街を歩いて

 用意された部屋を開ける。古臭い鍵で、鍵穴に通すのも回すのも一苦労だった。

「レイナ、エリューシア、これからどうしたい?」

 レイナと彼女が付けている指輪に目を向ける。

「折角だし、街を見て回りたいわ

 エリューシア様もそうでしょう?」

 レイナが指輪に話し掛けると、半透明状態のエリューシアが、肩に乗る程度の大きさで顕現した。

「旦那様、軽く見て回りたいです」

 小さな身体で上目遣いで、肩に乗ったエリューシアにお強請りをされる。…そんな事をしなくても、見て回る事に否は無い。

 ただ、ちょっとそんな彼女が可愛いくて、つい頭を撫でてしまう。

「行こう」

 その声を皮切りに、俺達は街を歩いて回った。特に何ら困難に見舞われる事は無かった。

 街は何処も、あんまり綺麗だと言える程の景観では無かった。茶色く剥げた土道に木材が使用された建物の数々、土道は馬車が通るのに苦労しないだけ平らになっていて、建物も土道を遮らないようにキチンと外見が整理されている。

 こう言うと聞こえは良いが、逆に、必要以上の道の舗装や建造物の構築は行っていないようである

 それに、そんな舗装をされているのは表通りだけで、一つ道を外れるだけで、凸凹ばかりな地面に出会い、壁に穴が空いている様な建物も見受けられる様になった。

 今日の所は、何かの事件に巻き込まれるのを嫌い、表通りを外れる事はしなかった。

「大昔に来た気分よ」

「文明が発達してない様にも見えるな

 前の世界とは違うから…断定は出来ないが」

 この世界にとって、これが文明進化を遂げた先の光景なのかもしれない。前の世界では道路が舗装され、綺麗な木々で家々が造られていた。それが進化の先だと思っていたが、この世界が辿っている進化は別の物かもしれない。

 前の世界と比べて文明が発達してないと、下に見る事は出来ない。

 例え、食べ物の無い子供がボロ切れの服を着て盗みを働こうとしていても、それがこの世界の発達した後の文明なのかもしれない訳であって、それに対して、前の世界の文明の物差しを用いて劣っていると決めつけるのは、本当に意味の無い事である。

 それが個人的な趣味嗜好と別の話なのは言うまでもないが。

「前の世界に比べて、治安が悪いわね」

「前の世界でも、アフリカ大陸に行けばこの様な場所は幾らでもあった

 前の世界で偶然目に入らなかっただけかもしれないぞ」

 以前の世界でも、実際はそれやスラム街や捨て子や、様々なそれらは確かに存在していた。

 きっと、レイナは日本という国からあまり出た事の無い人間だったのだろう。

 あの国はその様な場所が限り無く少ないからな。

 とは言え、その日本という国も、スラム街や捨て子を言い換え組み直し、それらが存在しない様に見せていた…と俺には見えた。

 きっと、それも個人の主観的な感想でしかないのだろう。

「とは言え、見ていて気持ちの良い物ではないのだろうな」

 子供が盗みを働こうとしている様な街に立っていても、俺は何も思わない。だから、人の気持ちを想像するだけになる。

「ええ、あんまり長居したくないわね」

「そうか」

 彼女の感想に、可笑しいとは思わなかった。

「とは言え、暫くはこの街で暮らす事になる

 回ってきた建物の中で、生活費を稼げる程度の職場を見つけられた

 急いで外に出る必要も無くなったからな」

「冒険者…だったかしら?

 派遣された先で仕事をする職らしいわね」

 彼女はあまり乗り気では無いように思えた。

「嫌な所でもあったのか?」

「…そうね

 あんまり関わりたいと思わない人ばかり居た気がして…」

 冒険者という職を作り出している、冒険者ギルドと呼ばれる組織には、格好は汚かったし、性格も悪そうな顔ばかりが並んでいた。受付は清潔な格好をしていたが、受け付けに並んでいる人々はお世辞にも清潔だとは思えなかった。

 イメージは正直に言えば最悪に近い物。誰でも出来る様な仕事ばかりなのだろうと思う。

 いや、派遣されるのだから、出来る仕事を貰えて当然だろうとは思うが…

「まあ、何とかなるだろう

 身分証明書代わりにもなるらしいからな」

 レイナが嫌がるのもわかるが、それ以上に利点になる事が多い。気分的に嫌だから、止めておこうとはならない。

「まあ…そうよね」

「我慢させて悪いな」

「大丈夫よ

 それより、この後はどうするの?」

 街をほぼ一周して、大凡の街の配置を確かめた。このまま宿に帰ってしまっても困らないし、元々、エリューシアの散歩をしたいという要望に応えただけであるので、そこまで肩張った物でも無い。

