第7話 報酬、登録、帰還 1

 扉は思ったよりも簡単に開いた。

 残った片手と、辛うじて動く肉体でどれだけ鉄の扉を押し開けられるか心配していたが、拍子抜けするほどその扉は軽い。重さは感じていたが、途中からは自動で開いていったような気すら覚える程に。

 まぁ、いい。

 肝心なのは、眼前に広がる光景だ。


『……ほぉー、こりゃあ、盗賊冥利に尽きるってもんだぜ』

「え? そうなの? 僕からすると、ただの倉庫にしか見えないんだけど?」


 死闘と呼ぶのも生ぬるい地獄の果てにあったのは、ただの倉庫だった。

 いや、奥の方に出口のドアがあるから、ここがゴールということはわかるのだが、もっとこう、金銀財宝とまでは言わずとも、凄いお宝があると期待していたのだが、生憎、僕からすればただの倉庫にしか見えなかった。

 ずらりと、綺麗に並べられた何かの資料。

 朽ちた書庫にあった物とは違い、まるで経年劣化を感じさせないそれ。だが、生憎、片手では読めない腕に汚れてしまう。

 持ち出せるのは、ずらりと並んだ書物の中で一つだけ。

 後はそうだな。資料や書物の他には、木箱に収められていた短刀を一本ぐらいなら持ち出せるだろう。その他の魔道具っぽい物もあったが、ポケットにも収まらないし、何より、余り重い物を運ぶと僕が力尽きて死ぬ。

 そう、割と急がないと出血多量で死ぬぞ、僕。


『ぐがががが…………金になりそうな奴が他にもたくさんあるってのに……』

「確かに、惜しいね。どうする? 一回、死んでくる?」

『馬鹿野郎。相棒を死なせてまで、金にこだわる理由なんざねぇよ。つか、軽々しく死を選択肢に入れるな。死ぬほど辛いことに慣れている現状が異常だと認識しろ。このままだと、日常に帰っても、その死生観が持続していたらコトだぞ?』

「むむぅ、確かに」


 僕はジャックの目利きの通りに持ち運ぶ物を選ぶと、さっさとドアを開けることにした。

 じっくりと勝利の感慨に浸っていると死ぬかもしれない。今更、一度ぐらいの死なんて躊躇う理由はないが、そもそも、そういう思考の方がおかしいとは、ジャックに指摘されるまで気づかなかったのは不覚だ。

 どうやら、今の僕は相当おかしくなっているらしい。

 でも、まぁ、とりあえず試練はここまでのようなので。うん、精神異常に関しては、この冒険を終わらせてから、考えるとしよう。


「お待ちしておりました、鈴山皆人様。試練を超えられた、鍵の所有者たる資格者である貴方様を、心から」


 ドアの向こうは、煌びやかなエントランスホールがあった。

 上を見上げれば、宝石の輝きにも似た照明が、ボロボロの僕を照らしていて。床は、こんな身なりの僕が踏み込むのを躊躇うほど綺麗に磨き上げられている。

 なんだろう、ここは?

 まるで、高級ホテルの入り口のような場所であるが、明らかにおかしい。あの地下空間から、この場所に繋がっているのは、何か全然、そう、空間? 世界? そういう空気感が違う。

 しかも、僕が現れるのを事前に知っていたかのように、ダークスーツに身を包んだスタイルの良い女性が、恭しく頭を下げているのだから、驚きだ。


「…………は?」


 思わず、そのスーツ姿の女性から目を逸らして、背後を確認すると、先ほどまであったはずのドアが無い。あるのは、高級ホテルの入り口によくあるような、開放感のあるガラス窓。自動ドア。そう、自動ドア!


『安心しろ、こいつはテメェの敵じゃねぇ。とりあえず、落ち着いてこいつの話を聞いておけ。後、治療も受けるだろうから、されるがままにしておけよ?』


 頭が混乱しそうなところを、ジャックの声で正気に戻る。

 ジャックの声は、二人だけの時とは違い、精神に直接響くような声で、僕も心中で頷くと、それを理解したようなジャックの返答があった。

 なるほど、音声会話以外にも、こういう風に意思疎通が可能なのか。


「当方は、本日より貴方様の担当となった第一眷属でございます。個体名はイフとお呼びくださいませ」

「え、ええと、イフさん?」

「はい、皆人様、これから説明に入らせていただきますが、少々お待ちを」


 僕は困惑する。

 第一眷属という、よくわからない単語が出てきたり、そもそもよくわからない場所に出てきたりしているのもそうだが、何より、目の前の女性が一つ目の文様が描かれた、仮面を被っているのが不思議だったからだ。

 その他の、このエントランスホールで動き回っている人たちが皆、黒いスーツに一つ目の仮面という姿なのだから、一体、この後、どんなデスゲームに参加させられるの? と警戒心が上がってしまう。

 ましてや、そんなよくわからない人が平然と僕の傷ついた腕に指先を伸ばしてくるのだから、思わず退いてしまったのも仕方がないのではないだろうか?

