第13話雨の日

霧のような雨が降っている


子供たちは外ではしゃげず腐っているが、麦はよく育つだろう

アスクレーが子供たちに教育という名の雨を注ぐ


「みんなーあつまれーアスクレー大先生の子供なぜなにマトー城教室!!!」

バシバシ教鞭をふるう

「すべての物質は原子から構成されています。原子は陽子と中性子から成り立っており、その周りを電子がまわっています」


「つまんなーい!!!!」


「じゃあ、急遽内容を変更して生命の神秘についてお話しします えーと、おしべとめしべ……」


「どうていのあすくれー先生無理しなくていいよ!」

「やっぱり古今東西の拷問について実技を踏まえて講義してやんよ。大人への口のきき方ってもんを刻み込んでやる」


キャーッと悲鳴が上がって子供たちが逃げる。何人か捕まった


「アスクレー様ってもしかして変わったお方?」

「あいつはガチで変態だから近づくな」


小首を傾げるリマに、ここぞとばかりに釘をさしておく


「愛とは赦す事なのです」


慈愛に満ちたアスクレーが子供たちにバールの教えを説いている。

真剣に聞き入る子供たち

もちろん阿鼻叫喚の拷問実演の後だからだ


***


ぱらぱらと雨の音が響く

枝葉の様に分かれて雨露が窓を伝う


「マトー……は、ここじゃないのか」

スライが居室に入って、珍しく一人きりのリマに驚く

「あっ、あの、先ほど出て行かれました」

「そうか、ありがとう。失礼した」


下がろうとして、……ふと、スライはまじまじリマを見つめる。マトーの心底ほれ込んだ女を。

器用に編んだ黒髪は、遊牧の民の風習だ。

廃れかけた風習を律儀に守っている

それ以外は……

つくづく普通の女だ。まあ、可憐ではあるが。


凛と美しいスライの瞳に映されて、なんだかリマは落ち着かない

そうだわ、私、この方にずっと聞きたかったことが……。


「あっ、あの……マトー様って、本当にそんなに怖いお方なんですか?」

「うん? ……ああ。なるほど。……そうだな、あんなに恐ろしい男を私は見たことがないな……だがお前は恐れることはない」

「???」

恐ろしいのに、恐れなくてよい?

「済まないが、私からはそれしか言えないな。めちゃくちゃ口止めされている」


ふふっとスライが笑う。揺れる湖底の藍の瞳。男も虜になりそうな妖艶な笑み。


「信じるか?あいつは昔ひ弱で気弱だったんだぞ。私の後ろで良くべそをかいていた」

「えっ」


試してやろう。この娘の心根を


「昔話をしよう。恐ろしい盗賊マトーの始まりを」

並んで雨のしずくを眺める


***


丁度スライが話し出したころ


マトーは青い光に照らされていた


真っ青な球体スクリーンがこの星の天気を映す



窓のない衛星調整室。青く閉ざされているからこそ過敏になる


こんな雨の日は思い出す

心の古傷を


***


飲んだくれでろくでなしの親父だった。

スラスラ本を読めば生意気だと言ってぶたれた。

だから盗賊に殺された時もなんとも思わなかった。

ただ恐ろしくて震えていた


寸前で助けてくれたのはスライだ


「この前一人死んだでしょう、その代わりにしましょう。」


「お前が面倒を見るんだぞ」


マトーは一番薄汚い小部屋の隅を与えられた


毛布すらない


冷たい床に縮こまって眠る。

不思議と涙は零れなかった。

泣くと余計疲れると身体が計算したのだろう

こうして、羊飼いの少年は盗賊となった


この大陸は二分されている

「右の国」と「左の国」

熾烈を極める両国の諍いの火種は、今となっては誰もわからない

気の遠くなるほど長きに渡る戦争

何度破られたかわからない停戦条約。協定。


表向きは握手を交わしながら、裏では必死に言いがかりの糸口を探す

やがて、争いは更に狡猾に


盗賊による略奪。国力の削ぎあい。


秘密裏に盗賊を支援し、敵国を襲撃させる

表向きが盗賊ならば、どんなに残虐な事をしてもしらんぷりできる


国家間の衝突の前には、小さな少年の人生など藻屑とおなじ


時を経ず少年は模範的な盗賊となる

良心の呵責なく人を殺める様に


「がはは!よくやった! おてがらだぞ」


意外にも首領のガウルはいい人だった。

親父を殺したことを除いては。

つまり何の問題もない。

快活にして豪胆。顔は髭もじゃだけれど、笑うと歯が真っ白。

にっかり笑って頭をぐしゃっと撫でてくれる。

親父にはそんな事、されたこともなかった


スライはもっといい人だった。

剣もものすごく強いのに、神様みたいに優しい!

