カクヨム・コネクション

草薙 健(タケル)

カクヨムから拡散する種

「よし、公開っと……!」


 私の名前は種田たねだ真麻まあさ、大学院生だ。日本へ戻る長距離フライト中に書いた小説の続きを推敲し、ついさっき最新話をカクヨムに投稿したばかりだ。


 趣味は映画鑑賞と小説を書くこと。でも、最近は暇さえあれば小説を書いている。


 私が今カクヨムで連載している異世界転生ものはちょっとずつ固定ファンがついてきており、順調にPVを伸ばしていた。


 なぜ海外にいたかと言うと、学会に参加するためだ。学会中は忙しかったが、折角のヨーロッパだ。この機会を逃す手はない。私は積極的に街や観光地に足を運び、スマホで写真を撮りまくった。


 その成果を早速作中に取り入れてみた。読者のみんなには伝わるだろうか。


 ベッドに寝転びながらそんなことを考えていると、スマホにお知らせが表示された。


『アメリカン・スナイパーさんが応援しました』

『アメリカン・スナイパーさんがコメントしました』


 お、早い。最初のコメントは今回もこの人か。


 私は早速コメントを確認した。


『こんにちは。ヨーロッパのふいんき? ベリーグッド! わたしつつききはやくよみたい思う』


 ところどころ間違ってる言葉。明らかに外国人が使いそうなつたない日本語。


 しかし、コメントの内容は私の期待通りで心をくすぐる。


 このかたは、私が小説を更新すると必ずと言っていいほど一番最初にコメントをくれる。


 スナイパーさんは所謂いわゆる読み専だ。


 ユーザーのフォローは私一人。小説のフォローも、全部私の作品。


 完全に、私の専属。


 ありがたい話だ。夢のようで本当に嬉しい。


 私は彼のコメントやレビューを読むたびに心が躍った。


 どんな人なのかな。やっぱりアメリカ人? そう言えば同じタイトルの映画があった気がするけど見たことはない。

 男の人かしら。なんで私の小説が好きなんだろう。


 あぁ、とっても気になる。いつか直接聞いてみたい。


 ■


 ある日のこと、ツイッターにDMダイレクトメッセージが届いていることに気がついた。


『こんにちは。 あなたのツイッターアカウントを見つけました。 私はあなたについて来ました。 ありがとうございました! :-)』


 一瞬、『ついて来ました』という一文に心がざわついた。


 まさかストーカー?


 しかし、その思いはすぐに消えた。ツイッターからの通知に、アメリカン・スナイパーからというお知らせがあったからだ。


 正直、びっくりした。


 ツイッターのアカウント自体はカクヨムに登録してあるので、私のアカウントを探すこと自体は簡単だ。それでも、読み専がDMを送ってくるなんて都市伝説だと思っていたので、私は何の変哲も無いフォロー報告にすら感激した。


 このときから、私とスナイパーさんとの交流が始まった。


 彼はやはり外国人だった。アメリカに住む二十代で、ハーバード大学出身。日本のアニメが大好きだと言う。今日本語を猛勉強していて、カクヨムで小説を読み始めたのもそのためだそうだ。


 最初は小説の中身についてをやりとりするだけだったが、次第にお互いの私生活についても話すようになった。


『まあさちゃんの仕事は何ですか?』

「大学院生」


『彼氏はいる?』

「いません」

『= O』


「なんで私の小説が好きなの?」

『とてもさわやかな気分になれる。最近の日本語だとほっこりって言うのかな』


「最近アニメは見てるの?」

『見てないです。あなたの小説読んでる方が楽しい ; ) 』


「自動翻訳は使わないの?」

『使わない。勉強にならないです』


 彼は好奇心が旺盛で、日本について分からないことがあると私にたくさん質問をしてくる。それに対して、私は誠心誠意答えた。


 やりとりを続けている内に、彼の日本語はメキメキと上達していった。

 私は、そんな彼にちょっとしたときめきを感じ始めていた。


 ■


 転機が訪れたのは、彼とやりとりを初めて数ヶ月後のことだった。いつものように研究室で実験の準備をしていると、私の指導教官がやって来てこんなことを言い出した。


「おい、種田。アメリカの学会があるんだが、行く気はないか?」


 もちろん、私は二つ返事で承諾した。そして、そのことを彼に報告した。


「私、学会でアメリカに行くんだけど」

『どこ?』

「テキサスのオースティン」

『本当? ボクの住んでる近くだよ!』


 そこから話はトントン拍子で進んだ。

 彼と現地で会うことになり、私の心は躍った。


 日本でもしたことがないのに、初めてのオフ会がアメリカだなんて。しかも二人だけの。あぁ、楽しみすぎる!


 そして当日。

 私が緊張してホテルのロビーで彼のことを待っていると、ある男が私に話しかけてきた。


「真麻ちゃん?」


 ライフルの描かれた白いTシャツを来ている。事前に打ち合わせしていた目印だ。


「……アメリカン・スナイパーさん?」

Yeah !!そうです! I haveずっと been waitingお待ちして for you !いました! Welcome to Austin !!オースティンへようこそ!