 だが、ジャックからの助言もあり、僕は一歩退いた姿勢で、けれど、それ以上は下がらずにイフさんの接近を許した。


「第一眷属の権限において、資格者に《癒し》を」

「お、おぉおおおおおお?」


 すると、どうだろうか?

 イフさんがかざした手のひらから、青白い光が発せられて、優しく僕の体を包む。次の瞬間、瞬きした後、まるでコマ送りの途中で映像が差し替えられたかのように、僕の片手は元通りに。いや、リスポーン直後のように、制服すらも修復されていた。

 なにこれ、魔法? 

 いわゆる、魔法って奴なの!?

 僕が好奇心に満ちた視線を向けると、イフさんは静々と頭を下げて応える。


「お待たせしました。これより、キーホルダーに関しての説明。及び、登録の手続きをさせていただきます」


 淡々と紡がれるイフさんの言葉は、その静かさとは裏腹に、僕の心を沸き立たせていた。



●●●



 キーホルダー。

 それは、鍵を持つ者という意味だ。

 この場合、鍵とは、僕が所有するカード。つまり、カードキーとなる。では、これがなんの鍵なのか? と問えば、イフさんはこう返してきた。


「我らが境界都市エボスティアへ入るための、鍵でございます」


 境界都市エボスティア。

 此処は、数多の世界との境界に位置する都市らしい。もっとも、国王や市長なども存在せず、都市の全権は女神たる管理者に委ねられているのだとか。


「境界都市には、二種類の住民が存在します。まず、異界からの客人である、皆様方、キーホルダーたちがおおよそ五千人程度。次に、管理者が許可を出して都市に住まわせている眷属が、残りの全てとなっております」


 眷属。

 管理者である女神の眷属は、三種類存在する。

 第一眷属。

 一つ目の仮面を被った黒いスーツ姿の人たち。男女や容姿の違いはあれど、その服装と恰好だけはどの眷属も統一されているのだとか。

 女神が都市運営や、僕たちキーホルダーの担当とするべく、手ずから生み出された存在だという。数はおおよそ、二万人程度。


 第二眷属。

 二つ目の仮面を被った、この街の住人達。

 なんでも、エルフやらドワーフやら獣人やら、よくわからない不定形生物やら、多種多様の人間たちは仮面を付けて暮らしているらしい。実際に、住宅区画や、彼らが働く職人通りやら、商店街、歓楽街のような場所もあるようで、これはキーホルダーである僕たちも利用していいのだとか。数はおおよそ、五十万人程度。


 第三眷属。

 三つ目の仮面を被った、この街に仮住まいする人たち。

 僕たちとは違う形の、異世界人。僕たちの世界とは違う世界から、招かれたのではなく、商売か、その他、色々な目的のために境界都市を訪れて、仮住まいとしている者たち。


 種別として分けられてはいるようだが、そこに身分的な違いは存在しないのだとか。

 強いて言えば、第一眷属は女神の手足というか、分離した体の一部のような感覚であるので、女神に近しい権限を持つ。

 それは時に、街で起こった犯罪を裁いたり、目に余る愚行を為したキーホルダーたちをこの世界から除外したりなど、様々な権利を持つらしい。

 ただし、その代わり、病院やら役場やら、住民たちが必要最低限の暮らしを維持するための公共事業は全て第一眷属が担っており、割とブラックな働き方をしているようだ。もっとも、語っていたイフさん本人にその自覚は無いようだけれど。


「皆様方、キーホルダーと我々眷属との違い。それは偏に、現実の肉体を持つか、持たないかでございます。我々、眷属は一度の死で魂が巡る儚き存在でありますが、管理者に招かれた皆様方は、例外なく不死です。どのような傷、呪い、魔術を受けて死亡したとしても、管理者が持つ権限に於いて、復活を約束されています。ただし、こちらで過ごす際の肉体は全て、皆様方の世界の写し身、アバターとなっておりますので、こちらで訓練をなさっても、こちらの肉体は鍛えられません。よって、こちらの肉体を強化するためには、皆様方の世界で、本来の肉体を鍛え上げることを推奨しております」


 そして、推測通りであるが、キーホルダーは不死であるようだ。

 こちらで鍛えても肉体が成長しないというのも、既に把握済み。どうやら、現実に帰ったら運動の習慣が増えてしまいそうだ。というか、増やさなければならない。何千回もの死の中で、僕がどれだけマッチョマンに憧れたことやら。


「さて、それでは、何故、我々眷属と、皆様方、キーホルダーに違いがあるのか? その答えは明確に存在します。皆様方を異世界から招いた理由。不死なるアバターを与え、試練を課した理由。死者の力を引き出すカードキーを渡した理由。それらは全て」


 イフさんは、仮面越しに僕を見据えて、告げた。

 僕たちがこの世界に招来された、その理由を――使命を。


「世界凍結存在である、【魔王】を倒していただくためです」


 それはまるで、よくある召喚型ファンタジーの始まりのようで。

 けれど、間違いなく、僕にとっての現実だった。



●●●



『――――ちっ、よく言うぜ』


 舌打ち交じりに呟いた端役の言葉の意味を知る者は、まだ少ない。

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