それはオレンジの房のように

良前 収

「またね」

「じゃあね」

「またね」

「またね」

「バイバイ」


 トットットッとミツルは駆ける。背中のリュックの中で教科書やノートやペンケースが音を立てる。


「おじいちゃーん!」


 生け垣の外から元気に声をかけた。


「おお、学校帰りかね?」

「うん! お邪魔していーい?」

「もちろん。もらい物のお菓子もあるぞ」

「やったー!」


 ミツルが玄関に回り込むともうドアの鍵は開いていて、居間から祖父が手招きしていた。


「お菓子ー! なーに?」

最中もなかじゃよ。台所で手を洗っておいで」

「はーい」


 居間のちゃぶ台に着けば、もうお茶と最中が並んでいた。


「いっただっきまーす!」

「お前もいいタイミングで来たのぉ、ワシが一人で食べてしまおうとしてたとこじゃ」


 ホッホッホッと祖父は笑ってお茶をすする。


「学校から直接来るなんて珍しいが、何かお菓子以外の用事があるのかね?」

「あっ、そうだ!」


 ミツルは慌てて最中を口に押し込み、リュックからノートとヨレヨレになったプリントを出した。


「あのねー、おじいちゃんやおばあちゃんに、お話聞かなきゃいけないの」

「ほう、昔の話かね?」

「うん、移民船のこととか、この惑星に着いたばっかのころとか」


 ミツルは鉛筆を持って、期待の眼差しで祖父を見る。


「僕、移民船の話がいいな! 窓から宇宙の星は見えた? どんな部屋だったの? 遊べる場所はあったの?」

「ふむ」


 祖父は少し考える顔をした。


「じゃあ、ちょっと待っとれ」


 立ち上がっていったが、待つというほどもなく戻ってくる。手には少し大きな模型があった。


「それ、なーに?」

「知らんかね? この形では分からんのかな」


 ちゃぶ台に模型が置かれ、祖父があちこちいじるとそれはパカリといくつもに分裂した。


「わあ!?」

「これなら分かるじゃろ?」


 分裂したうちの一つが差し出される。


「あっ、これ移民船だ!」


 ミツルは身を乗り出して眺めた。大きな一つの模型は、ほとんど同じ形の移民船の模型六つに分かれていた。


「えっ、移民船って合体するの!?」

「合体してたんじゃよ、初めはな」


 合体という言い回しに祖父は笑った。


「中で行き来できたの?」

「そうさ。地球を出てから五十年くらいは合体したままじゃったから、ワシが生まれたころは全体が一つの街のようじゃった」


 じゃがの、と祖父は模型をなでる。


「ワシがお前より小さいくらいのころに、六つの船に分かれたんじゃ」

「へえー!」


 ミツルは一つの船を手に取って、ためつすがめつした。オレンジの房のような形で、これは教科書や映像で何度も見たことがある。

 次に他の五つの船と組み合わせてみる。祖父が手伝ってくれて再び一つになった船は、縦に引き伸ばしたオレンジの実のようになった。


「オレンジみたいに、分かれたんだねえ」

「ああ、そうじゃな、ちょうどそんな感じじゃった」

「分かれた時はどんなだったの?」


 祖父は一度黙った。ミツルが首を傾げると、小さく微笑む。


「お祭り騒ぎじゃったのは覚えとる。だがワシは何が起こるのか、まだ分かっとらんでのぉ」


 また模型をなでる。ゆっくりと、愛おしむように。


「他の船に住んでいた友達に『またね』と言ったんじゃ。友達も『またね』と返した。そして、それっきりじゃ」


 もうこの形にはならない移民船をなでる。


「あの約束は、もう果たせんのじゃろうなぁ……」


 ミツルはじっと祖父の手と移民船を見ていた。


「さて、せんべいもまだあったはずじゃ」


 祖父が立ち上がった時、ミツルは口を開いた。


「おじいちゃんが約束通りできないなら、僕がするよ!」


 祖父の動きが止まる。まじまじと見つめられ、ミツルは真面目な顔で見返した。

 やがて、大きな手がミツルの頭をなでた。


「期待しとるぞ」

「うん!」


 その日、おみやげにせんべいをもらって帰ったミツルは三十年後、自ら開発した超長距離光子放射技術を用いて祖父の約束を果たすことになる。

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