童話転生 赤ずきん

真偽ゆらり

激走! 赤ずきん!

 ある日のこと、お母さんにお婆ちゃんのとこへお使いに行って欲しいと頼まれた。

 バスケットに長い堅焼きパン二本に赤ワインが一本、干し肉を二人前入れて渡される。

 何かで見たことある組み合わせだった。

 転生する前に見たはずだけど思い出せない。

 いや、そんなことより。


「お母さん、今日は修練の日じゃないよ。それに、お婆ちゃんご飯派じゃん! 米に、魚の干物と清酒の間違いじゃないの?」


「知らないわ。とにかく、お義母さま持って来てとあなたに頼んだのよ。分かるわね。あと、いつもの頭巾をかぶって来なさいって」


「えー、いつもは半端者の色だからっていい顔しないのに……」


 しかし、お婆ちゃん——師匠には逆らえないので赤い頭巾を被り、届け物を持って家を出た。


 森の中にあるお婆ちゃんの家へ向かう。

 ある日、森の中、熊さんに、出会った。そんな歌詞が浮かんでくる。目の前に熊みたいな人が現れたからね。しかも花咲く森の道だし……。


「お嬢さん」


 喋った。って人だから当たり前か。

 なんだ、お逃げなさいってか。


「お婆さんの家に行くなら、そこの花畑でお花を摘んで行ったらどうだい?」


「え、ええ。そうですね」


 違った。だが、初対面の人と長々と話す気もないので適当に返事をしてその場をさる。


「気をつけてな。ぅるふふふふ」


 変な笑い声だな。

 私が花畑の方へ進むのを確認した彼は姿を消したのだった。


 さて、花畑についた。しかし、花を摘む気は無いよ。道草食ってんのバレるからね。

 寄り道の物的証拠持ってくわけにはいかない。

 それより、変な笑い方だったな。ぅるふふふって何よ、ぅるふふふって……ぅるふ……ウルフ?

 何か引っかかる。あの人は狼だった?

 だが、引っかかっているのはそれだけじゃない。

 この届け物もそうだ。

 思い出せ! 何処で見たのか……。

 思わず頭を抱える。


 その手は頭を包む頭巾に触れた。


 頭巾……私のお気に入りの頭巾。


 赤い頭巾——赤ずきん! 


 思い出した。

 私の格好にこの状況は、転生前の人生で子供の頃に読んだ赤ずきんの絵本にそっくりだ。

 私が転生した先は童話の世界だった?

 いや、童謡『森のくまさん』の可能性も……ないか。


 とにかく、急ごう。

 狼にやられるような、お婆ちゃんじゃないけど。

 お婆ちゃんの無事を確認しよう。


 花畑を離れ、お婆ちゃんの家へ向かい森の中を駆ける。

 童話の展開を思い出す。

 狼のお腹をかっ捌けはいいんだっけ。

 丸呑みにされて猟師の助けを待つのが正解か。

 ちょっと待って、一枚一枚服を脱がされて、性的に食べられちゃう可能性もない? 転生前の学生時代に興味本位で調べた童話の原典の諸説を思い出し足にブレーキがかかり、立ち止まる。

 どうしよう、初めては素敵な王子様がいいのに。

 童話世界なら尚更そう思う。

 でもダメだ。赤ずきんの話、おっさんしか出てこなかった気がする。

 前世で経験無しだったから、今世こそと思ったのに……。年齢的にまだ早いけど。

 よし! 無事に切り抜けて成人したら、良い男を捕まえる為に街へ出よう。

 私は決意を新たにしてお婆ちゃんの家へ向かうのだった。


 

 お婆ちゃんの家に着いた。

 今、家の戸の前に立っている。

 かれこれ三分は立っている。

 踏ん切りがつかない。

 Uターンして帰りたい。

 

 よし、戸を少し開けて隙間から確認しよう。

 もし、狼だったらUターンして帰る。


 慎重に戸を少し開け、中を見る。


結露ウェット氷結フリーズ固定ロック

 即座に戸に魔法をかけて開かないようにする。

 そして、Uターンして駆け出す。


まきびし魔法スパイク・フロア」「草結び魔法スネア・グラス」「沼よ来たれスワンプ・スワンプ


 次々と足止め用の魔法を唱えながら駆ける。


 後方から破砕音が響く。


 喉を締め上げて出したような獣の咆哮。


 何かが転がる音。


 水音。


 全て引っかかってくれたようだ。

 

