!」


 楓は夜叉丸の刃を向けた。


 フッ……


 タタラの口元が歪む。

 馬鹿にした様な笑みを零した。


「仲間? 退魔師なんぞに殺される“負け犬”に掛ける言葉なんかあるか? 掛けてやるとしたら“ざまぁみろ”だな。」


 楓はそれを聞くと駆け出した。


「てめぇも“墓石”してみてーにしてやらぁ!!」


 真正面から向かってくる楓に、タタラの金色の眼は鋭くなる。


「馬鹿のひとつ覚えか。生温い世界で生きてるとそうなるんだな。憐れだ。」


 正面から向かってくる楓に、タタラは刀剣を薙ぎ払う。

 刀の刃は横一直線。


 楓を切り払うかの様に飛ぶ。


 楓は刀剣の刃を軽く飛んで避けると、夜叉丸の刃に鬼火を纏わせた。


「ん?」


 タタラは振り下ろされるその刃を見上げた。

 蒼い鬼火を纏った刃が、右肩から切り下ろされた。


 楓は頭を狙ったが咄嗟に、タタラが半身後ろに退いたのだ。


「ぐっ……!」


 蒼い炎で斬りつけられた右肩から、血が噴き出した。

 炎で焼かれるその肩。


 楓は着地すると鬼火を纏う刀を握り、タタラの両足を狙う。


 タタラは刀剣を振り上げ振り下ろす。


 楓の身体を包む鬼火。

 その反面で、両足は炎の刀で薙ぎ払われた。


「鬼娘がっ!!」


 切り下ろした筈の楓から、握る刀剣。

 そこから一気にタタラの身体を蒼い鬼火が包んだ。


 切り払われた両の足は、切断こそはされないが脛元から血飛沫が上がる。


 蒼い炎で焼かれる。


 全身に点火する様に蒼い炎がタタラを包み焼く。


 だが、タタラは刀剣を振り上げた。

 真下にいる楓を見下ろす。


「そろそろ冥府へ逝ったらどうだ?」


 楓は蒼い炎を纏う夜叉丸をタタラの腹元に突き刺した。


 振り下ろされるタタラの刀剣は、楓の身体に触れる前に止まった。何故なら楓が突き刺した腹部から、タタラの身体に上塗りする様に蒼い炎が、吹き荒れたからだ。


 焼け焦げていく肉の臭いが辺りを包む。


 タタラの身体の内部から炎は、燃え広がったのだ。


「ぐあ………」


 ブシュ……


 夜叉丸を引き抜けば、血飛沫。

 それを楓は顔に受ける。


 飛び散る血と焼け焦げていくタタラの身体を、楓は見据えていた。


 鬼火ーーは、タタラを焼き尽くす。

 その身を全て。


「お前が墓石になる番だ。」


 楓の蒼い眼は、不気味に光を煌めかせた。


 タタラの刀剣。

 全身を焼き尽くした蒼い鬼火は、やがて消えてゆく。


 鬼岩岳に静かな風が吹く。


 楓はぶんっ! と、血を払う。

 夜叉丸を振り下ろして。


 蒼い鬼火もいつしか消えていた。


 壊れた鬼の眠る墓石を、楓は見つめていた。




 ✣



「そうか。“闇喰いの巣”は、もう……」


 楓は明日葉にいた。


 広い和室では布団が敷かれている。

 その枕元には行灯の光。

 淡いオレンジの光が、その布団で寝入る者を優しく照らす。


 神楽はその身体を床に伏せていた。

 熱があるのか、額には白い手ぬぐい。

 それを置かれ紅い顔をしながら、眠りについていた。


 可愛らしい顔をした子鬼だ。

 頭の上にはきちんと角がある。白い角だ。


 黒髪も今は降ろしていて、枕の上で流れる。


 楓はその姿を正座しながら見つめていた。

 脇で。


 その隣には空幻がいる。

 木の桶には氷水。


 ちゃぷ。と、空幻は手ぬぐいを絞る。


「けど、殺してきた。神楽……。早く良くなれ。」


 楓はまだ幼い顔をしたその寝顔を見つめていた。

 空幻は、額の上の手ぬぐいを取り替えた。


「大丈夫だ。傷の具合は良くなっている。久々に“力”を遣い、そっちの方が大きいんだ。寝ていれば良くなる」


 取り換えた手ぬぐいを桶に浸す。

 脇に置いてあるタオルで手を拭きながら、空幻はそう言った。


「そうか……」


 楓は神楽の真っ赤な頬に手をのばす。

 柔らかなその頬は、熱い。

 そっと指で撫でた。


 夕暮れが迫る頃であったーー。








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