 言い出しっぺの当人は、レイナの肩にちょこんと座っている。人前で話す気は無いらしい。本当に伝えたい事柄はレイナに耳打ちして俺に伝えている。

 この街にはエリューシアの様な妖精は存在しないみたいだ。黙っていた方が困難に見舞われる事は無いだろう。

「この街には奴隷が売ってるな」

「…買うのは構わないわよ。目的は?」

 奴隷という文化は、前の世界では嫌われていた物だったし、レイナが嫌がる事は何ら可笑しい事だとは思わない。

「この世界文化やその他諸々の一般教養がわからないからな

 その案内役に…と言った所だろうか」

 宿探しに困ったのも、大きな理由の一つである。看板の文字が読める様な、教養の高い奴隷が欲しい。

「私は構わないわよ

 エリューシア様も良いって」

 彼女達から許可が貰えて良かった。

「ただし、女性が良いわ」

「わかった

 条件に見合った人物を探そう」

 男性を選ぶよりかは、連れて歩くのだから女性が良いだろう。

 エリューシアやレイナに欲情されても困る。…いや、女性だから欲情しない保証も無いか…

 まあ、なんにせよ、彼女が女性が良いと言うのだから、女性を選ぼう。

 奴隷を買う為に、俺達はスラムと表街の境にある商会に足を運んだ。

「ようこそ、ザイザー商会へ」

 建物の扉を開けると、ふっくらとした身体付きをした男が俺達を迎えてくれた。

「本日は、どの様な物をお探しでしょうか?」

『奴隷を買いに来た』

 竜言語を用いて答える。相手の言葉の意味は理解出来るが、言葉はわからないから仕方がない。

 すると、男は少し驚いた顔をしたが、すぐに商売顔へと戻った。

「どの様な奴隷をお探しですか?」

『最近、初めて人里に降りてきた

 なので、教養の高い女の奴隷を求めている』

 竜言語を使っているので、田舎者である事は既にばれているだろう。

「承知致しました

 お客様はあちらの部屋でお待ちください

 すぐに数人の奴隷を連れて参ります

 少々お待ちください」

 一応、客として認識はされているらしい。奴隷を吟味させてくれるようだ。俺は教養が高ければ基本的に誰でも良いと考えている。…が、レイナとエリューシアはそうではないらしい。

 指示された通りに、俺達は部屋に向かった。そこには真ん中に長机があり、長椅子がそれを挟むように二つ置かれていた。

「こちらが、お客様が提示された条件に合う奴隷達です

 お前達、自己紹介しなさい」

 男の言葉に従って、俺達の前に綺麗な奴隷達が並べられた。

 各々の自己紹介を聞きながら、特に思う事も無く見比べる。レイナは真剣な顔をして品定めをしている。エリューシアも似たような顔をしていた。

「あの人が良いわ」

 レイナとエリューシアが頷き合い、そう言って目を向けた。

『あの女性は幾らだ?』

 彼女らの決定を拾い、男に訊ねる。

「金貨3枚になります」

 金貨3枚がどれくらいの額なのかわからない。…まあ、騙されたら騙されただろうな。

『これで良いか?』

「はい、確かに

 こちらで主従登録を致します

 何方が所有者になられますか?」

 男に案内された通りに、とある部屋に足を踏み入れる。

『主従登録とは何だ?

 奴隷という物は初めてで、詳しく知らない』

「奴隷が逃げない様に縛ったり、暴動をされない様にする魔術的な首輪の様な物です」

 魔術的な首輪か。この男はそんな技術を持っているのか。

「お互いの承認が無ければ主従登録は出来ません

 私が好き勝手に主従させられる技術ではありませんので、ご安心を」

 なるほど、そこまで使い勝手の良い物ではないのか。

「レイナが主で構わないな?」

「え? ええ、良いわよ」

『彼女に主従登録をしてやってくれ』

 レイナに確認を取って、竜言語で男に伝える。

「承知しました。では、手を差し出してください」

 男に言われた通りにレイナは手を差し出す。奴隷の女も同じように手を差し出していた。

 やがて、彼女の手に紋章が浮かび上がり消えた。女の手にも紋章が浮かび上がり、そして消えなかった。

「主従登録を完了致しました」

 こうして俺達は奴隷を手に入れた。

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