灰かぶり症候群

本陣忠人

灰かぶり症候群

 それでは皆々様――特に同年代の惑える思春期の仔羊の皆様方に突然ですが質問です!

 うら若き紳士淑女の諸君は、シンデレラ・シンドロームという言葉に耳馴染みはあるかい?


 そんな感じに意味深に、偉そうに尋ねておいてなんだけど、単語それが含んだ概念や意味合い、それに纏わる変遷なんかは各々調べてくれればいい。

 だってそんなのめんど…いやいや、各人が秘めて各々いだいた抑え切れない好奇心や耐え難き知識欲について、外様とざまの私には知る由も抑える術もないから。


 だから、顔も知らない誰かのそんな些事より、今は何よりも花咲き輝くシンデレラの話だ。

 

 眩き夢を夢見て、叶わぬ夢に恋する不幸な少女。

 そんな感じのパッパラパーなパリピっぽい幼稚さなんかがどうしても先行したりするシンデレラだけど、私は断然彼女が好きで、断腸の思いとはかけ離れて、死ぬほど喉から手が出る程に羨ましい。


 陽炎に似た大志を抱きながら、日々を健気にも理不尽な労働に費やして、その果てに、その甲斐あって、夢と愛に満ちた結末を掴んだ少女の成功譚サクセスストーリー――友情努力勝利の全てが詰まったお話に憧れ、恋い焦がれない訳がない。


 似たようなジャンルとして、同じくくりのプリンセスを冠した症候群として――アリスシンドロームなんて言葉もあるけれど、彼女には全然共感出来ない。欠片も好きじゃない。ごめんねアリス。兎やトランプ兵は可愛いと思うよ?


 ていうかだって、似て非なるものだと私は思う。


 活動的で能動的なアリスとは違う。

 自ら不思議を求めた彼女は違う。

 行動力皆無な自分とは違う。


 私はただ怠惰の灰を被り、惨めに地面を這いつくばるだけ。

 永遠に訪れないであろう「いつか」を憧憬し、憐れに夢想しながら生きるだけ。


「それで、小林…返事…なんだけど……」


 おっと、ヤバい。ココは現実だ。いつまでも逃避しておける甘美な理想郷では無い。

 彼の高校生男子にしては高い、正しく少年の様な声で未だ見えない深い思索から、見知った割にそんなに詳しくない校舎裏に引き戻される。

 そして心の中で改めて向き直り、きちんと彼の告白に向き合って、告られた側の特権を行使してプリンス候補を不躾に品定めする。


 まずは分かりやすく客観的な評価ポイント――いわゆる3Kというやつから判断させて貰うことにしよう。


 第一に高身長かどうか。

 私は別段その道の達人ではないので――というか、どの道の達人ならイケるのか――とりあえず常識的に自分の身長と目線の高さを合わせて、目の前の男子のそれらと比較して測ることにする。


 私の身長が174cm。女子にしてはまあまあ割と高めの背丈は普通に抱えるコンプレックスの一つではあるのだけど、現状私が所属する女子バレーボール部においては中くらいなので何とか自意識のバランスを保っている形だ。って、なんの形だ?


 私の持つ劣等は置いておいて、それを基準に目の前の男子に当てめる。

 美術部に属する彼の目線は私のそれより少し高い。具体的に何センチ差があるのかは諸説あるけれど5センチくらいかな?


 つまり彼の背丈はおよそ180cm前後と言った所…わお、なんで文化部なのかな?


 無味乾燥に似た感想を得た所でネクストクエスチョン! 高収入かどうか。


 …いやいや収入も何も、私と同じ学校の制服に身を包んでいる時点で、働いていない未成年者で学生だしなぁ。

 仮に働いていたとして、未成年者がおおっぴらに行えるバイトの収入なんて月に数万円行けば良い方じゃない? その他お小遣い以外の不労所得がある可能性もあるけれど、この際気にしなくてもいいかな…。


 そして最後の「K」は…え〜っと何だったかな? 顔? ルックスかな?