いつもかばってくれたし、寒い夜には何も言わずに自分の毛布を寄越してくれる。

どうして実の兄の様に慕わずにいられるだろう。


ぎゅっと同じ毛布にくるまって、スライに問う。

「どうしてこんなことをしているの?」 

「軍人の名門だったのだけれど、没落してしまってね」と寂しくマトーの髪を撫でて笑う

「お前と同じくらいの弟がいたよ。生きていればな」


人殺しがうまくいけばみな飯にありつける。


「がはは、今日は大儲けだ! 思い切りくえ!」


酒樽に剣を突き刺してほとばしるワインでのどを潤す

ガウルは面白半分に酒を勧め、その度マトーのあどけない頬は染まった


「もっとのめ、お前の酔った顔はそそる!なんだかいけない気持ちになるな」


「あなた、あんまりいじめちゃだめですよ!」


火照る頬を冷たい素肌でおおわれる。

ふわっと甘い芳香につつまれる。柔らかい肌。


「じ、冗談にきまっているだろうエリザ! 俺にはお前だけさ! だいたい、こいつのことは子供の様に思っているんだから!」

あわててガウルが弁解する


むさくるしい大男ガウルも愛する妻には頭が上がらない。

エリザがほほ笑んでガウルの杯に酒を注ぐ。嬉しそうに飲み干す


愛し合う夫婦の姿を、マトーは憧れの瞳で見上げる

僕の母さんは小さいころに死んでしまった、そのあとすぐに飲んだくれの親父が来て攫われた。暖かい家庭というものを経験したことがない


この二人の子供になれたらどんなに幸せだろう。


***


いくつか年月が廻った。マトーは14になった

身体は小さいが、すばしっこく、また一撃も重くてなかなか使える


スライが毎日剣の稽古をつけた。


次第にマトーは不思議でたまらなくなる。


どうしてみんな非効率に生きているんだろう? わざとやっているわけではなさそうだ

なぜ夜の闇で目が効かなくなるんだろう?

なんで簡単な計算が一瞬で出来ないの?


どうして種を改良しないのかな?

麦の穂を低くすれば、嵐でもたおれなくなるのに

乳しぼり何て機械にやらせればいい

逆に衛生管理にはもっと気を遣った方がいいのになあ。

この城には素晴らしい浄水設備が整っているのに何で放っているんだろう


なんでわざわざ剣で戦うの?

鉛玉で打ち抜けばいい……


「ああ、うるさい! そんなに言うなら好きなようにやってみやがれ!任す!」


たちまちのうちに何もかもが激変した。

さんざん酷い目にあった腹いせに、マトーは飢えも寒さも叩きのめした。

城の者たちは認めざるを得ない。


今までの暮らしは、真っ暗闇で鼻をつまみ食事していたようなものだったと


「凄いぞ小僧!!! お前は神の使いだ!!!」


そんなに大げさなものかなあ? 僕はこの城にもともとあったものを整えただけだ。


みんな大げさに喜んで。マトーは面白くて面白くてたまらない。

キラキラ瞳を輝かせて、、、最後にその部屋に乗り込んだ。


衛星調整室


パスワードを突破するのに少してこずる

やがて抵抗をやめ、起動される青い部屋


壁にずらりと並んだ磁気媒体古文書。読んで読んでと、知識がマトーに叫んでいるよう!


杖に絡んだ二対の蛇がマトーの瞳を照らす


***


「みんなマトーを見習え! 腕もいちぬけ、頭あぴか一! でも一番持ってるのあこいつを拾った俺さあ!」


このごろのガウルの上機嫌と来たら!