 全速力で駆けながら後方を確認する。

 なんてこと……二足歩行の狼は沼の上、水上を駆けて追いかけて来ている。

 水が赤く染まっているから、まきびしは効果あったようだ。

 狼は狼でも狼男か狼怪人だった。

 人一人丸呑みしたかのように腹が膨らんでいるのに、私以上の速度で追いかけて来ている。

 このままだと追いつかれる。


まきびし魔法スパイク・フロア


 効果のあったまきびしを再度撒き、逃げる。

 走りながら、手で印を結ぶ。


紅蓮手裏剣ぐれんしゅりけん逆巻リバース


 私の前方に射出された十字手裏剣型の炎が大きく弧を描いて向きを変え、狼怪人へ突き刺さる。


 狼怪人は苦悶の声をあげるが、止まらない。


 追いつかれるのは時間の問題だ。


落とし穴ピット ×  落とし穴ピット = 割れ目クレバス!!」


 直積魔法で大地の裂け目を生み出し、陸路での追跡を不可能にする。


 だが、かなり距離を詰めて来ていた狼怪人は、裂け目の直前で大きく跳躍し私に襲い掛かった。

 

 それが私の狙いだとも知らずに。


 奴の跳躍を確認した私は足を止め、右足で力強く大地を踏み締める。

 上から降ってくる奴の土手っ腹めがけ、掌底を突き出す。


 足から腕が一直線になるように。


 私の腕が奴の土手っ腹へ突き刺さる。

 奴のスピードと私の掌底の速度が合わさり、強く重い衝撃が奴を撃ち抜いた。


 くの字に曲がった体勢で狼怪人は裂け目の向こう側へと吹き飛んでいく。

 飲み込んだ丸太を吐き出して……。


「え、丸太?」


 奴が飲み込んでいたのは丸太だった。

 それで私は全てを察した。


師匠お婆ちゃん? いるんでしょ? 出てきたら?」


 空から影が降ってきた。

 狼怪人の上へ。

 着地の衝撃に大地が揺れる。


「甘いねぇ、しっかりトドメ刺さないかい」


 肉片となった狼怪人だったものから目をそらし、お婆ちゃんに尋ねる。


「いったいなんだったのよ」


「面白いモンを見つけてねぇ、これなんだけど。半端者の頭巾を被ったあんたそっくりだろぅ」


 お婆ちゃんの手には一冊の絵本があった。


「え、赤ずきんの絵本?」


「おや、あんた。この本が読めるのかい! 見たこともない文字で書いてあるのに」


「ぇ……」


 しまった、思わず……。


「道理で、年の割に要領の言い訳だい。あんた、前世の記憶があるね、しかも異世界の」


「あらあら、うちの子は私よりお姉さんだったのかしらね」


「お母さん?! あ、でも前世と今の年齢足してもお母さんより若いよ?」


 いつの間にかいた、お母さんに思わず返事をしてしまう。あれ、やっちゃったかも。


「ふふふ、お母さんはもう年だと言いたいのかしらぁ?」


「確定だねぇ、これなら、暗殺の白頭巾か、殲滅の黒頭巾かもう選んでも良いかもしれないねぇ」


 バレた。

 あれ、でもそんな気にしないの? 今まで黙ってることなかったのか。ちょっと安心。


「修練の内容も上げておくかねぇ」


「あら、お義母さん。次からは私も魔法の指導で加わりますよ。いっそのこと、白も黒も兼ね備えた究極の忍者になってもらいましょう」


「それはいいねぇ、私の忍術に、お前さんの魔法に加え、息子の体術あれば、いや、そこに異界の知識が合わされば究極の忍者ができるねぇ」


 前言撤回、私の安息の日々は無くなりそうです。

「あははは、究極忍者! 赤頭巾! 始まるよ!」






「始まって、たまるかぁぁぁああぁぁ!!」

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童話転生 赤ずきん 真偽ゆらり @Silvanote

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