 う~むルックスの評価かあ…気が進まないね。

 というのも毎日鏡で見るツラはそんな傲岸不遜な立ち振舞いが許されるレベルにあるとは思えないから。

 だけど、こうして好きだって言ってくれるひとがいるのだから、そこまで卑下するものでもないのかもしれない。


 だけどだけど、別に顔が好きだとは言われていないので、揺るぎない自信なんかは到底持てそうにない。


 …ってあれ? やばい。なんかつらみが深い。とてつもなく悲しくなってきた。

 軽く頭を振って意識をリセット。ネガティブに傾いたメンタルをフラットの状態に戻して立て直す。


 短く切り揃えた前髪が揺れるのを視界の隅で何となく確認しながら考える。


 つーか、そもそも何だこの状況?

 なんで私みたいのが、同級生の男子に告られてんだ?


 なんなら私の親しい友人の中には、もっと男子ウケの良さそうなや、もっと…羨ましいほどにグラマラスなもいる。


 そんな優良物件らを差し置いて何故に私?


 …っていやいや待って。これはダメだな流石に。こういう傲慢さ溢れる穿った見方は駄目だ。

 こうした彼の率直な思いに対して途轍もなく失礼だし、あまりに不義理だ。失礼、改めよう。


 しかし、こちらこそ率直な意見を申し上げるならば、何故告白してきたのは本当にわからない。

 そもそも好かれるようなイベントなんてあったかな?


 青春時代の貴重な放課後を部活に費やす私は彼と一緒に下校したこともないし、学内イベントで絡んだ記憶も無い。

 勿論、喋った記憶がないとまでは言わないが、そこまで親しく込み入った会話を交わした記憶はない。せいぜい普通のクラスメートの範疇を逸脱することはないだろう…。


 そんな間柄で愛だの恋だの甘い感じの感情が生まれるのか?

 ただ、シンデレラ信者の私としてはそういうインスタントで、これまでの関係性の一切を飛び越える――いわゆる運命の出会い的なものを許容するべきなのだろう。


 本来ならば彼女は正しく一夜のハナだった。

 しかし、一晩の夢で終わるはずの魔法を永遠のものとして固着させた。

 少しの運で摘み取った儚い徒花の花弁をドライフラワーへと昇華させたのだ。


 そこには胸を膨らます期待と同量の不安があったはずで。

 或いは穿った考えが頭から離れず、それ故に生まれる罪悪感もあったかもしれない。


 それでも行動し、幸福を掴んだ。自らの手で。その脚で。

 階段を降りて歩き出した。

 ならば私も採択するべきだ。選択するべきだ。


 どれだけ不安要素が多くて不透明だとしてもきちんと自分の言葉で。


 決意を新たにした所で改めて彼のルックス、性格、付き合うことによるメリットデメリットを頭に浮かべては引っ込めて。

 極めて簡単で稚拙なブレスト。意見を出すのもまとめるのも私自身という孤独な会議。意味があるかどうかは運次第。


 頭からここまでに要した時間は僅かコンマ5秒。

 そんな突貫会議の先に辿り着いた結論は――?


、これからよろしくね」


 なんだか若干上から目線な物言いかつ慇懃無礼で冷たい声音になってしまったことを軽く反省。


 だから、そんなに一見して分かるほどに頬を緩めて喜ばないで欲しい。

 人気ミュージシャンみたいに目元を隠す様なパーマヘアーを揺らさないでマジで。


 喜びにうち震える恋人を観察しながら、冷めた自分が何処かで考える。

 シンデレラはどんな思いで王子様に応えたのか…。


 うーむ分からん。


 敬愛するシンデレラやそんなに好きでもないアリスにも程遠い小さな一歩だが、一歩は一歩。前進しただけ良しとしよう。


 きっと夏服に衣替えする頃には素敵な魔法にかかることだろう。流石に夢見過ぎで欲張りかな?


「じゃあとりあえず今日の放課後はデートしよう。お互いのことをもっと知ろう」


 でもいいんだ。

 実現可能な夢ばかりを選ぶのならばそれはただの打算と計略だから、将来不透明な夢を見るくらいで丁度良い。


 夢見る少女じゃいられないとはよく言ったものだけど、夢を捨てた少女はきっとつまらないから。ね?

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