第20話 知る権利

 大きな破裂音で飛び起きた。一瞬何が起きたのかわからなかったが、すぐ冷静になって窓を開けて外の様子をうかがった。何やら教会の方が騒がしいようだ。教会で何かあったのだ。


「……レイナ」


 僕は帯刀ベルトを着けて刀を差した。

 部屋のキーを手に取って急いでホテルを飛び出した。教会に行くにつれて野次馬や近隣の住民が騒ぎを聞き路上に列をなしている。人ごみをかき分けて教会までたどり着いた。

 教会前には正教の神官が演説をしている。神官の身辺は銃を持った警備が守っていた。先ほどの破裂音はあの銃の発砲音だったのだろう。


「先日より行方不明となっていた我らが巫女が無事この教会に舞い戻ってこられた。これはすべて教祖の加護と諸君らの祈りの賜物である。今日は巫女の無事を盛大に祝ってほしい!」


 駆け付けた群衆は手を掲げて喜びを表した。あまりの一体感と熱量に驚いた。僕も正教に助けられて生きてきた。だが、教会のある街に行ったことはなかったからこんなにもすごいとは思っていなかった。広島に入ってきた時もからずっと思っていたがまるで世界が違う。

 歓喜に沸いている人の中で呆然と立ちつ朽ちていると人々の隙間から見覚えのある姿が一瞬視界によぎった。


「あれは、キムツジさんとナギサさんか」


 この人の中を素早く移動していった。何をしているのか気になった僕は彼らの後を追った。

 人波にもみくちゃにされながらも進んでいくと人のいない暗い裏路地についた。位置としては教会の裏手にあたる場所だ。足元には缶や紙が散乱していてとてもきれいとは言えない。

 意を決して進んでいくとしゃがみこんで何かを話し合っている二人を見つけた。

 僕が声をかけようとすると、一瞬鋭い眼光が向いた途端に眼前に刃先が突き付けられていた。


「……ど、どうも」


「な……アスカ君ではないか」


 驚いた顔で、槍を収めキムツジさんは頭をかいた。


「警備の奴が来たのかと思ったぞ。なぜこんなところにいる?」


「それは僕が聞きたいです。こんなところで何を?」


「仕事だよ。仕事」


「どういう仕事なんです?」


 キムツジさんは口ごもった。前々から仕事に関しては何も言おうとしなかった。キムツジさんはナギサさんと顔を見合わせた。


「……仕方がないわ。もう言ってしまいましょう。どうせいずれ知ることよ」


「それもそうだが、巻き込むわけにはいかんだろう」


「もう巻き込まれてる。レイナと会ってここまで来た時点で関係あるし、知る権利もあるんじゃない?」


「そうだな。アスカ君、今から話すことは他言無用で頼むぞ。ほとんど機密事項なんでな」


「わかりました」


 暗闇に光る瞳は鋭くこちらを見据えている。放たれる威圧感で僕はその場で固まてしまった。


「アスカ君、君は日本政府を知っているかね?」


「い、いいえ。知りません」


「この国の統治機構。この国を管理する重要な仕組みといえばいいか。今は無力に等しい状況だが、そういうものがあるのだ。我々はその政府の指示で動いている。公安警察の諜報捜査官だ」


 聞いたことのない言葉を立て並べられて何が何だかわからないが、とりあえず正教について調べているらしい。この解釈はあっているのかわからないが、まったく違うということはないだろう。


「まあわからんことが多いだろうが今すぐわかる必要はない。とりあえず政府の人間だとわかってくれればいい」


「わかりました」


「うむ。我ら諜報捜査官の仕事は主に三つ。正教が裏で行っている実験の詳細の調査、正教の最終目標の調査、そして“過去の遺産”の奪取だ」


「“過去の遺産”?」


「瘴気が発生した直後に連鎖的に起きた企業の倒産。その際に残されたあらゆるデータ。その中には武器の設計図やなんかも含まれているわ。政府は遺産の一部を保有しているけれどそれは全体の5%にも満たないもの。正教は“過去の遺産”のほとんどを保有しているわけ。それだけのものがそろっているから正教の管理する都市は戦前の姿を保っているのよ。それだけの情報と技術を保有している状態では正教から国を取り戻せない」


「あくまでもこの国は民主主義の国だ。力のない政府では支持を得られない。支持を得るには国を動かせるだけの力が必要となるからな。正教から“過去の遺産”を奪取して政府が力をつけることが目的なのだ」


 あまりに壮大な話でだんだんついていけなくなってきた。これでもわかりやすく話してくれているのだろうけれど何も知らない人間には難しすぎる。


「さて、ここからは君次第だが、今から教会内部に侵入して仕事をするが、一緒にくるか?正教に助けられて生きてきた君にはおよそ信じられない現実を見ることになるだろうが、君は知ることができる権利がある」


「知る権利……」


「無理にとは言わないがな」


 どうしよう。僕は正教に対して疑いを持ったことはない。でも、彼らの言うことは嘘ではないのだということはわかる。正教が裏で行っているという実験があるのだとしたら、それは何なのだろう。僕は知らないことが多すぎる。


「そうね、レイナのことが気になるならついてきた方がいいと思うわ」


「えっ?」


「レイナのことが気になって教会前まで行ったんじゃないの?」


「それは、そうですが。なんでわかるんです?」


「勘よ。それに、レイナは君のことは信用しているみたいだし、何かあったらアスカ君が連れ出せばいいからね」


「どういうことです?」


「それは一緒に来ればわかるかもね」


「すまんが時間がない。すぐ決めてくれアスカ君。教会内部の警備の緩くなっている今潜入しなければ面倒なことになる」


 何もわからないし、どうすればいいのかなんて考える暇もない。だったら思いのままに行動しよう。そんな先のことを考えられるほど僕はできちゃいない。


「僕は、二人についていきます」


「……よし分かった。言った以上、何があっても目を背けてはいけないぞ」


「わかりました」


「それじゃあ行くぞ。ここの窓から内部に侵入する」


 キムツジさんの指さす先、今いる場所から3メートル上の高さにある細く縦長の窓がある。人一人がようやく通れそうな幅だ。


「よし、ナギサ君。任務開始」


「了解、任務開始」

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