マンドラゴラ 〜悲しき殺人草〜

押見五六三

全1話

『お婆ちゃん!これは何のたね?』


「春になれば分かるわ」


『ふ〜ん……』



 ※ ※ ※



 老婆が植えたその種は、やがて目を出し、葉を広げ、紫色の蕾を付けた。

 春には蕾が開き、小さな一輪の花を咲かせる。


『わー!綺麗!これは何て花なの?』


「マンドラゴラよ」


『これがマンドラゴラか〜。へぇー……』


「このマンドラゴラはね、私が品種改良した物なの。ほら、葉っぱが周りの雑草と見分けがつかないでしょ。花を取ってしまうとマンドラゴラと分からないわ」


『凄いねぇ。お婆ちゃんは、この花で誰を殺したいの?』


「お爺ちゃんよ。私の旦那さん」


『お爺ちゃんを?何で?』


「世界中の人を殺そうとしてるからよ」



 老婆は隠れて育てたそのマンドラゴラを、根を切らないよう気を付けて土ごと綺麗に掘り出す。

 そして旦那さんの研究所の一室へと運んだ。



『うわー!ここにもマンドラゴラがいっぱいだね!』


「そう、これはうちの人が品種改良して育てた物よ。ほら、私が作ったマンドラゴラとは葉の形が違うでしょ」


『ホントだー!』


 研究所のその一室は、沢山のマンドラゴラで埋め尽くされていた。

 一面のマンドラゴラは、自然界には無い不自然な色の葉を広げ、茎も変な形でクネクネ曲がっている。かなりおどろおどろしい姿だ。

 辺りはマンドラゴラが放つ悪臭なのか、研究の為の薬品のせいなのかは分からないが、とても嫌な空気がくらよどんでいた。


「うちの人が作ったこのマンドラゴラはね、引き抜かなくても夜中になれば勝手に叫び声をあげるのよ。その声は、今の段階だと人間を気絶させる程度だけど、うちの人ならきっと殺傷能力を持つマンドラゴラに作り変えるわ」


『そうか!そのマンドラゴラの種を世界中にばら撒けば、人類は滅亡するね』


「そういう事。このマンドラゴラの声は人間にしか効かないから、この世界から人間だけが消えていく……」


『悲しいね。お爺ちゃんはどうしてそんなマンドラゴラを作っているの?』


「それはね……」



 老婆は思い返していた。


 若かりし日の事を――

 旦那と二人、国王の依頼で来る日も来る日も殺人兵器を作り続けた日々を……。



 ※ ※ ※



 幼い頃から錬金術師として育った二人は、それが当たり前だと思っていた。


 兵器を作らなければ隣国に国王や家族、友人達が殺される。

 土地を奪われ、財を全て持っていかれる。

 攻め来る隣国には話し合いは通じ無いと聞いて、二人は色んな草花を毒草に変えたり、兵隊に成る人造人間ホムンクルスを作っていった……

 それは二人にしか出来ない仕事だったから……


 だが時が経つにつれ、二人は大変な事をしているのだと気付いた。

 二人が作った兵器は相手の兵隊ばかりで無く、沢山の民間人も殺した。

 山を焼き、野を腐らせ、幾種もの生物の命を奪った。


 二人は国王に懇願こんがんした。

 戦争を辞めるようにと……

 しかし、二人の願いは聞き入れて貰えなかった。

 それは国を失う事を意味するのだと言われた……


 老婆の旦那は思った。

 たとえ自分達が兵器を作らなく成ったとしても、他の誰かが別の兵器を作るだろう。

 そしていつか、この世界は争い合って滅亡する。

 この世界の全ての命を失う。

 人間のエゴによって……

 ならば、人間だけを滅亡させよう。

 そうすれば少なくとも、野や山や、沢山の生物は死ぬことが無い。

 老婆の旦那はそう考えた。

 それ以来、老婆の旦那は人類だけを滅亡させるマンドラゴラを作る研究を、国に見つからないように始めだした……


 老婆はそんな旦那を毎日見つめていた。

 この研究所の一室で、マンドラゴラに「お前達に辛い役目をさせる。すまない」と、謝罪しながら栽培する旦那の姿を毎日、毎日……



 ※ ※ ※



「これで良し、とっ……」


 老婆は自分が作ったマンドラゴラを、旦那が作ったマンドラゴラの横に植えた。


「これであの人は雑草だと思って私のマンドラゴラを抜くわ」


『バレないかな?』


「花さえ取れば他の雑草と見分けが付かないから必ず抜くわ。あの人、そういう所は間抜けな人だから」


『どうしても殺すの?』


「……ええ」


『もう一度二人で話し合って、他に何か良い方法が無いか考えないの?』


「あの人は自分の考えを変えない。自分が辿り着いた正義の答えは、誰が何と言おうと決して変えない。そういう人だから……」


『…………』


「でも私は間違っていると思う。だから殺すの」


 老婆はその目に揺るぎない意志を宿していた。


死神ようせいさん……お願いが有るの……」


『何?』


「あの人よりも私を先に連れて行って欲しいの」


『何で?』


「あの人の死に顔を見たく無いの。だって私は、あの人の事を愛しているから……」


『分かった』


 若い死神はこれが初仕事だった。

 大量殺人鬼を地獄に連れて行けると、老婆の話を聞くまでは意気揚々だった。

 今は瞳に薄っすらと涙を浮かべている。


「マンドラゴラさん……ゴメンね」


 老婆は皺だらけの手で、優しく紫色の花弁はなびらを撫でた。

 そして花のがくの部分をゆっくり指でつまむ……


「さようなら……旦那あなた。先に行って待ってます」 


 老婆はそう言うと、自分が作ったマンドラゴラの花の部分だけを摘んだ。



 “イヤアアアァァァァァ______!!”



 マンドラゴラが悲しい叫びをあげた……


 それが老婆が聞いた最後の音だった。





 おしまい

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