 黒人だった。

 勝手に白人だと思い込んでた。なんでだろう。

 ショートのアフロヘアーはそつなく手入れされており、鼻の下に伸ばしているオーランド・ブルームばりの口ひげがダンディーさを演出している。

 両耳にピアス、首からは金色のネックレス。背は高くスリムであり、正直言ってとてもハンサムだった。


 私たちはすぐに意気投合した。


 スナイパーさんはこの近くに住んでいるだけあって、オースティンのことを本当によく知っていた。色んなところへ連れて行ってくれた。


 州議会議事堂、バートンスプリング、トラヴィス湖、シックスストリート――


 小説にアメリカ風の国を登場させて、西部開拓の話をベースにした新しい章を作ってもいいかもしれないなー。


 私はそんなことを考えながら、やっぱり写真を撮りまくっていた。


 ちなみに、学会は自分の発表以外は全部すっぽかした。まぁいいでしょ、学生だし。


 お昼はワイルドなバーベキュースタイルのお店、夜は高級感のあるレストランなど、私のために一生懸命考えてくれたんだろうなというよりどりみどりなチョイス。飽きることがない。


 私は、二日も経たないうちに彼の虜になっていた。


 しかし、彼は紳士だった。


 他の女の子のお尻を追いかけていそう、などといったチャラい感じは一切無い。私に手を出そうとい素振りは微塵も出さない。


 そこがまたいい。最初からいきなりがっつかれたら流石に引く。こうやって適度な関係を保ちつつ、徐々に距離を縮めていきたいものだ。


 そして、日本へ帰国する日。


「これ、プレゼント」


 空港で彼から渡されたのは、三十センチメートルほどもある綺麗にラップされた大きな箱だった。開けてみてと言うので、私はその場で開封した。


「すごーい……」


 フィギュア人形だった。ただの人形でないことは、すぐに分かった。


 これは、私の小説に出てくる主人公のイメージにピッタリじゃないか。


「自分でデザインしたんだ」


 スナイパーさんは、少し照れた表情を浮かべながら私の方をちらっと見た。


「ありがとう!」


 私は思わず彼とハグをしていた。


 あぁ、なんて素敵な人なんだろう。もうお別れしないといけないなんて辛すぎる。


 彼はギュッと私のことをハグし返してくれた。


「まあさちゃん、君に一つ頼みがあるんだ」

「何?」

「実は、日本に住んでる友人がボクのフィギュアを欲しがってるんだ。ついでにもう一個、持って帰ってくれないだろうか?」

「もちろん、いいわよ」


 そして、私は日本へ帰国した。


 ■


 それから一週間ほどして、スナイパーさんの友人から連絡が入った。「今から○○駅に向かうから、フィギュアを持ってきてくれないだろうか」と。


 突然の連絡に困惑したが、そのときはたまたま暇だった。私は大学から一旦家に戻り、未開封の箱を持って指定された駅へ向かった。


 いつも通り、せわしなく人が行き交う駅の改札前。


 私が駅前で小説を読みながら待っていると、「待ちましたか?」と明らかにイントネーションがおかしい黒人の男が声をかけてきた。


「スナイパーさんのお友達ですか?」

「ザッツライト」


 英語の発音がネイティブではない。スナイパーさんによると、彼の友達もアメリカ人だと言う話なのだが。


「これ、あなたのお友達に頼まれていた物です」

「サンキュー、サンキューベリーマッチ」


 男はそう言うと、さっさと立ち去ろうとした。

 あら、なんとも失礼な男だ。折角アメリカから物を運んであげたのに、お礼のティータイムもないのかしら。


 そのとき、事件は起こった。


 私とその男は数十人の人たちに取り囲まれ、手を掴まれて拘束された。


 え? 何? 一体何が起こってるの!?

 こんな白昼に堂々と誘拐!?

 そんなまさか! ここは日本よ! なんで誰も私のことを助けてくれないの!?


 そして、私の目の前に立った強面の男が、ある紙を私に見せながらこう宣言した。


「警察だ!! 麻薬所持及び違法取引の容疑でお前を逮捕する!!」


 ■


 私は利用されたのだ。麻薬密輸組織に。


 取引のブツは


 末端価格にして、およそ三千万円。


 大麻の種は、フィギュアの中に隠されていた。

 最近は取り締まりが強化され、覚醒剤そのものを直接密輸するのはリスクが非常に高くなっているらしい。そこで、検査でばれにくい大麻の種が世界中に拡散しているという。日本は密輸の主なターゲットなのだとか。


 私が撮った写真から判明したことは、スナイパーさんもその友達もアメリカ人ではなくナイジェリア人だったと言うこと。

 もちろんハーバード大学なんて卒業していないし、彼はテキサス州から遠く離れたミシガン州に住んでいた。


 彼の経歴は全て嘘だったのだ。


 このように、時間をかけて『恋愛関係』を築き、相手を信頼させてから密輸の片棒を担がせる手法を『ラブ・コネクション』と言うのだそうだ。

 彼らは、私のような運び屋には中身が何であるか一切伏せて密輸させる。そうすることで挙動不審になることもなく、発見されるリスクが低くなるらしい。


 私は、自分がやってしまったことに対する罪の意識と、これからどうなってしまうんだろうという不安で胸がいっぱいになり、取調室の中でひたすら泣き続けるのだった。


(了)

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