EPISODE8  密談

「はあ……よかった。みんな無事で本当によかった……」


 色舞が、女神が放った言霊に悶えていた頃、倫語は己の財宝に傷一つ付いていなかったことを確認して安堵していた。


「ねえ、それで私が発明したとてもとてもナイスな叡智の結晶のことだけどさ」


「うん。まずは勝手に部屋を使用していたことと、勝手に爆発起こしたことについての謝罪を要請するよ」


「もうっ、すぅぐ謝罪謝罪って……いい? ここは日本の中であって日本ではないの。一つの独立した世界……ならば、文化や因習はどんどんアップデートさせていかなくちゃね?」


「君の頭は既に常人の遥か何倍も先へ進んでいるだろうに。それに、何でもかんでも環境のせいにするんじゃないよ。何かを変えようとするのならまず自分から変えていかなきゃ」


 その文言の中には、これまでの経験の中で知り得たものがあったし、それを成せなかった自分に対しての戒めであり願望でもあった。


 そして、真文はそれらを察したうえで、子供のように頬を膨らませて、「まるでカウンセリングの先生のようなことを言うのね」と、ぼやく。


「いや、曲がりなりにもメンタルカウンセラーだから」


「はちきれる寸前ぐらいに捻くりまくってますけどねぇ~」


 満面の笑みで雑巾を絞る真似をした真文に、今度は倫語が頬を膨らませる番だ。しかし、そんな茶番はすぐに幕を閉じ、


「で? そのとてもとてもナイスな叡智の結晶っていうのは、果たしてどのくらいぶっ飛んだ作品なんだい?」


 自席に座って問いかけた倫語に対し、天才魔剣学者は不敵に笑って、


「ふっふっふ! 私に感謝するがいいわ。恐らく貴方が現状でもっとも欲しいと思っていた品を作ってあげたのだから」


 紫色のニット越しに強調された豊満な胸を張り、水色のロングスカートのポケットから

「じゅぁあじゅぁあんっ」と、赤い宝石が飾られた指輪を取り出した。


 因みに、彼女は今、発明家のような振舞いをしているが、一応は国語教師である。


「指輪……?」


「そ。正確には、『剣術サポ補助器ーター』。即ち、苺ちゃんの為に作られた文明の利器なのだよ。これで、君達がキャッチボールの要領で一閃しまくらなければならない理由は無くなるってワケ」


 それを聞いて、倫語は合点がいった。日比谷博彦による事件以降、真文は、度々倫語のもとを訪れては彼の嘆きを聞いていたのだ。


 苺の『スキップアウト』がもっとマイルドに剣術を発動出来たら、彼女はどれだけ安心出来るだろうか——という嘆きを。


「つまり、それを彼女が着ければ、僕が『龍魔術』で止めなくとも剣術の制御は出来るようになる……と?」


「そう、その通りっ。……でも、だからと言って乱発は出来ないわ。理論に組み込んだのは、あくまで『制御』と術士への『負荷軽減』。勿論、剣術の威力は落ちるし、かといってその劣化版をバンバン放てるようになる訳でも無い」


