カタリ、継ぐモノ(たち)

人生

 巡教/殉教、あるいは伝道師《ミドラーシュ》の生い立ち




 この世界は病んでいる――



 僕は人の話を聞くのが好きだ。

 まるで住む世界の異なる人々の、嘘のような本当の話。

 彼らの言葉がどこまで真実なのかは知れないけれど――それを経験した時、僕は彼らの言葉を思い出す。


 とある名も無き雇われ用心棒は言っていた。俺が人を殺すのは、自分が生きていることを実感するためだと。

 この世界は生と死の境が曖昧で――なんでも、死体が人を襲う国があるらしい――だから、他人を殺すことでしか自分の生を確かめられない。


 確かにそうだ。他人の死を見たとき、僕は自分が生きていることを実感した。

 はじまりは銃声。そして雄叫びと絶叫、断末魔。

 死に行く彼らを見て、僕は自分の生を強く意識した。


 僕は、生きている――まだ、殺されてない――


 だけど……あの人の感覚と、僕の主観の相違がそこで明らかとなる。

 それが、人の話を聞く楽しみの一つ。

 この世界には、僕とは異なるものを見ているモノがいると実感する。


 生と死の境界は、実にはっきりしていた。

 冷めて動かなくなった死体と、未だ激しく脈動する僕の心臓。もはや何も感じない彼と、死にたくないと必死に生きる僕との境界。



 あの日、僕は『天使』を見た。




                   ■




 セントラル・ロンドは美しい街だ。


 反吐の出るような薄汚さを偽善に隠した、本当にきれいに見える街だ。


 僕は両親を失うまで、この世界は優しく穏やかで、誰もが平和に幸せに暮らせるものだと信じていた。


 ……確かに、優しく穏やかな空間はあるのだろう、そんな時間もあるはずだ。

 僕を見捨てた人たちにも愛する誰かがいて、その人に対しては嘘偽らない本音を見せるはずだ。


 そうでなければ、あの街は汚物を白く塗り潰しただけの幻だ。


 両親を失い途方に暮れた僕は思い出す、あのドームはこの街のお墓なのだと。

 大切なものを喪った人たちのお墓――そこに両親はいるかもしれない。それが僕の転落の始まり。


 白い街の景観を噛み砕くように造られた巨大なドーム――中には、聖人たちの秘密汚点が詰まっている。


 白く柔らかな世界にいた幼き日の僕にとって、初めてのドームはまるでこの世の地獄で――転がり落ちた先で、臆病者スクワードと出逢ったのだ。


 ――薄汚れてはいるが、お前はきれいな目をしている。きっと元は、きれいな身なりをしていたんだろうな。


 わしはモノを見る目だけは優れている――その人はモノを見極める目に優れていて、自分の周りを最高のものだけで固めていた。

 自分が低俗な豚(本人が言っていました)だと弁えているからこそ、着飾って己の弱さを隠しているのだと。


 その人はクズ野郎だ。決して善人ではないけれど、


「わしがお前をあの街の王にしてやる。薄汚れた塗装を引きはがし、剥き出しのコンクリをわしらの色で塗り潰す。破壊し蹂躙し尽くした後で、あの街に見捨てられたボロ雑巾みたいなお前を玉座に据えて笑ってやる」


