桜前線二異常ナシ

真野てん

第1話 桜前線ニ異常ナシ


 遠い未来。

 ひとは生命のゆりかごであった地球圏を飛び出して、銀河の果てにあるだろう新天地を探し求めた。そして何もない暗黒の世界を旅するために人類は数々の発明を成し遂げる。


 まずは重力制御、それから遠大な距離を航行するためのワープドライブ。

 物体を分子レベルの構造から組み替えることが可能な、マテリアル変換装置。これは水や食料にも応用されるため、移民宇宙船のなかで栽培不可能な食材などを生み出すのに重宝された。

 もちろん船体の修理材などもこの装置で復元できる。


 ひとは種を飛ばした。

 増え続ける人口と、滅びゆく母星を生き永らえさせるために。


 また、そうした生存戦略を選んだのはけっして人類ばかりではなかった――。


「こちらブロッサム・ワン。本部応答せよ、こちらブロッサム・ワン」


 KAC20204星系――惑星ヨミカキ。

 四年まえに発見された新たな天体で、各国の実験施設は多いものの本格的な入植にはいまだ至らず、大地は豊かな自然であふれている。


 その上空をいま一機の小型高速艇が飛行していた。

 ブロッサム・ワン。

 重力制御技術が目覚ましい発展を遂げたこの時代において、もはやあらゆる乗り物は空しか飛んでいない。かつては少年たちの夢であった「空飛ぶ車」さえ、大人の野望とロマンでもって成し遂げられたのだ。

 形状は三胴設計の双発レシプロ爆撃機にも似るが、翼はあくまでも大気圏下における姿勢制御の補助的なものでしかなかった。

 深い灰色の機体色に「桜の花びら」のマークがよく映える。


『こちら本部。ブロッサム・ワン、どうぞ』


「現地へ到着。本小隊はただいまより降下作戦へと移行する。花見は近い、繰り返す、花見は近い。オーバー!」


『本部了解。ブロッサム・ワン、健闘を祈る。オーバー』


 通信を切った男はおもむろに席から立ちあがると装備を整え、操縦かんを握っている部下に向かってハンドサインを送った。

 あとは任せた――と。


 男が振り向くとそこには、すでに降下準備を整えた精鋭六名が、彼の命令をいまや遅しと待っていた。


「アテンション!」


 男の号令一下、屈強な精鋭たちは姿勢を正す。

 降下用フェイスマスク姿に真っ黒な戦闘服はまるで、南極のペンギンを思い起こさせた。

 手には皆、使い込まれた小銃を持ち、大きな背のうを背負っている。


 男があごをしゃくるようなしぐさをすると、ひとりの隊員が手動で船体横のドアを開けた。すると突如として高度上空の激しい大気が船内へと押し寄せ、会話は困難になる。


 しかし男たちは動じなかった。

 いま自分たちのなすべきことを、ひとりひとりが周知しているしているからである。


「ゴー! ゴー! ゴー! ゴー!」


 男たちは次々に惑星ヨミカキの空へと吸い込まれていった。

 緑の大地に色づき始める、淡い紅色の場所を目指して。


 精鋭たちがすべて飛び降りていったあと、彼らのひらくパラシュートの華を見守りながら男はつぶやいた。「派手にやらかすぜ、ベイビィ」と。

 そして男もマスクをかぶり、ヨミカキの大空へと飛び出していった。


 男が目標地点への降着を成功させたあと、そこではすでに「戦い」がはじまっていた。


「うあああああ! 隊長ぉぉぉぉぉぉ!」


 精鋭六人の部下のうち、早くも半数が「それ」にとらえられていた。

 男はパラシュートを装備から外すやいなや走り出したが、部下には目もくれなかった。


「あとで助ける!」


 言い残して、彼らの横を猛スピードで駆け抜けていく。

 そうでもしなければ彼もまた「それ」に捕まってしまうから。


「このクソ桜があああ!」


 吐き捨てるようにして後ろを振り返り、いまは桜の巨木に飲み込まれていく部下の姿を見送ることしかできない自分を呪った。


 サクラ――。

 バラ科モモ亜科スモモ属の落葉樹を指してそう呼ばれる。

 春に咲かせる花は、淡い紅色をしたかわいらしい花弁をしており、太古のむかしより日本人に親しまれている馴染みの深い植物である。


 だが、果てしない宇宙の旅のさなかに、世代を繰り返し、いつしか染色体異常によって一度滅びかけたことがあった。

 あるとき、これを憂いたひとりの日本人科学者が、ついに悪魔のささやきを聞いてしまった。

 弱体化した桜の染色体を強化するために、おのれの肉体を捧げよと――。

 

 この狂気の科学者は自分の肉体をマテリアル変換装置へと投入し、新たな品種の一本の桜の木となった。あとはアシスタントAIが受粉と交配を繰り返し、あっという間に増えていった。


 しかしひとつ問題があった。

 この新種の桜には「意思」が存在し、根を大地に張らなくても生存が可能でしかも動く。


 人類がこれに気付いたとき、すでに科学者が乗船していた移民宇宙船は、そのすべてを放棄せざるを得ないくらいに桜が繁殖していたのだ。

 やがて桜に乗っ取られたこの船は、新たに発見された天体へと投棄された。

 それがこの惑星ヨミカキであった――。


「うおおおおおおおお! おれがぁ……おれがぁぁぁ!」


 ついには男の背後まで迫ってきた桜たち。

 しかし彼の目には、そんな雑魚などは映っていなかった。

 いつしかフェイスマスクも脱ぎ去り、おのれの肉体に許されたありったけのちからを振り絞って大地を蹴る。

 全力疾走の先には、かつて宇宙から投棄された移民宇宙船の成れの果てが突き刺さっていた。


 天にも届かんばかりの巨大な桜の木。

 それこそが男が率いるこの小隊の作戦目標である。


「うらああああああ!」


 男は最後のちからを振り絞り、巨木目掛けて滑り込む。

 あと一歩遅ければ、後ろから迫る動く桜たちに首根っこを捕まえられていただろう。


 そして背のうから、大きなブルーシートを取り出し巨木のまえへと広げると、大吟醸の一升瓶を天に掲げて叫ぶ。


「おれが一番乗りじゃあああああああああああ!」


 その瞬間、桜たちの動きがピタリと止まり、捕まっていた男の部下たちも解放された。


「隊長! やりましたね! 今年もわが社が花見の場所取り戦争の勝利者です!」


 すると男は「ちっちっち」と指を横に振って、にやりと笑う。


「わが社ではない……おれがだ!」


 ああああっはっはと。

 まるで悪役のボスのような顔をして笑う。

 

 その様子を見て、桜たちは何だか嬉しそうだった。

 なぜなら彼らには、我々と同じ日本人のDNAが流れているのだから。

 今年もまた花見の季節がやってくる。


 桜前線ニ異常ナシ――。

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