KAC20204 「大流行」

@wizard-T

「大流行」

「ったくもう、俺は何やってんのかね」


 俺は一冊の本を手に取りながらため息を吐いた。

 通販サイトを使っても出荷待ちの文字ばっかり、必死こいて四軒もデパートを含む本屋を回ってやっとこそ手に入れたのがこの漫画本。


 大人も楽しめるとか言うありふれた決まり文句付きの帯の上には、なるほど確かにこれまで見た事もないようなキャラクターが乗っかっている。ストーリーがどうとかは知らないけど、いずれにせよ現在進行形で大ヒットしてるって事だけは間違いない。



「ただいま!」

「お父さん、あれある?」

「はい買って来たよ」


 こんなことで親の威厳が取り戻せると思うと安い物かもしれない。本を見せるや飛び上がって喜んだ息子は俺の前でB5版の単行本にかじりつき、キャラクターのセリフの真似をし始めた。妻に止められても延々一時間近くかけて読みまくる姿と来たら、二十年ほど前の俺と何の違いもありゃしない。


「そんなに面白い物なんですかね、社会現象待ったなしとか言われてますけど」

「まったく、未だに見つからないで大変だって言う話だけどな」

「会社でもこのマンガを?」

「いや、ほらあれだよあの生物兵器って奴」


 ひと月ほど前、どこかの研究所から流出したと言われる生物兵器。その生物兵器を巡り、世界中がパニックになっている。




 ———―非常に高い感染性を持った菌であり、当然ワクチンはなし。キャリアができれば大丈夫ではあるが、それができるのにはどれだけの時間がかかるかわからない。




 それが、こんな生物兵器を作ったどこかの研究所の言い訳だ。

 現在の所感染による直接の被害はまったく報告されていないようだが、それでもあまりにも気持ちの悪い話であり、世界中で検疫の強化がかなり徹底されている。息子にも三度手を洗うように徹底させているぐらいだ。最近じゃそのせいで貿易が滞り、中には自殺しそうになっちまった人もいるらしい。






 そんな中日本だけは、違っていた。

 ちょうどこのウィルスが流出したのと同じ頃にインターネット上で話題になったのが、このマンガだった。


 後ろに書かれている作者談によれば、新人賞に応募し続ける事はや十年、まったく見向きもされなかったらしい。失敗に失敗を重ねこれでダメならば諦めようと言われていた作品がこれであったがやっぱりウケず、これで筆を折ろうと決めた傍からこのような爆発的人気になり当惑の極みにあるらしい。


「俺さ、出版社に勤めてなくて良かったぜ」

「私だってこんな子どもの親になるのはごめんですけどね」


 作者はなんと、俺と同い年。会社勤め十三年、嫁を貰って子供まで作っている俺に対し、この作者は当たり前だけど独身。しかもつい先ごろまでフリーター。こうして何とか実ったからいいようなものの、どっちが親孝行だなんて言うまでもありゃしねえよなあ。


 それから出版社も出版社で大損だ、こんな派手に人気出るマンガの作者を落としていたのは何なんだって事になる。

 冗談抜きで新人賞の選考に関わってた人間たちは針のむしろだろうな今頃、俺だったら記憶から消してやりたい。


「まあどっちみち大変なんだけどな、俺外資系だから」

「また日本はって言われるんですか」


 確かにその通りだ。


 世界中が未知のウィルスおびえている中、日本はマンガマンガの大狂騒曲だもんな。まあ、平和に越したことはないだろうけど、一体どこに行っちまったんだかそのウィルスってのは。










 ああそういやニュースで言ってたな、あのウィルスは最初に感染した人間の病気を広める力があるって。


 ったく、一体どんな病気が広まったんだろうな。

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