 クソみたいな悪人だけど、彼は、彼らはそのことに誇りを持っていた。

 上っ面だけの街の人たちとは違う、薄汚れていても、彼らは必死に生きている。


「ボスが王様にならないの?」


「馬鹿を言え。王様なんて真っ先に狙われるだろうが。わしは裏でお前を操り安全に暮らすんだ。死ぬのはお前だ、わしが拾ってやったんだからわしのために死ね」


 臆病者は口だけは達者で、そういう妄言ジョークをいつも僕に語って聞かせていた。


 彼には街に〝単独ファミリー〟で挑む度胸はない。


 だけど――静かに息をひそめ、再起革命の時を待っている。

 ハゲだしデブだし脳みそまで贅肉の塊だけど――その意志は強く、だから彼は一つのファミリーをまとめあげていた。


「お前らはわしのために生きてるんだからな、必要な時にはちゃんと死ねよ。金は払うから」


 そういう訳でスクワードさんはクソ野郎だけど――僕にとって彼らは家族ファミリーだったんだ。


 彼のために死ぬなんて冗談じゃないが、どうせ死ぬなら彼らのために死のう――



 そう思っていたのに。



 ……ほんとに、クソ野郎だ。嘘つきは死んで地獄に落ちろ。



 ――この世界は、病んでいる。



 僕から奪い、与えておいて――また奪うのだ。


 そして与える。


 まるで洗脳するように。

 まるでかまってくれと言わんばかりに。



「わたしの天使を分けてあげる」



 あっという間に全てを奪ったそいつは言った。

 いや、声はしなかった。口が動いた。声にもならない音がしていた。

 僕の頭で、言葉となって響いていた。


 理解不能わけがわからなかった――


 例の名も無き用心棒は言っていた。殺し屋にとって、殺し方は名刺代わりだと。しかしそいつの殺し方は無惨で、あまりにも

 仕事を引き受けているからには殺し屋なのだろうが、やっていることは殺人鬼のそれだと。殺し屋の矜持に欠けている。


 まったくもってその通り、そいつはイカれた殺人鬼。

 気まぐれで殺し方を変え――気まぐれで、僕だけを残した。


 殺しに慣れた者には、殺し方にクセが出る。

 署名サインを残すように、何か決まったパターンがある。


 僕から全てを奪っていったそいつにとって、僕がそのサインなのだろう。

 誰かひとり、『観客』を残す。

 そうやって生き残った僕が、己の所業を拡散するようにと。


 ――『踊り子』――


 僕の家族ファミリーを奪ったそいつは、だけど天使のように可憐で――


 きれいなつくりものの瞳で、僕を見つめていた。


 そして、僕のなかに深い傷を残した。

 あの日の出来事を忘れられず、彼女の言葉がずっと耳に残っている。


 ――天使とは、なんだ。


 あの理解不能バケモノは何なんだ。




                   ■




 スクワード・ファミリーという組織はその日をもって壊滅し、再び僕の居場所は失われた。


 しかし、今度の僕には資金カネがあった。

 殺すだけ殺しておいて、あいつは何も奪わなかった。殺すことが目的で、報酬は誰かから別にあるのだろうが――それともなんだ、天使とはスクワードさんの財産のことだったのか。


 ……分からない。


 だから僕は、その金を元手に旅に出ることにしたのだ。


 彼女が言った言葉。僕は彼女に、何を与えられたのか。


 天使とはいったい、何を指すのか。


 それはあるいは、あのきらきらとした目の少女のような、何かを奪う力なのだろうか。一つのファミリーを単独で壊滅させるだけの、異能としか言えない力。


 それが分かれば、僕の命の使い道が見えてくる。



 ある男が言っていた。ここまで来たらもう戻れない。その人生これまでを大きく変えてしまうような衝撃出逢いでもない限りは。



 僕の人生これまでに意味をくれる出逢いを求め、僕は旅に出る。



 これは、僕が生き残った意味を知る旅の記録だ。

 僕が生き続けるために必要な過程だ。

 両親の死、家族の死――それらをなかったことにしないために、僕は生きる。

 彼らの命の続きを、彼らの人生いのちに意味を与えるために。


 彼らの物語を語り継ぐ。

 彼らがいたことを、この世界に刻むために。




                   ■




 天使を探す、旅――『天使』とは、あるいは人によって見える姿が変わるものなのかもしれない。


 僕にとってそれは、〝想い出〟――決して忘れられない、心に深く刻まれた日々ヒビ



 あなたの天使はなんですか。

 僕の主観天使と、比べてみたい。



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