奴隷を購入して

 購入した奴隷はアリアと言うらしい。

 アリアを購入して正解だった。街に見える情報量が格段と増えたからだ。

 鍛冶屋や雑貨屋、居酒屋や八百屋など、様々な職の店が並んでいた事を知り、俺達が見えていた世界はまるで偽物だったかの様に、増えた情報で街を彩っていった。

「楽しそうなお店、案外多かったのね」

 驚きの顔をして、楽しそうな顔をしたレイナは感慨深そうに呟いた。

「そうだな。奴隷を買って正解だった」

 アリアが奴隷に落ちるまで何処に居たのか、そんな事は知らない。知っているのは多種多様な言語を理解する事が出来るという事。

 恐らく堕ちた貴族では無いだろう。けれども、可愛らしい顔立ちをしていて、目に映っても毒では無いほどだった。

 少々小汚いが、洗ってやれば見栄えも相当に良くなるだろうな。

 …それを考えるのは俺じゃない。

「そうね

 …何処かで、アリアの身を綺麗にしないといけないわね」

 俺よりレイナの方がよく考えている。彼女の住んでいた場所から推測するに、人を人として扱わないのはとんでもなく抵抗がある筈だ。

 彼女の呟きの通り、残念ながら奴隷の身を綺麗に出来る様な場所は、街の中には無かった。

 もう空は真っ暗だ。外に出る事も叶わないだろう。

「どうにか出来ない?」

「俺は出来ないな」

 俺はその手立てを知らないが、エリューシアが知らないとは限らない。

「エリューシア様…」

 肩に乗ってる小さな妖精に、彼女はとっても小さな小声で訊ねた。

「出来るみたい。宿に帰ったら」

「流石だな。じゃあ、早速戻ろう」

 俺達はアリアを連れて宿に帰った。宿に入ると、雑多な視線が向けられた。

 男が女を侍らせている様にしか見えないから、気になる気持ちもわかるが…少々不躾過ぎやしないか。

 いや、そもそも別の何かがあるのかもしれないな…

 視線の理由を測り切る事は出来ない、その視線らを無視して二階に登るしか無い。

 元々は二人用である部屋に、無理矢理に入り込んだ。

「で、どうする?」

 俺が問い掛けると、エリューシアが元の大きさに戻った。

「旦那様はあちらに、アリアの脱衣を見る訳にはいきますまい」

 そんな事を言われてしまった。まあ確かに、言われた通りだな。女性の脱衣を俺がマジマジと見る物ではない。

 女性の事柄も全て任せるつもりだったのだから、俺が聞く事でもないなと思い直す。

「用があったら声を掛けてくれ」

 それだけ言い残し、俺は魔術的な不可視の壁で、俺と彼女らの間に境を作った。



Change side



「随分と綺麗になったわね」

 アードラに壁の向こう側で待ってもらっている間に、私がアリアの髪や身体をタオルで拭く。

 エリューシア様に水等の必要な無形物を提供してくれる。

『大丈夫?』

 アリアはそこまで歳はいっていない。青年と呼べるくらいの歳で、やはりどうしても、私から見たら子供に見える。

 彼女が頷くのを見て、身体の隅々までしっかりと拭き取っていく。

 …タオルが黒くなっちゃったわ。

「これ、凄い…」

 エリューシア様も思わず驚きの声をあげた。…何だかんだ言って、エリューシア様が驚くのって相当に珍しい気がする。

 …そこまでだったのね。

 それにしても、彼女、いったい何日身体を洗っていないのかしら…

 金髪の様に見えた髪色は、しっかりと洗ってやると明るめの茶髪だった。金髪だと思ってたのに、全然違ったわね。

 服は…取り敢えず私と同じ物で良いかしら…

 若いけど、身長は私と同じか私より高いくらいなのよね。身体付きも特段目立つ所は無いし着れるとは思うけれど…

 取り敢えず、洋服を彼女にわたす。

 アリアはそれを見て不思議そうに顔を傾げた。

 …えっと、服の着方もわからないのかしら?

『アリア、服を着なさい』

 私が言うと、アリアは少し驚いた顔をした。

 …私と同じ服だからかしら?

 …同じ服は嫌だとか?

『その服を着なさい』

 アリアは慌ててペコペコして服を着始めた。

 服を着たアリアはオドオドしてたけれど、外に出せるだけの見た目になったわ。

 元々可愛い子だとは思ったけれど、やっぱり可愛いわね。

 こんなに可愛い子が買えちゃうなんて、この世も末よね。

 変に企んでいそうな子でも無いし、私達が欲しかった文字を読む能力は持っているし、その気になれば、奴隷じゃなくても生きていけそうなのよね。

 この世界の奴隷が、私の知っている奴隷とどれだけ違うのかわからない。

 この子が何で奴隷なのか、私には見当もつかないわ。



Change Side



「終わったわよ」

 レイナの声が壁越しに聞こえる。

「消してしまって構わないな?」

「ええ」

 作った壁を消してしまう。境の先に見えたのは、同じ服を着たレイナとアリア(だと思う)、それから元の大きさのエリューシアだった。

「…アリアであってるよな?」

 思わず問い掛けてしまうくらいに、彼女の姿は変わっていた。

「ええ、見違えたでしょ?」

 レイナが得意気に笑う。エリューシアも心做しか胸を張っている様に見える。

 先程まで、性的魅力を一切感じなかったアリアだが、今の姿で言い寄られたら堕ちる男も少なくないだろう。

 俺だって、言い寄られたら心が揺れるかもしれない。

 …その場は断ってエリューシアやレイナに、頭を下げに行くだろうが。

 この世界に来て一年。随分と俺も人間らしくなったと思う。

「ああ、とても美人さんだな」

 まだ青年と言った年頃だろう。

「駄目よ?」

「手を出す訳無いだろう。お前達が居るんだぞ?」

 レイナに釘を刺された。確かに困難の原因になりそうな顔付き、身体付きではあった。

 あまり目立たない服を着させるか…

 明日は洋服店や古着屋に行ってみるか。勿論、彼女に似合う服と目立たない服の二種類を買い揃える事にしよう。

 

 

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