カノジョの激辛趣味に付き合う方法

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

激辛担々麺 VS トウモロコシの甘酒

 彼女の激辛好きが、ずっと悩みの種だった。


 あそこの麻婆豆腐が辛いと聞けば食べに行き、むこうのパエリアが強烈だと言えば食べに行く。


 デートスポットは決まって激辛だ。


 マイブームは? と尋ねたら、

「七味に入っている芥子の実を見つけて、思いっきりかじること」

 と返答がきたことがある。

 香ばしいのがいいそうだ。女子は分からん。

 

 

 今も、彼女は真っ赤なラーメンをすすっている。

 顔中を汗まみれにしながら。

 

 TV番組で紹介された、チャレンジメニューの担々麺である。

「食べ切ったら無料」とあるが、完食できた者は一人もいない。


 大変なのは、オレも同じ物を食わされることだ。

「ぐああああ!」


 人はなぜ、激辛に挑むのか。

 そんな哲学的な疑問が湧くくらい、オレの精神を抉ってくる。


 山椒が目に染みた。

 カプサイシンがオレのノドをいじめ抜く。

 

「お腹、痛くならない?」


 彼女に聞いてみた。


「さすがにね、やりすぎると痛くなるわよ。でも、それも愛してるというか」



 病的だ。彼女は山椒と七味に取り憑かれている。


 別に彼女は、ストレスの多い職業に就いていない。

 日頃の鬱憤を激辛にぶつけているというわけではなく、「激辛は生きがい」なのだ。


 辛さに特別強い、ってわけでもない。

 実際、彼女の器は中身が減っていなかった。

 シーハーシーハー言いながら、麺と格闘している。

 あくまでも趣味なのだ。

 

 

「そんなに好きなら、激辛のお店やれば?」


 彼女の知識があれば、きっと美味しい店になる。


「イヤよ。そんなことしたら私が食べに行けないじゃん!」

 秒で返答が来た。


 食べることが好きなのであって、作ることとは別なんだという。

 


「でも、さすがにやりすぎだね」

 番組で激辛好きタレントに完食されたので、ムキになった店主が倍の辛さに作り直してしまった。


 おかげで、今だ完食者はゼロだという。

 

 多くの激辛好きを撃退してきた麺に、彼女は挑んでいた。


 少しずつ減ってはいるのだが、激辛はここからが地獄なのである。


「うわー。スープ飲めないかも」

 さしもの彼女も、ギブアップ寸前である。


 食べ残しにペナルティは付かない。代金を返して欲しいワケでもなかった。


 ただ、男として情けなさばかりが募る。

 いいところを見せたいっ。


 だが、スープだけの彼女に対し、オレの器はまだ半分残っていた。

 

 フラフラと、視線がメニューをとらえる。


「ん?」


 見慣れないドリンクに、オレは目を奪われた。


「すいません、シッケってなんですか?」


「韓国産の甘酒です。モチ米と麦芽を使うんですけど、ウチのはトウモロコシですね」

 

 トウモロコシの甘酒ですって? おいしそう。


「あの、このチャレンジって、ドリンク頼んだら失格とかは?」


「ないです。頼まれますか、シッケ?」


「おねがいします」



 オレは、シッケなる発酵飲料に口を付けた。

 ほんのりした甘さが、口の中に広がっていく。まごうことなき、甘酒だった。


 息を吹き返したオレは、担々麺に挑む。

 

「ん、うまい!」

 


 なんだこれ、めっちゃうまみがあるじゃないか。

 箸が止まらない。

 トウモロコシの甘みからか、辛みが拡散している。

 同じ種である麦芽との相乗効果か? トウモロコシも実じゃなくて種だって言うし。


「それあれだ。ラッシー効果じゃない?」

 彼女の言葉を聞いて、一ヶ月前のデートを思いだす。


 あまりにも辛味に耐えられなかったオレは、ドリンクバーのラッシーで気を紛らわせていた。すると、不思議と食欲が回復したのである。

 

 


 発酵飲料って、すごいんだな。


「私もちょうだい」


 間接キスも構わず、彼女もシッケで回復する。


 気がつけば、二人同時に器を空にしていた。


「ごちそうさまでした!」


 ボクたちは返金してもらい、シッケ代だけ払って帰る。


「ねえ、次はどこのお店に行こうか?」


 まだ食べるのか。デートスポットは決めていたのに。


 また、悩みの種が増えたなぁ。

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