噂の種

いとうみこと

噂の種

「問題!魔女が連れている動物と言えば?」


「猫!」


「ピンポン!では、その猫の色は?」


「黒!」


「ピンポンピンポン!では、その体型と言えば?」


「シュッとしてる!」


「ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポ〜ン!」


「何やねん、そのひとりクイズ大会」


 爪楊枝を咥え、膨れた腹をさすりながらゴン太が言った。メグの部屋に来てからというもの、ワイドショーとバラエティ番組を見ながら食っちゃ寝食っちゃ寝の生活を続けている。最低でも2キロは太っただろう。


「何とかいうウイルス流行ってんねんからしゃあないやん」


 しれっとした顔で言い放つ。


 ったく!大体、なんで私がこんな奴とバディを組まなきゃならないのよ!もうヤダ、誰か代わって!


 メグは荷造りをしながら心の中で悪態をついた。さすがに面と向かって言う勇気はない。いや、さっきのひとりクイズ大会で既に伝わっているとは思うが。




 望月メグ、18歳。この春、日本魔法学校を卒業したばかりだ。残念ながら上の学校に行けるだけの資質はなかった。と言うわけで、公務員になることが決まっている。


 と言うのも、生まれながらに魔力を持つ者は、15歳の誕生日を過ぎた初めての満月の夜、魔法と共に生きるか、それとも魔力を捨てるかの選択を迫られる。一度魔力を手放せば、もう二度と甦ることはない。魔力を持ち続けることを選んだ者は、必ず魔法学校に進まねばならず、将来は公務員になる決まりで、これは全世界共通のルールだ。従って、好むと好まざるとに関わらず、また有能であろうとなかろうと、彼女が公務員になることは既定路線なのだ。


 天性の魔法使いは掌に星を握って生まれてくる。日本ではおよそ10万人にひとりの確率だ。その9割が女児である。兄がふたりいて、初めての女の子として生まれたメグの掌に星を見つけた時、魔法使いに憧れていた両親は小躍りして喜んだらしい。ゆくゆくはメグが世界的に活躍する魔法界のスーパースターになることを夢見て、全力で応援してくれていた。


 だが、メグの成績はあまり芳しくなかった。魔法理論や歴史などの学科もだが、実技がさっぱりで、未だに使える魔法は2つしかない。これには担任の先生も呆れていた。もしメグが魔法使いでなければ、県庁に就職するのは不可能だっただろうというのが彼女の見解である。


 それでも両親は彼女を信じている。メグにとっては有り難い反面、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 だからこそ、職場で頑張って実績を残したい。メグは張り切っていた。卒業式のバディとの対面のその時までは、誰よりも張り切っていたのだ。


 それなのに、メグにあてがわれたのは茶トラの太っちょのゴン太という名前まで冴えないオヤジ猫だった。同級生はみんなシュッとした黒猫を従えているというのに、何故かメグだけが茶トラのデブ猫……


 明日には寮を出て実家に戻ることになっている。このゴン太を家族に紹介するのは今から気が重い。荷造りする手も止まりがちだ。


「メグ!コーラうなったで、買うて来てや」


 反論する気にもなれず、メグは財布を掴んだ。どうせ昼ご飯を買いに行くつもりだったのだ。


「ダイエットコーラやで」


 無駄な抵抗じゃないのと思いつつ、メグはドアを開けた。既に殆どの生徒が退去し、在校生も春休み中なので寮の中は閑散としている。寮を出て、校舎の方へ回ってみた。こちらも人の気配はない。車が何台か停まっているのは、宿直の先生方のものだろう。


「こことも明日でお別れか」


 玄関脇のモクレンが今を盛りに咲いている。正直言って、劣等生だったメグにあまりいい思い出はない。それでも、3年間を過ごした場所には思い入れがあった。


 メグはスマホを取り出すと、校門の前で校舎をバックに自撮りをした。その写真をチェックした時、何かしら違和感を覚えた。


 写真と校舎を見比べてみる。すると、屋上に何か黒い影が写っているのがわかった。


「コーラはどないしたんや」


 急に耳元で声がして、メグはスマホを落としそうになった。気づかぬうちにゴン太が肩に乗っていたのだ。いや、正確には肩のところで浮いていた。本当に乗られたら鎖骨が折れてしまう。


「ってか、浮けるんかい!」


「メグは浮けんのかいな、魔法使いの癖に」


 グサッと刺さる言葉を平気で言う猫だが、能力は高いのだろう、こんなふうに寝そべった姿勢のまま浮いていられるのだから。


「なんぞ厄介なもんがいてるな」


 そう言って屋上を見つめるゴン太の顔は、いつものおっさん顔ではなかった。


「メグ、今財布の中に本物の金はいくらある?」


「本物って……6千円だけど」


「ちょっと借りるで」


「え」


 メグが返事をする間もなく、財布からお札がするりと抜けてゴン太の手に渡り、同時にゴン太の姿が消えた。


「え、え、え、どういうこと?」


 混乱するメグの耳に言い争う声が聞こえてきた。どうやら屋上に誰かいるようだ。メグは左手中指の星の指輪に口づけをして言った。


「屋上の様子を見せて」


 すると目の前に、ゴン太ともう1匹の猫が見えた。前掛けをしてコック帽を被っている。どこかの中華料理屋だろうか。


「よくも俺を騙したな。お前がツケの清算をするって寄こした金はみんなニセ金だったぞ」


「すまんかった。悪気はなかったんや。ほれ、ここに6千円ある。今日のところはこれで堪忍やで」


「ふざけるな!もう騙されないぞ。このことを学校にバラして、お前をここにいられなくしてやる」


 そう言うと、手に持っていた何かを屋上からばら撒いた。


「何してくれんねん!」


 ゴン太は空高く舞い上がった。途端に強烈な風が渦巻いて、コックの猫がばら撒いた何かを自分の手に集めた。


「ホンマにすまんかった。必ず返すから今日のところは勘弁してくれ!」


 ゴン太は屋上に戻ると、何度もペコペコ頭を下げた。コックも他の手立てを考えてなかったのだろう。渋々金を受け取ってふっと消えた。


「恥ずかしいとこ見られてしもうたな」


 またしてもゴン太の声が耳元で聞こえた。


「あれは何?あのばら撒いた奴」


「あれは噂の種や。地面に根付くと芽が出て花が咲いて、その花が噂を流しまくるっちゅう寸法や」


「ああ、教科書に載ってたわ。あれがねえ」


「危なかったわあ。もう少しでクビになるとこやった、メグ、これからも毎月、金貸してや」


「何でよ、自分で払いなさいよ」


「わし、エンゲル係数高いねん。後生やさかい、頼むわ」


「やなこった」


 こうして、メグとゴン太の魔法生活は幕を開けた。


 因みに、噂の種がひとつ屋上に残っていたことを、まだこのふたりは知らない。

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