転回禁止

味噌わさび

第1話 転回禁止

「……こんなところに標識なんてあったか?」


 ある夜。俺はコンビニまで買い物に行こうとよく通る道を歩いていた。


 しかし、奇妙な気づきがあった。いつのまにか、そんな所にはなかったであろう場所に「転回禁止」……Uターン禁止の標識があったのだ。


「……まぁ、最近出来たんだろうな」


 その時はあまり深く考えずに、コンビニへの道を急いだ。


 しかし、しばらく歩いていると、何かがおかしいことに気づく。道の先を見ると、いつのまにか転回禁止の標識だらけになっているのだ。


 さすがにこんな数の標識が一度に設置されるわけもないし、そもそも標識はそれこそ、1メートルの間隔で設置されているのだ。明らかな異常である。


 と、その異常さに気づくとともに、俺はもう一つのことに気付く。


 「何か」が、俺の背後にいる。何かは、人間なのか、それ以外のものなのかはわからない。ただ、振り向いてそれを確認してはいけないことだけはわかる。


 しかし、それと同時に俺は猛烈に家に引き返したかった。今すぐそれこそ、踵を返して、Uターンして家に帰りたい……猛烈にそう思った。


 とにかく、今はコンビニに急ごう。コンビニに入ればきっと大丈夫なはずだ。俺はそう思いこむようにしてコンビニまで急いだ。


 転回禁止の標識はどんどん増えていく。まるで標識が道路からどんどん生えてきているかのようだ。


 いや、むしろ、標識の増加は俺に対する警告のように感じられる。


 それと同時に、俺のUターンしたい、という欲求もどんどん大きなものになっていく。


 だが、程なくしてコンビニが見えてきた。コンビニの明かりを見て、俺は思わず完全に安心してしまう。


 とりあえず、何かお茶でも買って落ち着こう……そう思ってポケットに手を入れる。


「……あれ? 財布がない?」


 その時、俺はポケットに財布がないことに気づいた。なんということだ。なんとも間抜けな話だが、家に財布を置いてきてしまったらしい。


「仕方ない……とりあえず、家に戻って――」


 俺はそのままごく自然に、進路を変更し、家の方へとUターンするために振り返った。


「あ」


 自分が、標識の警告を無視した行動をとったのを理解したのは、全ての行動が終わった後だった。


 それと同時に俺の視線の先にあったのは……俺がずっと背後に存在を感じていた「何か」であった。


 ソイツはひどくガリガリの体で、手も足も、まるで棒きれのようだった。それだけでも恐ろしかったのだが、一番異様だったのは、ソイツの頭部だった。


 ソイツの頭部は……標識だった。それもUターン禁止……「転回禁止」の標識だったのである。


 見ると、今まできた道路には、その路上に、まるで草原のように転回禁止の標識が生い茂っている。


『転回禁止』


 くぐもった音……声が聞こえてきた。それは、その異形から発せられた声だということは理解できた。


 異形が俺に近づいてくる。ソイツが通った後から、転回禁止の標識が生えてくる。


 その理解するのも不可能な異常な状況下で、唯一俺が理解できたことは……


 俺はもう、家に帰ることが出来ないということだけであった。

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