Uターン

第1話


―――


「うわっ!こっちにもいる!」


 俺、川原勇樹は曲がろうとした角から慌てて飛び退いた。そして壁に張りついてそーっと窺う。

 そこには道端に女子数名がいた。他愛ない会話をしながらも何かを待っている様子で落ち着かない素振りを見せている。


「くそ!こっちもダメか……仕方ねぇ、次はあっちだ!」

 小さく舌打ちすると俺は踵を返して別の道を進んだ。



 が、しかし――


「何でこっちにもいるんだよ!」

 さっきと同じように壁に張りついて悪態をつく。知らずにため息が出た。


「そんなに貰ったっけ?バレンタインのチョコ。」

 俺は目を閉じて先月の事を思い出した。

「ひぃ、ふぅ、みぃ……5個、いやあいつのも入れて6個か。それにしては多くねぇか?どう見ても総勢20人は越えてるだろ。」


 そう、俺の行く先々に待ち伏せるように女子がいるのは、今日がホワイトデーだからだ。理由は言わずもがな、お返しを期待しての事だろう。


 あ、一応言っておくがチョコは全部義理だ。クラスの女子達は分担して男子達にチョコを配り(しかも一人じゃなく数人に)、1ヶ月後のお返しをまとめて貰おうとしているようだ。

 そして通学路のあちこちに潜んで、何も知らずに通りかかった男子を捕まえてお返しを要求する。こんな奇天烈な計画を考えた女子達にしてみたら、自分が誰にあげたかは関係ない。男子なら誰でもいい、的な危険な思想を持ってそうで俺は身震いした。


「義理チョコにお返しなんかするかってーの!こっちは一人で精一杯だっていうのに……」

 俺はそう言いながら鞄に手を当てた。


 そこにはあいつに渡す大事な大事なプレゼントが入っているんだから――



「うわあぁぁぁ~~!!」


 その時通りの方から叫び声がした。急いで身を乗り出すと俺の親友の龍太が女子達に捕まっていた。


「何だよ!俺お前らからはチョコ貰ってないだろ!」

「まぁまぁ、そんな小さな事は言わずに。ただ放課後にあそこのデパートに一緒に行く事を約束してくれるだけでいいからさ。」

「……そんなに金持ってないぞ。」

「大丈夫。他のグループの子達が6人捕まえたって言ってたからあんたで7人でしょ。十分よ。」

「そ、そうですか……」

 がっくりと肩を落とす龍太。俺は心の中で彼に手を合わせて、今の内にと何度目かのUターンをした。


(アーメン……龍太!)



―――


「はぁ……はぁっ……」

 あの後何度か女子どもに見つかりそうになりながらも、ようやく俺は学校に辿り着いた。そして3階の端の教室を見上げる。


 あそこにあいつ、俺の幼馴染の雪乃が俺が来るのを待っているはずだ。でもあいつらのせいで少し遅くなってしまった。雪乃はまだ待ってくれているだろうか。


 不安な気持ちを抱きながらも、俺は雪乃の元へ向かった。



「やぁっと来た。遅いよ。どうせ皆に捕まってたんでしょ?デパートで何を奢らせられるのやら。お金大丈夫?」

 雪乃が呆れた感じでそう言ってくる。俺は階段をダッシュして上がった息を整えながら近づいた。


「捕まってなんかねぇよ。俺がお返しあげたいのはお、お前だけなんだから……」

「え……?」

 雪乃の顔がみるみる内に真っ赤に染まる。俺はありったけの勇気を振り絞って鞄からラッピングされた箱を取り出した。


「ほら、バレンタインのお返し。」

「あ、あたしがあげたのは……あれは義理だから!」

「うん、わかってる。でも俺のこれは本命だからさ。まぁ、嫌なら諦めるけど。」

「だ、ダメ!」

「え?」


 失恋決定だ、と思って側のゴミ箱に箱を捨てようと思った時、雪乃の手が俺を止めた。


「いらないとは言ってない……」

「じゃあいるの?ほれ。」

「『ほれ。』って……ムードの欠片もないんだから。もう……」

 雪乃はため息をつくと、俺から箱を受け取った。


「ありがとう。」

「おう。」

「本命ってさ、マジ?」

「うん、マジ。こんな時に冗談言うかよ。」

「そっか。じゃああたしも冗談抜きで言うよ。あのね……」


 雪乃はよいしょっと伸びをして俺の耳元に口を近づけた。俺は少し屈んで耳をすます。


『義理って言ったのは嘘だよ!』


 それを聞いた瞬間、俺は小さくガッツポーズをした。



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