 そこで一度区切り、真文はその細い指を五本立てて倫語に示した。


「弾数は五発。場合によってはそれ以上にもなるし、それ以下にもなる」


「五発……」


 剣術を何の補助も無しで放つよりは、随分とマシになったと思う。そして尚更、苺のことを色舞に任せた判断は正解だったと倫語は自賛していた。


 彼女がこのディストピアに足を踏み入れるきっかけとなった出来事の一端に、倫語の存在もある。だからこそ、彼は自分が苺を良い方向に導いて守り抜くべきだと思っていた。


 しかし。


「そんなに心配なさんな。ただでさえ無駄遣いしているその端正なお顔を曇らせてしまったら、君にはあと何が残るっていうのよさ」


「割と色々残る自信はあるけどね……。とはいえ、君が言うことももっともだ。『サポーター』のことも礼を言わなきゃね」


 そう言って倫語は朗らかな笑みを湛え、


「ありがとう」


 甘く優しい声で言った。

 それを受け、真文は微かに頬を赤く染めると、『サポーター』である指輪を机に置き、「あー、やだやだ」と首を振って腕を組んだ。


「この男、変なところで不意を突いてくるから憎めないのよねぇ」


「君も、僕のことを貶したりする割には、意外と気遣ってくれているよね。案外、気があるのかな? 僕に」


 その冗句に、真文は「あっはっはっ」と高らかに笑う。


「あと十年若ければ、不覚にもときめいていたかもねぇ~。まあ、その時はその時で、若気の至りで何をするか分からないから、地雷キャラとして君を不幸にしていたかも」


「はははっ、それは勘弁願いたいところだ……。あ、因みに、今お相手は居るのかな」


「どうしてこの場にそんな生々しい話題をぶち込んで来るかねぇ~、この男は。居るに決まってるでしょ? 私は聡明で探求心溢れる魔剣学者であり、生徒の憧れの教師ナンバーワンでもあるの」


 真文は「だから」と、人差し指で倫語を指し、


「私を待っている未知なる体験は山ほどある。私にとっての伴侶は、この世に溢れる無限の可能性ってわけよ」


 そう。これが御伽真文という女の生き方であり、プライド。

 だからこそ、倫語は彼女に厚い信頼を寄せているし、職場の同僚としても気兼ね無く接することが出来る。


 故に、明日に迫る『剣舞祭』絡みの相談も、勿論、遠慮することなくぶつけられる。


「流石、常に時代を先駆ける天才魔剣学者。そんな我らが希望の星に、折り入って相談があるのだけれど」


「はぁ……君が私をおだてた直後に改まった態度を取る時は、決まって面倒な依頼を押し付けられるのよねぇ」


「今回はそれほど面倒なことではないよ。ただ、若さを忘れていく身としては、ちと厳しいかもしれないな」


「ほほう? その挑発、敢えて乗ってみせようじゃないの」


 一連の流れも、既に何度も繰り返しているやり取りだ。だからこそ、今回の相談事も快諾してくれるのだろうなと倫語は思っていた。


 彼は突如として席を立ち上がり、白衣のボタンを全部取って『散華の果てに返り咲く』のキャラTシャツを露わにし、


「前哨戦だよ、真文君」


 その道を往く者にしか分からない口上に、天才魔剣学者は首を傾げたのだった。


☆☆☆


『剣舞祭』。

『魔剣都市』全体で行われる四大イベントが一つであり、主な立役者は大人達では無く学生。つまり、エリア7にある『学業特区域』が中心となる催しだ。


 その詳細は、一般的に行われる学園祭の類と大差無いが、ただ一つだけ、従来のそれとは違うものがある。


 それは、演目としての剣術解放。

 表向きは学生——別名『修剣生』達が正常に剣術を発動出来るかどうかを確認しつつ、それをこの世界ならではの見物として楽しむもの。


 だがその裏では、『剣星団』に必要な人材の把握や多額の経済の流動、何より一斉に散乱する『魔気』や、個々人が身に宿す『超小型ナノデ演算器バイス』を介して中枢機関に送られる『識別パラメ情報ータ』の統計的演算、並びに、騒ぎに便乗して動き出す『叛逆マイ術士ナス』の確保——と言った具合に、様々な思惑が動いている。


 他にも、各学校の面子維持、向上や生徒個人個人の進路に纏わる希望や打算など、組織レベルの静かな応酬があれば、個々人同士の身近な争いだって存在する。


 その中でも特に畏怖され、警戒され、目の上の瘤として見られているのは、『MAJOR』と謳われている『磨刀まとう大学』、『城斬しろぎり学院』、そして『蓮暁れんぎょう女学園』である。各校にある極秘カリキュラムのもとに日々飛躍的成長を遂げている生徒達。


 その中でもひときわ異彩を放つのが、磨刀のアイドルにして実際に現役の大人気声優でもある七窓ななまど結理ゆり、城斬のエースにして『氷上のプリンセス』の渾名を持つ緋心ひしん華芽梨かがり、蓮暁が誇る最優の術士であり『紅蓮の剣姫』の名を冠する粋羨寺色舞の三人である。


 故に、彼女達を始めとした学生達は各々に課せられた役割をこなしつつ、期待と興奮に満ちた前夜を過ごすこととなる。


 そう、既に都市全体は、少しずつ明日へ向かって剣の刃を研いでいた。


 同刻、世界を揺るがすだろう強大な悪意が動き出していることを知らずに。


 ──見えない剣の刃は既に、得物を捉えていた。

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