なにせやることなす事すべてうまくいくのだから。誰だって舞い上がるだろう


もちろんすべてマトーの助力の結果だ


可愛い子羊を抱いて頭を撫でてやる


「こんな調子でいきゃあ、俺の夢も叶っちまうかもしれねえなあ!」


「ガウル様の夢?」

「おうよ。」

にっかり笑顔が黒ひげから覗く


「俺は王様になるのが夢なのさ。そのために右の国にせっせこ尽くしているんさ!  お城に招かれてよう、貴族様に混じって踊るのさ!次の日には王様に勲章をかけられて、領地をいただく。領主になりたい! たった一日でも構わないし税金だってきちんと納めてやる!」


「お城にはすごおいステンドグラスがあるのよ。私見てみたいわ!」

マトーを抱くガウルの胸にエリザが潜り込む。くすくす笑う


「エリザ、俺が領主になったらお妃さまはエリザさあ。愛するエリザ! そしたら一緒に星をふた粒のもう」


不思議な事を言う。

星はもうこの手にあるのに


この二人が王様になったら、ぼくを王子様にしてくれるかなあ



***


雨。窓はないけれども空気の重みでわかる。


人工の青が美しく育った少年の頬を照らす

マトーは一心に知識を読み漁る

いつの間にか女の心をとらえたとも知らず。


「熱心ね、ぼうや。」

「エリザさん」


ぱっと無邪気に顔を上げる


「ねえ、何をお勉強しているの?」

「暗号解読。発電衛星の暗号が毎日変わって面倒だから、法則をつかんで自動で解読できるようにしたいんだ」


「なにをいっているのかよく判らないわ……」

話の内容などエリザにとってどうでもいい。


「可愛い坊や。転んで泣きべそかいていたのに、いつのまにか何でもできる様になってしまったのね。男の子の成長って本当に早いわ!……ねえ。」


すっと青い光にしなやかな指が這う

マトーの頬に触れる


「でも貴方の知らない事がたっくさんあるのよ。」

「知らない事?」


今のマトーは何でも知りたい


「教えてあげる」

「ん……!」


二つの影が一つに重なる。唇がふさがれる

何が起こったのかわからなかった。

それは、いつもガウルとエリザがしていること。

愛するふたりがしていること……


僕の知らない事……。


どうして?身体がうずくのは

何が起こっているの? 

僕はエリザにしなだれかかられて……


どうして僕が上に覆いかぶさっているんだろう!?


女の人からこんな声が出るなんて

僕の欲望にあわせてみだらな匂いが立ち上る


「凄いわ坊や!」


凄くない。何も凄くない……心は醒めている


青い光に何もかも溶けて

母と慕った人が女に成り下がる……


***


最初に何か不穏なものに気付いたのはスライだ

二人でよく消える

なにより、情事の後に移った香り


「おい、ヤバいぞマトー、ガウルの女に手をだすなんて!」


「どうして? エリザは僕の知らないこと教えてくれるんだよ」

きょとんと小首を傾げるマトー


「!?」

なんの邪気もない瞳にぶつかってぞっとする


こんな調子だったので、あまりにも簡単に事は露見した


雨の降りしきる夜

雨の音にみだらに溶けきって、さてもう一度というところで


ばん!!!


「この裏切り者! 今まで可愛がってやったのに! 二人とも殺してやる!」


尋常ではない轟音に跳ね起きる

血管のブチ切れんばかりに怒り狂うガウル

こんなに怒り狂った姿は見たことがない


怒りの矛先は自分!


どうして!?


昨日頭を撫でてくれた優しいガウル

なぜ怒り狂っているのかわからない


殺される!


ガギン!!


とっさに枕元の燭台で受ける


蝋燭が粉々にはじけ飛ぶ


悲鳴を上げて転がり逃げるエリザ

あわれ、丸腰の少年では敵うまいと踏んだのだ


「ぐっ!」


マトーは必死だ。死に物狂いで腹に一撃を叩き込む。

ひるんだすきに燭台で思い切り手を貫いた!!!


「がっ!!!」


ガウルが剣を取り落とす


雨空に稲妻が一閃走る


転がった剣をすかさず拾い上げて、強く握りしめる。そして……


轟音


稲妻が駆け抜けた後には、立ち尽くす少年と、胸を穿たれた大男


どっと塊が崩れ落ちる。


父親の様に慕った男を見下ろす


その瞳には、一切の良心の呵責なく……


ただガウルの優しい声を思い出す



―-こいつのことは子供の様に思っている!

――一番持っているのはこいつを拾ったこの俺さ!

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